東京タワーと『あしたのジョー』西新宿と『ルパン三世』皇居と『リーンの翼』…アニメに描かれた東京は「本物の東京」(藤津亮太)

2022.11.3
藤津サムネ

文=藤津亮太 編集=アライユキコ


『東京国際映画祭2022』(10月24日~11月2日)ジャパニーズ・アニメーション部門の特集「アニメと東京」のプログラミング・アドバイザーを務めたアニメ評論家・藤津亮太が改めて考察する「アニメに描かれた東京」。東京タワーから西新宿そして……。アニメの中で移り変わる東京のアイコンの行き着く先とは?

「アニメに描かれた東京」を概観

11月2日まで開催された『東京国際映画祭2022』。そのジャパニーズ・アニメーション部門のひとつとして「アニメと東京」という特集を組んだ。映画祭なので特集上映は映画4作品で構成したが、以前から一冊の書籍になるのではないかと思っているテーマでもあり、この原稿は特集の「長めの注釈」といった感じで、テレビアニメも含めた「アニメに描かれた東京」の姿をさっと概観したいと思う。

みどころ解説 ジャパニーズ・アニメーション 部門編|第35回東京国際映画祭

東京で暮らすようになったのは20代の末。新卒で地元に就職したが、そこを退職してからの上京だ。だから子供時代からいい大人になるまで、「東京」とはずっとフィクション──自分の場合アニメや特撮が中心──の中で見る風景だった。でも地方出身者には、程度の差はあれ、そういう人は多かったのではないだろうか。

自分が子供のころ──ざっくり1960年代末から1970年代に制作されたテレビアニメにおいて、美術(背景)に求められていたものは、作品の雰囲気やトーンを伝えることで、登場人物たちが存在する「空間」を描き出すことではなかった。これは、だからこそ空間を感じさせるレイアウト・美術の作品は目立ったということでもある。
当時のアニメにおける東京は、美術の向こうに「本物の東京」を感じさせる、というよりも、東京のムード、あるいは“概念”を描いている。確か押井守監督だったと思うが、当時のアニメは、特に説明もなくビルばかりの大都会が描かれればそれは自動的に「東京」を現していたんだ、と語るインタビューを読んだことがあるが、要はそういうことなのだ。

『あしたのジョー』『マジンガーZ』『デビルマン』と東京タワー

1970年にスタートしたテレビアニメ『あしたのジョー』。本作はジョーがふらりとドヤ街へとやってくるところから始まる。原作では、東京の俯瞰の風景、その足元から見上げた東京タワーといったコマを重ねながら、華やかな大都会の片隅にある、ドヤ街へと観客を誘導する。
これに対し、アニメの画作りはもっと象徴的だ。ひとり無言で歩くジョーの背後遠くに東京タワーが陽炎のように揺らめきながら立っている。季節は冬だが、この陽炎は超望遠で撮影しているイメージの再現であり、同時に物言わぬジョーの内面に秘められた感情をも感じさせるものになっている。ここで東京タワーは、繁栄する東京を象徴する存在として画面の中に屹立している。

【公式】あしたのジョー 第1話「あれが野獣の眼だ!」”Tomorrow’s Joe 1″ EP01(1970)

1974年の映画『マジンガーZ対暗黒大将軍』は、ミケーネ帝国の暗黒大将軍が世界各国の大都市を攻撃するシーンが出てくる。日本で狙われるのは当然、東京で、東京タワーと首都高速が「東京のアイコン」として登場し、そして戦闘獣たちに破壊される。マジンガーZは、基本的に富士の裾野、光子力研究所の近くで戦闘するのだが(敵のDr.ヘルは光子力研究所を狙っているため)、この映画では珍しくマジンガーZは東京のど真ん中で戦闘を繰り広げている。
端的にいうなら1970年代のアニメにおいて「東京」とは「東京タワー」であったと言っていいだろう。このオレンジ色の電波塔を画面に入れることで、アノニマスな大都市が「東京」という固有性を帯びるのだ。

