みなみかわ、「異常な大人」を目の当たりにした小学生のころの記憶。人生を変えた、教室に広がる“地獄”の光景とは<映画『聖なるイチジクの種』レビュー>

文=みなみかわ 編集=菅原史稀


今年も開催される『アカデミー賞』。授賞式まで1カ月を切りノミネート作品に注目が集まるなか、国際長編映画賞の候補にドイツ代表としてラインナップするのが、『聖なるイチジクの種』だ。

本作は、2022年のイランでひとりの女性の不審死により市民が政府抗議運動を起こした実際の出来事を背景に、消えた一丁の銃の在りかをめぐって家族同士の真実があぶり出されるサスペンススリラーとなっている。

予測不可能な展開を目の当たりにしたみなみかわは、同作を「見応えしかない」と評すとともに、小学生のころの“恐怖”の記憶が呼び起こされたと語る。注目の新作映画を熱血レビューする「シネマ馬鹿一代」第9回。

忘れられないO先生

子供のころに異常な大人を見たことあるかどうかで人生が変わると思う。

私は子供のころ、正直大人に対して疑問をほとんど抱いたことがない。同年代の子たちが背伸びして尾崎豊さんの歌を聴いて感銘を受けてるなか、歌詞を読んで「この人は大人の何が気に食わないの?」と言ったら「お前は何もわかってない」と軽蔑された記憶すらある。

恥ずかしい話、鈍感で無思考な子供だった。そんな私が異常な大人を見たのは小学5年生のときだったと思う。

私の小学校には、O先生という当時40代くらいの女性教師がいた。このO先生は学校で最も有名な教師で、とにかく怖いと恐れられていた。だが幸い、私の学年を担当することはなかった。

小学5年生ともなればちょっとまわりも色気づいてきて、ランドセルを背負わずに自分なりのリュックで来たり、ちょっと髪型を変えてみたりとするなか、私が仲のよかった友達はちょっとよくないヤンチャな子供になっていた。そして不良マンガの影響で、なぜかどこでも唾を吐くという行為がグループ内で流行り出した。

私のグループの中でも中学入ったらヤンキー一直線みたいな奴が5歩歩いたら唾を吐くという愚かで逆に難しい行為をしていた。そしてそいつが廊下に唾を吐くもんだから、それを見つけたO先生が激怒。私たちの担任の先生に連絡して「自分のところに謝りに来い」となった。

なぜかグループで謝りに行くことになった。放課後。当時小学4年生を担当していたO先生の教室に行く。

たしか2組だったと思う。ほかの組はみんな帰っていて、空の教室なのに2組は全員がビシっと座っていた。おそるおそる教室をのぞくと

「お前らナメてんのか! おら!」

内容はわからない。ジャージ姿のO先生がブチギレている。数人が席を立たされている。そして驚くことに、立っている生徒は全員もれなく号泣している。

号泣している女の子の顔に自分の顔を近づけるO先生。

「泣いても何も解決せんぞこら! どうすんねんこれ!」思いっきり頭を叩いた。思いっきりだ。

「本当に‼ ごめんなさい‼‼」女の子は叫んだ。

「何回聞いたらええねんその言葉ぁ〜」耳をほじりながらO先生は言った。男とか女とか関係ない凄みがあった。

気づいたら座ってる子たちも何人か泣いている。ほかの子達も下を向いている。私たちは恐れ慄(おのの)いた。

私たちの見解では、当時殴る教師はいても、泣いている女の子を恫喝して殴り、謝罪を受け入れない教師はさすがにいなかったからだ。

しかもだ。基本的に3年・4年は同じ先生が担当するから、このクラスは2年目ということになる。2年間この地獄を味わうというのか。

「で、明日は宿題やるんやなぁ〜?」

嘘だろう? 宿題忘れただけ⁉ それだけで教室内の生徒半分を一気に泣かすってどういうこと?

私たちはとにかく逃げた。

当然その後、O先生は過度な体罰で問題になる。ある生徒をビンタしたときに爪を立てたため、ほっぺをえぐって出血させたらしい。なんだそれは。

少し休んで帰ってきたO先生は別人のようになっていた。優しいおばちゃん先生になっていた。それが本当に恐ろしかった。私はそのとき、尾崎豊の気持ちを初めて少しわかった気がした。

どれが本当のO先生か? なんて話する前に中学に上がった。

“人間の本質”を問う作品

(c)Films Boutique

『聖なるイチジクの種』を観た。

167分っていう大作。室内のシーンが多く、家族のやりとりが大半なのに、緊迫感がゆるむことなく続いていく。

とにかく息が詰まって、呼吸したくなる映画である。

(c)Films Boutique

信頼しきってる相手に疑心暗鬼になる後半は見応えしかない。めちゃくちゃおもしろい。

ただ日本に住んでいる身として、どうしても実感することのできない宗教と情勢の違いがある。たとえがんばって勉強しても100パーセントすべてを理解しているか?と言われると難しい。たぶん自分の認識なんて間違ってることのほうが多いはず。

だから私がこの映画で感じたことは「人間の本質なんてわからない」ということ。

この映画の人物を見たとき、O先生の恫喝と張りついた笑顔を思い出した。

人間なんて、自分も含めて結局そんなものなんだと思わされる作品。観てほしい。

映画『聖なるイチジクの種』

2月14日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開

監督・脚本:モハマド・ラスロフ
出演:ミシャク・ザラ、ソヘイラ・ゴレスターニ、マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキ

2024年/フランス・ドイツ・イラン/167分/配給:ギャガ

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みなみかわ

『ゴッドタン』(テレビ東京)や『水曜日のダウンタウン』(TBS)などの人気番組に出演し、ジワジワとブレイク中の遅咲きピン芸人。総合格闘家、YouTuberとしての顔も持ち、“嫁”が先輩芸人たちにDMで仕事の売り込みをしていることも各メディアで話題に。

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