「言葉は何のためにあるのか?」ドラマ『silent』、想から紬に送られたメールの意味
初回放送の見逃し配信が、「フジテレビ全番組で歴代最高」となる531万再生の記録を樹立し、TVerでの民放歴代最高記録となる443万再生という大記録を達成したことなどで話題のドラマ『silent』(フジテレビ)。ドラマデビューとなった生方美久の脚本でも注目を集める本作について書かれた、人気ブログ『青春ゾンビ』のブロガー・ヒコによる1話~5話のレビューを掲載する。
(この記事は11月4日にブログ『青春ゾンビ』で公開されたものに、一部加筆と修正を加えたものです)
目次
『silent』は“言葉“を巡る物語である
言葉はまるで雪の結晶 君にプレゼントしたくても
Official髭男dism『Subtitle』より
夢中になればなるほどに
形は崩れ落ちて溶けていって 消えてしまうけど
でも僕が選ぶ言葉が そこに託された想いが
君の胸を震わすのを諦められない
愛してるよりも愛が届くまで
佐倉想(目黒蓮)が読み上げる作文の冒頭の「言葉は何のためにあるのか?」に導かれるように、このドラマは“言葉”を巡る物語である。しかし、その脚本の筆さばきは、言葉というものの力をむやみやたらに祭り上げるというのではなく、どこか言葉の“不確かさ”、“信用ならなさ”に重きを置いているように思う。たとえば、想がひた隠しにしていた秘密の漏洩は、佐倉萌(桜田ひより)が戸川湊斗(鈴鹿央士)に問いかけた「湊斗くんってさぁ、知ってるんだっけ?」というやりとりの言葉の不確かさが生み出してしまったものだ。また、特に重要であるのは1話冒頭の青羽紬(川口春奈)と想のやりとり。青空に降りしきる雪を見て、紬が小さく叫ぶ。
「雪降ると静かだよね」
1話より
「ねっ?静かだよねっ?」
それを聞いて、想が笑顔で返す。
「うるさい」
1話より
「青羽の声うるさい」
「静寂を伝える言葉がうるさい」という矛盾めいたこのやりとり。そして、“うるさい”と返した想も、紬のことを“うるさい”とは微塵も思ってはおらず、“うるさい”の響きにありったけの愛情を込めている。つまり、人と人のコミュニケーションというものは言葉だけで成立しているのでなく、言葉と、そこに込められた“想い”を感じ取ることで、はじめて成し遂げられる。これがこのドラマの信念のようなものだ。
教室で「なに聞いてるの?」と想に尋ねて、渡されたイヤフォンで想のiPodから流れる音楽を聴く紬。
紬「あぁ、はいはい、うんうん」
1話より
想「え、なにそれ」
紬「うん、いいよね、これすごくいい、うん」
想「知ってる?」
紬「知ってる」
想「本当に?」
紬「知ってる!」
紬は当然この音楽を知らないし、“知らない”ことを想は知っている。であるから、言葉は上滑りしているけども、このやりとりには“もっと近づきたい”という2人の想いが駆け巡っていて、だからこそ美しい。言葉の不確かさを巡る挿話として、もっとも顕著なのが、想から紬に送られた別れを告げるメール文だろう。
「好きな人がいる。別れたい」
1話より
紬は「想には別に好きな人ができてしまったのだ」と解釈するのだけど、これはのちに、想の“好きな人”とは紬のことで、「その好きな人を傷つけたくないから別れたい」という意であったことが明かされる。言葉のマジック、その信用ならなさ。それゆえに、このドラマでは言葉を介さないコミュニケーションというものが何度も成立してしまう。1話のラストにおいては耳の聞こえない想と手話を理解できない紬の間において感情と表情だけで、4話では想と青羽光(板垣李光人)の間で、コンビニで買った缶ビールの受け渡しだけで、想いの交感が見事に成し遂げられている。同じく4話では、部活のメンバーがサッカーとハイタッチという身体性を通じて、あの時と同じように想いをわかりあえてしまう。その様子を見ていた周囲は思わず漏らす。
「言葉なんていらないんだね」
4話より
脚本家・生方美久が前作『踊り場にて』で描いたことは……
生方美久という作家は、圧倒的な才能で言葉を駆使して物語を紡いでいきながらも、明らかに“想い”というものに肩入れしている。それは、冒頭に置いたOfficial髭男dismの主題歌になぞらえるならば、言葉が溶けて消えて形をなくしても、そこに込められた“想い”は残り続けると信じているからだ。そして、そんな“想い”の痕跡こそが、人々をこの世に生かし続けているのだと確信している作家である。彼女がフジテレビ ヤングシナリオ大賞を受賞した『踊り場にて』は、恋や夢を諦めるということについて描いたドラマだった。
舞子「実ったら好きじゃなくなっちゃうってこと?」
生方美久『踊り場にて』(2021)より
優子「消しゴムで消されちゃうってこと」
舞子「なにそれ?」
