「わかる人にだけ伝わればいいや」的な内輪ノリの究極、ムーシー藤田

文・写真=板川侑右 編集=鈴木 梢


アルコ&ピース(平子祐希、酒井健太)がMCを務めるテレビ東京のゲームバラエティ『勇者ああああ』。10月の番組改編で木曜深夜から土曜プライム帯への奇跡の仲間入りが決まり、番組ファンの間では期待と不安の声が上がっている。なぜなら同番組はこれまで、ひと癖もふた癖もあるゲストばかりが出演してきたからだ。

そんな癖の強いゲストたちを起用しつづける同番組の演出・プロデューサー板川侑右が、キャスティングの裏話を語る本連載。今回は、完全に初見殺しのある芸人(およびキャラクター)について。

テレビ番組において大切で難しい「バランス」

基本的にテレビ番組は、とにかくわかりやすく作るべきである。新規の視聴者を獲得するためには、「わかる人にだけ伝わればいいや」的な内輪ノリのボケや、初見では理解しにくいような企画は避けたほうが無難だ。

たとえばラブレターズ塚本による「『勇者ああああ』の収録にはいつも同じ小豆色のパンツを履いてくる」という一部の番組ファンにしか伝わらないやりとり。酒井健太の「お前、何年間同じパンツ履いてんだよ」というツッコミも含めて個人的にはすごく好きな内輪ノリなのだが、新規の視聴者には伝わりづらいボケなのでここ最近のオンエアでは極力カットするようにしている。

先日放送したばかりの、「クイズ王・古川洋平&料理研究家・園山真希絵による『マル・マル・モリ・モリ!』デュエット」なんかも、初見の視聴者を完全に置いてけぼりにする企画の代表例だ。長年番組を応援してくれている方であれば僕らのキャスティングの意図を汲み取ってもらえただろうが、番組を初めて観るという人にしてみれば

  • このふたりに歌わせる必要性はそもそもどこにあるのか?
  • なぜ2020年に『マル・マル・モリ・モリ!』なのか?
  • なぜこんなにもクイズ王はビブラートを効かせているのか?
  • っていうかゲーム全然関係ねえじゃん。

など、いろいろ気になることが多過ぎる、説明不足なコーナーである。全部を説明するのも野暮だけど、まったく説明しないのは不親切。そのへんのバランスを取るのがテレビ制作の難しいところである。

ところで今年になってから出演回数が急増している、ななまがり森下直人が演じるムーシー藤田の「架空ものまね」も、初見の視聴者には相当理解し難い芸であるように思う。「架空ものまねタレント」が「架空芸能人」のものまねをするという難解すぎる設定のネタは「わかる人にだけ伝わればいいや」的な内輪ノリの究極といっていいだろう。

森下が初めて『勇者ああああ』に登場したのは、エンディングに辿り着くまで芸人達が延々とゲームをプレイしつづける「巻き戻しノーミスチャレンジ」というコーナーである。

企画のメインはゲーム実況なのだが、その合間で行われる「クールダウンタイム」と称した芸人達によるネタコーナーも人気の番組を代表する看板企画だ。もちろん、ななまがりがキャスティングされたのも「『キングオブコント2016』のファイナリストはクールダウンタイムにどんなネタを披露してくれるのだろうか?」というスタッフ陣の期待が込められていたからにほかならない。

そして迎えた本番当日、僕は担当ディレクターからこんな報告を受けた。

「事前連絡でちょっと行き違いがあったらしくて、
ななまがりさん、今日衣装も小道具も持ってきてないらしいんですよ……。
想定だと、森下さんが何度もお色直しをして、
別人設定でいろんなキャラクターを演じる予定だったんですが……」

収録現場にうっかり丸腰のまま来てしまった、ななまがりのふたり。コント師の命でもある衣装や小道具を持たない状態で何パターンもキャラクターを演じられるわけがない。ないものねだりをしても仕方がないので、本人たちに連絡ミスを謝罪しつつ、構成の変更を提案すると森下はこう答えた。

「僕の持ちネタで、架空ものまねタレントの『ムーシー藤田』っていう
キャラクターがあるんですけど……その人が別の『架空芸能人』を
演じてるってことにすれば、どんなキャラでも演じられます」

芸人「ななまがり森下」が、架空ものまねタレント「ムーシー藤田」を演じ、さらにその「ムーシー藤田」がまた「架空芸能人」を演じることでネタを成立させると主張する森下。構造がややこしいのは言うまでもないが、そもそも森下自身の知名度が恐ろしく低いので、視聴者からすれば「誰が何やってんだよ」っていう話である。よく知らない人がよくわからないことをテレビでやっている、こんなおっかないことはない。

超難解な「架空ものまね」フォーマットが視聴者にすんなり受け入れられるのか僕はいささか不安だったが、時間がなかったこともあり、後は自信ありげな森下に任せることにした。

ムーシー藤田による「架空ものまね」の正体

この記事の画像(全2枚)


関連記事

この記事が掲載されているカテゴリ

関連記事

『勇者ああああ』放送枠が異例の昇格。アルピーとスタッフの改編裏話

すゑひろがりず

大阪生まれ、大宮育ち。すゑひろがりず「人気ゼロ」から15年目の大逆転<シリーズ大宮セブン#1>

qjweb_tvsukima0420

「大宮よしもと」が売れれば売れるほど吉本の売り上げは下がる(てれびのスキマ)

ツートライブ×アイロンヘッド

ツートライブ×アイロンヘッド「全力でぶつかりたいと思われる先輩に」変わらないファイトスタイルと先輩としての覚悟【よしもと漫才劇場10周年企画】

例えば炎×金魚番長

なにかとオーバーしがちな例えば炎×金魚番長が語る、尊敬とナメてる部分【よしもと漫才劇場10周年企画】

ミキ

ミキが見つけた一生かけて挑める芸「漫才だったら千鳥やかまいたちにも勝てる」【よしもと漫才劇場10周年企画】

よしもと芸人総勢50組が万博記念公園に集結!4時間半の『マンゲキ夏祭り2025』をレポート【よしもと漫才劇場10周年企画】

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記「猛暑日のウルトラライトダウン」【前編】

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記

九条ジョー舞台『SIZUKO! QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記「小さい傘の喩えがなくなるまで」【後編】

「“瞳の中のセンター”でありたい」SKE48西井美桜が明かす“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

「悔しい気持ちはガソリン」「特徴的すぎるからこそ、個性」SKE48熊崎晴香&坂本真凛が語る“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

「優しい姫」と「童顔だけど中身は大人」のふたり。SKE48野村実代&原 優寧の“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

話題沸騰のにじさんじ発バーチャル・バンド「2時だとか」表紙解禁!『Quick Japan』60ページ徹底特集

TBSアナウンサー・田村真子の1stフォトエッセイ発売決定!「20代までの私の人生の記録」