『M-1グランプリ』4分PVの楽曲はどのように選ばれている?制作チームの愛あふれる『M-1』広告制作の裏側

2025.11.8
『M-1の広告、今年どうする?公開会議(仮)』

文・編集=斎藤 岬 編集=梅山織愛


10月19日、東京・TOKYO NODEにて『M-1の広告、今年どうする?公開会議(仮)』が開催された。広告業界内外のクリエイターらが集まって開催される『虎ノ門広告祭』のプログラムのひとつで、『M‐1グランプリ』チーフプロデューサー・桒山哲治と総合演出の下山航平(ともにABCテレビ)、そして『M‐1』広告制作チームのメンバーである電通クリエイティブディレクターの有元沙矢香、電通プランナーの水本晋平が参加。司会を務めるのは映画監督として知られるほか、Aマッソ×KID FRESINOツーマンライブツアー『QO』で演出を担当するなど、お笑い関係の仕事も多く手がける電通の長久允だ。

有元によると、電通チームが『M‐1』のプロモーションに携わるようになったのは、2018年のTikTokでの施策がきっかけだという。その際、チームメンバーたちの『M‐1』愛があまりに深かったことから、当時の総合プロデューサーだった辻史彦(ABCテレビ)がチームを「『M‐1』ラバーズ」と命名。そして翌年から本格的に『M‐1』本体のプロモーションに携わることとなった。

『M-1の広告、今年どうする?公開会議(仮)』
『虎ノ門広告祭』のビジュアル

「4分PV」制作のきっかけは放送日

「会議」の最初のトピックは、毎年恒例となっている「4分PV」について。冒頭で『M-1グランプリ 2024』のPVが流されると、会場の巨大スクリーンに全員が見入る。広告制作に携わる人たちが詰めかける場だけにお笑いファンが集まる会場とは空気感が異なるが、反応からはお笑い好きの参加者も少なくないことが感じられた。

現在のようなPVが作られるようになったのは、2019年の“放送日”がきっかけだったという。有元が「この年の放送日が12月22日で、たまたまクリスマスの“前前前夜”だったんです。映画『君の名は。』でRADWIMPSの『前前前世』が流行ったあとで、『これ、プロモーションに使ったらおもろいのでは?』って無邪気に提案したら、桒山さんが無邪気にアポを取ってくれて」ときっかけを回想。桒山も「『聞くだけならタダや!』って、関西人特有のやつですね」と笑いながら相づちを打った。

そこでまさかのOKが出たことから、「前前前世」とのコラボというかたちで、グラフィックをアニメーションとして動かすプロモーション映像が誕生。そこでの手応えから、翌年、ABCが毎年撮り溜めている密着映像の豊富さを活かしたPV制作を電通チームが提案し、現在のスタイルが確立された。

ここで司会の長久から「芸人さん側も、密着映像がPVや番組内で使われる可能性があるとわかっているわけですよね。その前提があることで、撮られる側としてのスタンスに変化はありませんか?」と質問が投げかけられる。下山は「みなさん、『これ、使われるかもな』と思っているとは思いますね」と回答。有元が「狙って言っているいい言葉なのか本音なのか、見抜くのはかなり難しいと思います」と述べると、水本も「そこは毎年、編集しながら一番議論するところですね」と同意する。

さらに水本は、発された言葉が「裏なのか、表なのか」という見極めの重要さにも言及。「芸人さんのキャラをちゃんと理解した上で、これは“裏”か“表”かというところはすごく気をつけています。“裏”で言ったのに“表”のように使われてしまうと、ご本人にとって損になってしまうので」と、慎重な判断が求められることを明かす。その上で「『M-1』制作陣は漫才師の方々に対するリスペクトが本当に強い。そのスタンスが音楽と映像に乗せてもちゃんと伝わるようにしようと毎年常に思っています」と語った。

PVの楽曲は、毎年その年の『M‐1』にバチッとハマる瞬間がある

そこから話はPVの音楽選びへ。「今年はどんな曲が使われるのか」は毎年の注目の的だ。有元によれば、毎年8月の1回戦が始まるころに、下山から「今年の『M-1』はこうしたい」というコンセプトを受け取り、それを基にキービジュアルやポスターのコピーなどプロモーションの全体像を考え始めるという。その中で、どういったテイストの楽曲がふさわしいかも検討していく。

水本いわく、いわゆるCMソングのようにコンセプトに合わせて書き下ろした曲を使わないからこそ生まれるおもしろさがあるとのこと。「『M‐1』を想定して作られたわけじゃない曲が、不思議とその年の『M‐1』にバチッとハマる瞬間があるんです。2023年の日食なつこさんの『ログマロープ』でいえば、『断崖絶壁切り立った壁のその切っ先に立ってんだ』という詞が決勝進出者発表の場面で芸人さんの足元を映す瞬間にマッチしていてゾクッとしたり、あるいは令和ロマンさんが優勝したあとで見返すと『ひっくり返して遊ぼうぜ』という歌詞が、まさに令和ロマンのことを歌っているようにしか聞こえなかったり。予見していたわけではないのに、結果的に大会を象徴する楽曲になるのがおもしろいなと思います」と、まさに“『M‐1』ラバー”の広告クリエイターらしい視点から解説した。

『M-1の広告、今年どうする?公開会議(仮)』
これまで「4分PV」で使用された楽曲

そのあとは、各登壇者が事前に挙げた「歴代PVで好きなシーン」を語り合う時間に。「ななまがり森下(直人)さんが神棚に祈る姿」(有元)、「大自然ロジャーさんの名言」(桒山)、「ヤーレンズ出井(隼之介)さんの“人生ニキ”」(下山)、「Aマッソむらきゃみさんの『何回言わせるねん』」(水本)、「コウテイ九条ジョーさんの背中を叩く下田さん」(長久)と思い入れのある名場面が次々に挙がり、各人の『M‐1』愛の深さを改めて感じさせた。

歴代王者集合のポスター。できればボツになってほしかった!?