優子「でもね、大丈夫なの。消しゴムだから。ちゃんと消しカスが残るから。筆圧が強ければ鉛筆の跡も紙にちゃんと残るから。なくなっちゃうわけじゃないの」
「諦めがついたときって、気持ちはどこにも行かなくて済むんですね。自分のなかに、落とし込めるっていうか」
生方美久『踊り場にて』(2021)より
「夢を、追ったことがある人間だけの特権っていうのもあってね、それは、夢を追いかけたっていう事実です。挑戦したことだけは、褒めてあげられます」
生方美久『踊り場にて』(2021)より
「次になにか、新しいなにかを、やろうと思ったとき、過去の自分が、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ優しく肩を抱いてくれます。背中を押すってほどじゃないです。そんな大それたことはしてくれないけど、でも、肩にポンって手を置いてくれます」
「それで生きていけるってことも、あるから」
『silent』の脚本に見る坂元裕二、スピッツの影響
この彼女の作家としての感性を作り上げたのは、坂元裕二、スピッツ、『ハチミツとクローバー』といった彼女が敬愛して止まないであろう作家や作品の影響が大きいに違いない。坂元裕二からの影響は言葉のリズム、指示代名詞などを駆使したセリフ廻し、ファミレスやイヤフォンといったモチーフなどからも顕著だが、それだけでなく、坂元裕二作品が繰り返し訴え続けているテーマを生方美久もまた継承している。(※1)
「人が人を好きになった瞬間って、ずーっとずーっと残っていくものだよ。それだけで生きてく勇気になる。暗い夜道を照らす懐中電灯になるんだよ」
坂元裕二『東京ラブストーリー』(1991)より
「ずっと。ずっとね思ってたんです。私、いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまうって。私、私たち、今、かけがえのない時間の中にいる。二度と戻らない時間の中にいるって。それぐらい眩しかった。こんなこともうないから、後から思い出して、眩しくて眩しくて泣いてしまうんだろうなぁって」
坂元裕二『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(2016)より
「私の“好き“は、そのへんにゴロゴロしてるっていうか……。ふふっ、寝っ転がってて、で、ちょっと、ちょっとだけ頑張るときってあるでしょ?住所をまっすぐ書かなきゃいけない時とか、エスカレーターの下りに乗る時とか、バスを乗り間違えないようにする時とか、白い服着て、ナポリタン食べる時。そういう時にね、その人が、いつもちょっと、いるの。いて、エプロンかけてくれるの」
坂元裕二『カルテット』(2017)より
これらはすべて、叶わなかった恋が人生にどんな意味をもたらすのかを書き記したものだ。そして、それは劇中に何度か登場する『ハチミツとクローバー』とも共鳴するテーマである。
「ずっと考えてたんだ うまく行かなかった恋に意味はあるのかって 消えて行ってしまうものは 無かったものと同じなのかって… 今ならわかる 意味はある あったんだよ ここに」
羽海野チカ『ハチミツとクローバー』10巻より
「ボクがいて 君がいて みんながいて たったひとつのものを探した あの奇跡のような日々は いつまでも甘い痛みとともに 胸の中の遠い場所で ずっと なつかしく まわりつづけるんだ」
叶わなかった恋、想いを告げることのなかった恋、うまくいかなかった恋…そのどれにも意味があって、それにまつわる“想い”は消えることなく、そこかしこに漂い、まわりつづけ、あなたの人生の航路を温める。この作家たちの想いを受け継いだ生方美久は、『silent』において春尾正輝(風間俊介)と紬、紬と湊斗のこんなセリフを書いている。
春尾「凄く好きだけど両想いになれなかったり、なれても別れてしまったり。そういうとき思いません?はじめから出会わなければ良かったって。この人に出会わなければ、こんなに悲しい思いをしなくて済んだのに、って。思いません?」
2話より
紬「好きになれて良かった…って思います、思いたいです」
紬「始めちゃうと終わっちゃうって話。いつか別れること考えちゃうから、女の子と付き合うの勇気いるって。付き合い始めた彼女に言うなよって思ったけど」
4話より
湊斗「なんか、ぬるっと付き合い始めちゃったから」
紬「たしかに」
湊斗「もし別れても、別れたとしても、別れるまでに楽しいことがいっぱいあったら、それでいいのにね」
実にストレート。それでいて、生方美久の筆致の優れているのは、雑談めいたものに落とし込めてしまう点にある。他にも、何気ない雑談の中に、“想い”の痕跡を表現するようなモチーフを忍ばせている。
紬「雪の中でサッカーしたらあれだね。どんどんボール大きくなるね」
1話より
想「ん?」
