【特別公開】エバース佐々木、初エッセイ『ここで1球チェンジアップ』「甲子園に行けないと決まったあの日から」

2026.7.14
エバース佐々木隆史『ここで1球チェンジアップ』

7月14日(火)より発売となる、エバース佐々木隆史の初エッセイ書籍『ここで1球チェンジアップ』。野球に懸けた青春、夢に届かなかった挫折、目標を失った時間、そして芸人として再び立ち上がっていく日々。もう一度何かを目指したい人の背中を、そっと押してくれるような自伝的エッセイとなっている。

ここでは本作に収録されるエッセイより、野球を引退してから人生の新たな軸として“お笑い”を意識するまでの心情を綴ったエッセイを特別公開する。

人生の新たな軸を探して

 僕、やっぱり甲子園に行けないということが決まったあの日から、時間が止まってたのかもしれないなって、今振り返ると思います。あの日家に帰ってきて、別に泣き崩れるということもなく、すぐ自分の部屋に行って。あれはどういう感覚だったんだろう、すぐ自分の部屋行って、ベッドに横になって、ずっと天井を見てました。そういう自分にも酔ってたのかな、「負けた」という自分に。親も特に何を言うということもなく「でもまあ、しゃあないな」みたいな。もちろんしゃあないって言うしかないですからね、親からしてみれば。

 子供の頃、両親が共働きだったんで、毎日ばあちゃんの家に預けられてて、すごくばあちゃん子でした。高校野球の秋の県大会で優勝したとき、ばあちゃんの家に報告に行ったんですよ。褒めてもらえると思ったら、「隆史が優勝したってことは負けた人間もいるってことを忘れちゃいけないよ」って言われました。実際はもっとめちゃくちゃ方言でしたけど。そんなばあちゃんも3年前に亡くなりました。数年ぶりに見たばあちゃんは棺桶の中で瘦せ細って小さくなってました。元気だった頃の3分の1くらい。後日、町田に言ったら、「あんまおばあちゃんのこと分数にすんな」って怒られました。

 とにかく高校野球で止まってしまった人生をもう一度動かさなきゃいけなかったことだけは、確かでしたね。

 ここでようやくお笑いが僕の人生に深く関わってきます。小学生の頃は、それこそ擦り切れるまで『M-1』のテープを観るくらいお笑いに熱中していましたけど、中高はそこまでお笑いに熱心ではありませんでした。もちろん、年に一回の『M-1』くらいは観てましたし、『キングオブコント』も観てましたけど、あんな何度も何度も再生するような執着はなかった。特に高校なんて、朝は6時起き、家に着くのも夜10時すぎてたので、そもそもバラエティ番組を観る時間がなかったですしね。大学入って、野球を辞めて、めっちゃ時間ができて。家の近所にあるゲオで、お笑いのDVDを借りてきてあらためて観始めるようになったんです。『M-1』を第1回から借りてみたりとか、『アメトーーク!』の◯◯芸人を片っ端から観たりとか、それが自分の中で人生の充実した時間になっていきました。

 そうですね、野球がなくなって、それに変わる自分の軸が欲しかったのかもしれない。なんて言うんですか、「俺はこれが好きだから」っていう軸が欲しかった。そのときはただDVDを観てるだけで、自分もやりたいとは思っていなかったと思う……いやどうだろ、どうだったんかな。多少は、もう本当に奥底では、思ってたかもしれないですね。確実に高校3年生のときは思ってなかったです。高校3年生のときに「そういえば俺、子供の頃芸人になりたいとか言ってたな」って思った記憶があるので。そのとき「むっちゃ身の程知らずなこと言ってたな」って思った記憶があるんですよ。

エバース佐々木隆史『ここで1球チェンジアップ』
エバース 佐々木隆史『ここで1球チェンジアップ』より(撮影=垂水佳菜)

 野球で入った大学で、野球部を辞めて、お笑いのDVDを観だして。当時僕の家にはネット環境がなく、家でYouTubeが観れませんでした。かといって携帯で動画を観るとすぐ通信制限がかかるじゃないですか。だから僕、YouTubeでお笑いを観るために、大学に行ってたんですよ。大学には自由に使っていいパソコン部屋があるから授業には行かないのに、そこに行っては、ただただお笑いの動画を観てました。当時のYouTubeには、今のような芸人さん本人が運営してるようなチャンネルはほとんどなくて。ネタ動画とか、違法アップロードされてるバラエティ番組とか。よくわからずめっちゃ観てましたね。ダウンタウンさんの『ガキ使』のトークを片っ端から観たり。『ざっくりハイタッチ』『ざっくりハイボール』あたりの動画も上がってるやつ全部観ました。もう相当時間だけはあったので。授業も行ってないし、野球も辞めたし、バイトは飛んじゃうし、時間だけはめっちゃある。ゲームやるかお笑い観るか。当時の『にけつッ!!』のDVDなんて、本当に4周か5周ぐらいずっと家で流してました。流しながらこっちではゲームするとか、そんな生活でした。2003年の『M-1』もそうでしたけど、なんですかね、何回観てもおもろかったんですよ。なんなら面白かったからもう一回観たいという感覚。

 かといってライブ会場に行くことは一回もなかったです。東京には劇場というものがあることは知ってたけど、知識はその程度。だからどちらかというと「漫才を観たい」っていうよりも、「お笑いを観てた」っていう感じかもしれないですね。そのうちのひとつとして、『M-1』を観るみたいな感覚だったかもしれない。めっちゃ観てましたもん。『アメトーーク!』の「スラムダンク芸人」とか、好きな回あるんですよ、何個か。それを定期的に見たくなって、もう何回も見てるのにもう一回借りてました。  

あのときの自分、どういう気持ちだったんだろ。でもシンプルに面白かったんですよね、お笑いが。

エバース 佐々木隆史『ここで1球チェンジアップ』(撮影=垂水佳菜)
エバース 佐々木隆史『ここで1球チェンジアップ』(撮影=垂水佳菜)

エバース 佐々木隆史『ここで1球チェンジアップ』
出版社:太田出版
定価:1,980円(税込)
発売日:2026年7月14日(火)
仕様:四六判/240ページ予定
※内容は予告なく変更する場合があります

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佐々木隆史(エバース)

(ささき・たかふみ)1992年11月6日生まれ、宮城県出身。お笑いコンビ・エバースのボケ担当。レギュラー番組『エバースのモンキー125cc』(stand.fm)、『エバースの野茂ラヂ雄』(Artistspoken)。