『マジンガーZ対暗黒大将軍』Laser Disc/東映
『マジンガーZ対暗黒大将軍』Laser Disc/東映

個人的な思い出だが『デビルマン』のエンディングに、鉄骨に腰掛けたデビルマンが高い位置から大都市を見下ろすカットがある。子供時代の僕はこの鉄骨をなぜか「東京タワー」の一部だとずっと思いこんでいた。おそらくむき出しの鉄骨とそこに打ち込まれたリベット、そしてその高さから、東京タワーだと勘違いしてしまったのだろう。画面を見るとむしろ建設中の高層ビルと考えるのが自然なのだが、『デビルマン』本編には、「東京」を感じさせる細部がチラチラとあり、子供の自分はそこから勝手に東京タワーをイメージしてしまったのだろう。

『デビルマン』Blu-ray/DISCOTEK
『デビルマン』Blu-ray/DISCOTEK

「さらば愛しきルパンよ」と西新宿

やがて1980年代に入ると、アイコンとしての東京タワーはあまり登場しなくなる。1980年前後は、アニメの背景が「雰囲気を描く」から「実在を実感させる空間を描く」に徐々に変化していく時期でもある。このころ「東京のアイコン」の役を担ったのは、1970年代に大きく姿を変えた西新宿の高層ビル群だ。

西新宿は、1965年に淀橋浄水場が移動し再開発が始まった。1971年に京王プラザホテルがオープンし、1974年にはその時点で日本で一番高い新宿三井ビルが建つなど、徐々にその姿を変えていく。この変化を記録した写真集『脈動する超高層都市、激変記録35年—西新宿定点撮影』(ぎょうせい)を見ると、まるで『新世紀エヴァンゲリオン』の第3新東京市のように、なにもない場所にビルが“生えていく”様が定点観測されている。
現在僕は、その高層ビル群のひとつである新宿住友ビル(1974年竣工)の中にある朝日カルチャーセンター新宿教室で講座を担当しているが、西新宿のビル街を歩いていると、アニメや映画、ドラマの中に入り込んでしまったような気分になってしまう。

『脈動する超高層都市、激変記録35年―西新宿定点撮影』中西元男/ぎょうせい
『脈動する超高層都市、激変記録35年―西新宿定点撮影』中西元男/ぎょうせい

たとえば、1980年10月放送の『ルパン三世』(第2シリーズ)最終回「さらば愛しきルパンよ」。これは冒頭に「TOKYO1981」というテロップが入るが、この画面が西新宿の高層ビル街の俯瞰で始まっている。同作は銀座にある宝飾店襲撃から始まり、新宿駅東口近辺での戦車戦。鉄道とバイクで中野・高円寺方面への移動など、「そっくりそのまま」というわけではないが、それまでのアニメ作品よりもはるかに高い精度で「現在の東京」という空間を描き出して、大きなインパクトがあった。

【公式】ルパン三世 PART2 第1話「ルパン三世颯爽登場」”LUPIN THE 3RD” PART2 EP01(1977)

『幻魔大戦』から『メガゾーン23』へ

1983年には映画『幻魔大戦』が登場する。1967年に平井和正と石森章太郎(現・石ノ森章太郎)が手掛けたマンガ『幻魔大戦』のアニメ化だが、キャラクターデザインを当時注目されていた漫画家の大友克洋が担当した。これにより映画全体が、ぐっとリアリズムの色合いを帯び、全宇宙で繰り広げられる絶対的悪と善き超能力者たちの戦いを新鮮なビジュアルで描き出した。
こちらでは冒頭、西新宿のビル街をバックにタイトルが登場する。ビルの形を見ると決して現実の西新宿そのものではないのだが、明かりのついた窓が精緻に描かれた複数のビルの林立する様子は当時としてはひと目でで“東京”“西新宿”と納得できるものだった。

『幻魔大戦』DVD/角川エンタテインメント
『幻魔大戦』DVD/角川エンタテインメント

タイトルバックのビル街は一種のアイコンとして描かれていたのに対し、本編の中に出てくる新宿の風景はとてもリアルだ。映画序盤に、主人公・東丈が野球部のレギュラーから漏れ、彼女にもふられて、新宿の盛り場をさまよい歩くシーンが出てくる。このとき、丈は西新宿で彼女と別れ、大ガード下をくぐってアルタ前に出て、その後、武蔵野通りのピンク映画館「国際劇場」「名画座」の前に行く。
1987年に大学受験が終わったあと、一泊で東京に遊びに来たのだが(『紅い眼鏡』などの映画鑑賞が目的)、新宿を土地勘もないままフラフラしていたときに、この「国際劇場」の前に出て、「あ、幻魔大戦に出ていた映画館だ!」となったことをよく覚えている。ちょっとした「聖地巡礼」(当時はそんな言葉はないが)気分だった。