紬「えっ、だって雪だるまってさぁ。転がして、大きくして、2つ作って。もう一個のっけて、ねっ?」
想「ボールに雪ついて、大きくなるってこと?」
紬「なるでしょ。雪だるま的に」
想「なんないよ」
紬「えっ、なるよ、絶対なるよ」
想「紙を42回折ると、月に届くんだって」
2話より
紬「なにが?」
想「紙が。紙の厚さが、こう折ってくと、だんだん分厚くなるじゃん?その厚みが月に」
痕跡が積み重なっていって、なにかを成し遂げてしまう、届いてしまうというようなイメージが通底している。そして、「どうでもいい話ばかりしてた」と振り返るこういった会話そのものもまた、想の生きていく糧になっていることが、スピッツ『魔法のコトバ』や『楓』のリリックからうかがうことができる。
君と語り合った 下らないアレコレ
スピッツ『魔法のコトバ』より
抱きしめて どうにか生きてるけど
忘れはしないよ 時が流れても
スピッツ『楓』より
いたずらなやりとりや
心のトゲさえも 君が笑えばもう
小さく丸くなっていたこと
誰かを好きになった “想い”の痕跡こそが、これからの人生を支えていく。であるから、『silent』は“出会わなければ良かった”を否定し、すべての“出会えたこと”を肯定していく。
5話(※2)の段階では劇中の3人がどんな恋の決断を下していくのかはまだわからない。しかし、どんな結末を迎えようとも、生方美久の作劇の信念の元では、この世に存在するどんなラブストーリーもバッドエンドにはなりえない。そう確信する。
難病の悲恋モノに落とし込まない脚本家の努力
生方美久…これが連ドラデビュー作だなんて信じられない。わたしが脚本家であったら嫉妬の感情でぐちゃぐちゃになっていたに違いない。最初の数話は坂元裕二への憧れがさく裂した文体だなあと思って観ていたのだけども、どんどん生方美久固有の筆致みたいなものを形成していっている。状況設定の巧みさや恋愛感情の機微、そして何と言っても、誰にでも響く大衆性に物語を落とし込む手腕。電車で隣に座った初老の男性がタブレットでこの『silent』を熱心に視聴していて、その姿にどうにも心を撃たれてしまい、ひさしぶりにドラマの批評?感想?のようなものを書いてみようと思ったのだ。どうか、あのおじさんのもとにこの文章が届きますように。
役者の演技、カメラワーク、色調、衣装、音楽(『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』の得田真裕!)……どれもが作品の格を底上げしている。演出が実に素晴らしい。想と紬のカットは駅の連絡通路から始まり、学生時代の告白、再開後の気持ちの交感、どれもが“橋”で撮られている。湊斗の目撃や決断も踏切や横断歩道にて撮られ、“橋”というモチーフが、別の段階への移行や離れたふたつの事象を繋げるものとして機能している。これらを統括しているプロデューサー村瀬健の手腕、そして『踊り場にて』1本で青田買いを決断するその眼識。
役者陣の素晴らしさ。川口春奈、鈴鹿央士、桜田ひより、板垣李光人、夏帆、風間俊介、篠原涼子、藤間爽子、山崎樹範、内田慈……と出演者全員を誉めたたえていきたいのだけども、やはり主演級の3人だろう。川口春奈のあまりにも大きな瞳の情報量、そして零れる涙の美しさ。鈴鹿央士の体現する善良さと発声のテンポの大胆さ。そして、“忘れられない人”を体現する目黒蓮。彼自身に内包されている“切なさ”のようなものが絶妙に役柄にマッチしている。
生方美久がツイートしている通り、このドラマがスピッツ「楓」みたいなお話であるとするならば、
さよなら 君の声を抱いて歩いていく
スピッツ『楓』より
ああ 僕のままで どこまで届くだろう
僕のままでどこまで届くだろう。「ほんと全然変わんないね」と湊斗に言われた時、想はどれほどうれしかったことだろう。そして、想があの頃の想のままで居続けるために、どれほどの覚悟と苦しみがあったのかを思う。それは、このドラマを難病の悲恋モノに落とし込まないという脚本家の努力とイコールである。
※1:最初の作品なんてこれまでの自分の全部を詰め込めばいいから、好きなもの溢れちゃいますよね。
※2:5話と言えば、湊斗の夢と紬の回想が混濁している凄まじさ!そして、湊斗がスピッツの『みなと』であり、すなわち“港”であることが示唆され、“見送る人”としての人物造形が完成されてしまうという。しかし、“迎え入れる人”であるのかもしれない。
『silent』
毎週木曜22時から放送中
出演:川口春奈、目黒蓮(Snow Man)、鈴鹿央士、桜田ひより、板垣李光人、夏帆、風間俊介、篠原涼子 ほか
脚本:生方美久
演出:風間太樹、髙野舞、品田俊介
音楽:得田真裕
プロデューサー:村瀬健
写真提供=フジテレビ
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