続いてのトピックは、2020年から定着した大会ポスターに関して。桒山は「この年から初めて、総合演出の思いが乗った一枚を作るようになりました。『こういう大会にするんだ』って、こちら側の意思統一を図る狙いもあって」と振り返る。

有元が「2020年はコロナ禍で、予選1回戦が無観客だったんですよね。その会場に『漫才は止まらない』と書かれた横断幕が掲げられていたので、コピーを考えるときにそれを活かして『M‐1は止まらない』とさせていただいて」と語ると桒山は「『M-1できへんのちゃうか』ってめちゃめちゃ焦ってた年でした」と当時を回顧。「横断幕を掲げたのも、そんな状況で舞台に立つ漫才師のみなさんに見てもらえたらいいなって……あのときの話をすると泣きそうになるんですけど」と言いながら本当に言葉に詰まり、下山に「どこで泣いてんねん!(笑)」とツッコまれていた。

『M-1の広告、今年どうする?公開会議(仮)』
2020年大会のビジュアル

さらに下山からは、2024年のポスターについての裏話も披露される。「20回大会だからメモリアルなことをしたいと提案したら、“『M‐1』ラバーズ”から歴代チャンピオン19組を合成したラフ案が上がってきて。『これ、めっちゃやりたい!』ってなったんですけど……」と語ると、桒山は「実現したら素敵だけど、撮影スケジュールの調整が大変すぎるから本当にできるのか?って。できればボツになってほしいと思ってました」と苦笑い。しかし下山が「どうしてもこれでいきたい」と粘り勝ちを果たし、無事に実現に至ったのだという。

2025年のコンセプトは“脱皮”“再生”“生まれ変わり”

登壇者全員の『M‐1』愛が強すぎるあまり、振り返りだけで話題が尽きず、本日の議題「今年どうする?」にはほとんど触れられないまま残り10分に。長久が慌てて「今年の話、しましょう!」と促し、ようやく本題に入る。

下山は「去年、令和ロマンの連覇で終わった瞬間に『うーわ、来年どうしよう!』ってなりました」と、昨年末の心境を明かす。「ある意味、これで一個『M‐1』が終わってしまったというか。そこから悩み続けて、じゃあ20回大会でひと区切りがついたと考えて、今年からまた新しい10年を作っていこう、というところにたどり着きました。だから、“脱皮”“再生”“生まれ変わり”みたいなものをコンセプトにしよう、と。それでロゴの色もガラッと変えました」と、発表直後に話題を呼んだ今年の紫色のロゴカラーにも言及。

『M-1の広告、今年どうする?公開会議(仮)』
2025年の大会ロゴ

「『なんとかここまで決めたんで、お願いします!』って投げさせてもらって」と下山からコンセプトを受け取った有元は「そこから『どうしよ』ってなって、今日です。ほんまに『今年どうする?』のまま来ました」と笑う。桒山も「名案があれば教えてほしいです」と会場に呼びかけた。

最後に長久が「『M‐1』広告をやらなかった世界線は、今とどう違うと思いますか?」と質問。桒山が「『M‐1』ラバーズのみなさんが入ってくださったことで、世界観が統一されて『かっこいい』というブランディングができ上がった。本当におかげさまやなと思います」と感謝を述べると、下山も「最初に『今年はどんなテーマか』という言葉を作ってくださるので、それを美術セットやCGなど全部の打ち合わせに持っていくんです。結果として、大会の世界観を統一していけるようになった。『M‐1』の広告というものが存在する影響が、本編にも返ってきてると思います」と語る。

有元は「外にいる立場だからこそ『実はここも素敵ですよ』と、新たな付加価値をつけていくことができたのかなと思います。でもそもそも昔から大好きな『M‐1』に携わらせていただいているのがすごく幸せで、私の世界線が一番変わったと思いますね(笑)」と感慨を口にする。そして最後に水本が「『M‐1』は、どれだけかっこいい広告を作っても、決勝の4時間で『死ぬほどおもしろい』に読後感が全部塗り替えられるんですよね。芸人さんが最高におもしろい漫才をぶつけてくれるからこそ、こちらもかっこよくする方向に安心して振り切れる。『M-1』制作陣と漫才師の信頼関係がめちゃくちゃ熱いんです。僕たちも、これからも漫才師のみなさんへのリスペクト100%でやっていきたいと思います」と、熱量高く締めくくった。

『M‐1グランプリ2025』は現在、準々決勝進出者が出そろったところだ。ここから12月の決勝戦に向けてボルテージは高まっていく。今年も『M‐1』広告がその盛り上がりに大きく貢献することだろう。どんなPVやポスターがお披露目されるのか、今から楽しみに待ちたい。

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斎藤 岬

(さいとう・みさき)編集者・ライター。1986年神奈川県生まれ。編集担当書籍に「別冊サイゾー『想像以上のマネーとパワーと愛と夢で幸福になる、拳突き上げて声高らかに叫べHiGH&LOWへの愛と情熱、そしてHIROさんの本気(マジ)を本気で考察する本』」(サイゾー)など。「芸人芸人芸人」「月刊芸..