そして1985年には、「東京という街そのものがテーマ」といってもいい『メガゾーン23』が登場する。OVAとしてリリースされた本作だが、映画観での早朝興行も行われたし、80分の尺と『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』のスタッフがほぼそのままスライドしているクオリティの高さからして、実質的に映画といっていい作品だ。

『メガゾーン23』DVD/ビクターエンタテインメント
『メガゾーン23』DVD/ビクターエンタテインメント

本作は主人公・矢作省吾が渋谷駅近辺でヒロインの高中由唯と出会うところから始まる。省吾は由唯をバイクで表参道まで送り届け、その後、友達と待ち合わせているアルタ前へと向かう。ここでは東京は、若者たちが希望を持ってはつらつと生きている場所として描かれている。1980年代の明るいテンション、バブル経済直前の活気などが画面の中に反映されており、現在から見ると由唯の「今が一番いい時代だって気がする」という言葉に深くうなずかされてしまう説得力がある。
無人の渋谷駅近辺を傷つきながらも前に進む省吾を、俯瞰で捉えて終わる。そのときの渋谷駅の大俯瞰は現在再開発が進む前、さらにいうとQFRONTができる前の渋谷の風景がそのまま描かれており、ある種の郷愁が加わったことで、本作のラストを一層印象的なものにしている。

『リーンの翼』と皇居

東京を表すさまざまなアイコン的な場所がどんなふうに扱われてきたかを中心に、さまざまな作品を振り返ってきたが、東京を特徴づける場所であるにもかかわらず、あまりアニメに(というか映画などにも)出てこない場所がある。お察しのことと思うが皇居である。

『リーンの翼』は、太平洋戦争末期、特攻兵として死んだはずのパイロット・サコミズが、異世界バイストン・ウェルに転生し、王として成功するという設定の作品だ。バイストン・ウェルでの戦乱の結果、サコミズと主人公エイサップは、時空を超える体験をする。
このとき、ふたりは1945年の東京大空襲を上空から見下ろしたのを皮切りに、太平洋戦争末期にさまざまな命が散っていく様を目の当たりにする。そしてついに東京湾上空に現れたサコミズは、焼け野原となった東京がコンクリートで覆われた、人間を窒息させるような場所であることに絶望し東京を攻撃する。そして戦いの中で東京駅に気づいたサコミズは、皇居前広場に降りて「天皇は、天皇はいらっしゃらぬのか!」とあたりをうかがう。
アニメでは数少ない皇居の描写だが、特攻兵の生き残りがたどりつく最後の場所としては、やはりここしかないのだと思う。

『リーンの翼』DVD/バンダイビジュアル
『リーンの翼』DVD/バンダイビジュアル

そういえば高校1年生の春だったと思うが、明治45年生まれの祖父とつくば万博のついでで東京に寄ったことがある。そのとき、祖父に「キュージョー見に行ったことがあるか?」と尋ねられたことがある。そのとき、「キュージョー」と言われて「球場」しか思いつかなかった僕は、「後楽園? 小学校のとき、修学旅行で行ったよ」と答えたのだった。もちろん祖父の言っていた「キュージョー」は「宮城」、つまり皇居のことだった。調べてみると、皇居が宮城と呼ばれていたのは明治21年から昭和23年まで。祖父にとっては30代の後半まで使っていた、ごく普通の言い回しだったわけだ。結局僕は、皇居に行くのも断った。もしあのとき、一緒に皇居に行っていたら、祖父は宮城に関する思い出を何か語ってくれただろうか。
「アニメと東京」のことを考えると、数少ない自分の人生における「東京」の記憶も呼び起こされてしまう。

『あしたのジョー』DVD/日本コロムビア
『あしたのジョー』DVD/日本コロムビア

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