タイでも通じる日本語「神推し」「特典会」、その理由とは?AKB48姉妹グループ・BNK48が歴史を変えた瞬間

2024.6.9

TOP画像=BNK48「恋するフォーチュンクッキー(คุกกี้เสี่ยงทาย)」MVサムネイルより

文=山麓園太郎 編集=菅原史稀


バンコクの街中を歩けば、レコードショップで宇多田ヒカルやSPEED、YOASOBIのジャケットを見かけることも珍しくはない。日本のポップカルチャーはタイにおいて長年にわたり親しまれており、実際今のタイ音楽シーンの最前線にいるのは90年代に勃興したJ-POPブーム、さらにその後大人気となったK-POPに触れ育った世代だ。

タイポップス探検家・山麓園太郎氏は「T-POP(タイポップス)の起源は、洋楽とJ-POPそしてK-POPからの影響が従来のタイ歌謡を大きく変質させたもの」と語る。本稿ではその真意について、タイにおける90年代以降のJ-POPやK-POPブーム、そしてBNK48「恋するフォーチュンクッキー(คุกกี้เสี่ยงทาย)」のヒットにより起こったアイドルシーンの変化から捉えたい。

90年代以降の日韓カルチャームーブメント

タイにおける最初期の「日本的アイドル像」に近いT-POPアーティストは、90年代末に出現した。その代表格・NieceやProject Hが所属したDOJO CITYレーベルは原宿系ファッションと渋谷系音楽を取り入れた「新しいアーティスト像」を、自社のメディアミックス戦略でタイのティーンの間に浸透させた。

Project H「สุดสัปดาห์ (Holiday)」

折からの日本カルチャーブームに乗り、渋谷系やJ-POPに限らずXJAPANやL’Arc〜en〜CielなどのJ-ROCKも流行したが、2000年代末には韓国カルチャーブームが起こり、それがK-POPに置き換わる。そしてこの時期、タイの大手レーベルGMMと人気を二分していたRS社がKamikazeレーベルを設立。SWEE:D、Kiss Me Fiveなどのガールズグループ、K-OTIC、XISなどのボーイズグループが次々デビューした。

SWEE:D「ห้าม (Stop it)」

GMMが多人数グループに積極的ではなくサウンドも洋楽志向だったのに対して、KamikazeはK-POPグループのf(x)やT-ARAを思わせる打ち込みのシンセポップサウンドとキレのいいダンス、当時のタイとしてはかなり煽情的な衣装などを特徴とした上で、タイ語の声調を生かすメロディも兼ね備えた親しみやすさからヒット曲を連発した。「T-POP」という呼び名がタイで一般的になったのはここ数年だが、すでに2010年代にはKamikazeによって現在のT-POPのフォーマットは完成していた、といえるかもしれない。

タイアイドルシーンが変わった瞬間

2013年ごろをピークに、その後も韓国カルチャーとK-POPの影響は長く続いたが、そこに大きな風穴が開いたのが2017年だ。BNK48の大ブレイクである。筆者は偶然にもその象徴的な瞬間に居合わせた。同年、バンコクの野外音楽フェス『Cat Expo』に初出演したBNK48は、その時点でCDデビューからわずか3カ月にもかかわらず、全5ステージ中最大規模のステージに立った。2ndシングル「恋するフォーチュンクッキー」のミュージックビデオが1週間前に公開されたばかりだった。

BNK48「恋するフォーチュンクッキー(คุกกี้เสี่ยงทาย)」

それまでにもモーニング娘。がタイでライブを行うなど、日本のアイドルはマンガやアニメのファン層と重なるかたちでコアなファンダムを持ってはいた。AKB48も然りだ。しかし大きく違ったのは、BNK48がAKB48の正式な海外姉妹グループとしてタイ人メンバーによって結成されたことだった。憧れの日本カルチャーの象徴「カワイイ系アイドル」が本家公認で自国に初めて誕生し、人気音楽フェスで一番大きなステージに立つ。新曲のセンターに抜擢された、当時まだ15歳のMobile(モバイル)は、デビュー曲での選抜落ちからの大逆転だった。

「自分の国の女の子を、ついに日本スタイルで推せる」という喜び、誇り、そしてAKB48グループが持つストーリー性が生む感動。そんなさまざまな感情が混じり合った、あの日の観客席の熱狂がタイのアイドルシーンを大きく変えたのは間違いない。

AKB48から移籍したばかりの伊豆田莉奈もこのステージに立っていた。ほかのメンバーが初めての大きな舞台に緊張を隠せないなか、彼女はメンバーたちのフォーメーションにも気を配る余裕を見せた。伊豆田はその後、AKB48スタイルをメンバーに伝承する役割を担う。小指のほんの少しの曲げ方ひとつでさまざまな感情を表現できること、ファンとの目の合わせ方、メイク……。「恋するフォーチュンクッキー」の大ヒットで国民的アイドルに昇りつめたBNK48。その成長の陰には、伊豆田による本家直伝の技術指導があったのだ。

“T-POP新時代”の到来

BNK48に続け!と、日本式アイドルをデビューさせること自体がブームになり、毎日新しくグループが生まれるなかで「神推し」や「特典会」といった日本語はそのままで通じるようになり、いわゆる地下アイドルまでもが定着したが、そこにコロナ禍が襲った。

HatoBito「ตอนนี้เลย(Hurry Sickness)」

多くのアイドルグループが活動休止や解散に追い込まれたが、それを生き延びた日本式アイドルは王道カワイイ系のHatoBito、可憐で清楚なSora!Sora!、ラウド系のAKIRA-KURØ、ソロアイドルのBaifernChanなど、バラエティ豊かだ。

一方コロナ禍にはサバイバルオーディション番組とSNSでのメンバー募集が盛んになり、日本式アイドルへのカウンターとしてK-POPに再度接近する動きやタイらしいメロディへの回帰、Kamikazeの再評価が起こり、新曲にはそれらが同時に反映されている。タイはすでに「オルタナティブT-POP」の時代を迎えている。

本稿で紹介したT-POPをこちらからチェック!

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T-POP特集|『Quick Japan』vol.172
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山麓園太郎

(さんろく・えんたろう)タイポップス探検家。TBSラジオ『アフター6ジャンクション』出演や書籍『アジア都市音楽ディスクガイド』(DU BOOKS)へのコラム寄稿等を通じてT-POPの魅力を日本に紹介。

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