8月27日(水)発売の『芸人雑誌volume15』では、表紙・巻頭特集に令和ロマン・松井ケムリが登場。「余裕の正体」と題したタイトルで、芸人の「芸と余裕」に注目した特集を展開する。発売を記念して、本稿ではケムリの「余裕の正体」を探ったソロインタビューの一部を公開する。
松井ケムリの「余裕」の源泉を辿ると、意外にも彼の口からこぼれたのはソクラテスの名だった。「善く生きる」「嘘をつかない」「隣人愛」。学生時代に根付いたその哲学は、派手さを拒み、雄弁よりも静けさを選ばせる。なぜケムリは、熾烈な競争の中でも揺らがずにいられるのか。ステージに立つその姿の奥にある思考と生き方を掘り下げる。
「善く生きる」が芸人としての振る舞いよりも先に立つ
──ケムリさんは「余裕がありそう」と言われて、どう思われますか?
ケムリ 普段からそう言われることはよくあります。でも自分としては「べつに余裕ないけどな」と思ってる……のが、余裕がある証拠なのかも(笑)。いや、焦る時も全然ありますよ。
──例えばどんな時に?
ケムリ 『Nスタ』や『DayDay.』のコメンテーターをやった時とかですかね。頭の中ではワタワタしてますけど、それでも結局余裕あるって言われるんだよな……。「スベってるところを見たことがない」とも言われます。めちゃくちゃスベってるのに。得ですよね。僕、うまく行かなかったときも必死に取り返そうとしないんです。どんどん静かになってくんですよ。ムスッとスベる。それがたぶん、動じていないように見えるんじゃないかな。
──いつ頃から「余裕ある」と言われるようになりましたか?
ケムリ ずっと言われてますねえ。まあ昔は、普通に漫才が下手だったからだと思うんですよ。感情表現が上手じゃなかったから、どしっとしているように見えた。それに僕はそもそも普段から感情の発露が少ないんです。感情を出すのがダサいと思っている部分もあります。高校生の頃から「沈黙は金、雄弁は銀」をすごく大事にしてて。
──それは、どういうところから?
ケムリ ソクラテスの「善く生きる」ってあるじゃないですか。高校生の時、どっかのタイミングで「善く生きる」ことを決めたんです。自分を大きく見せるのは良くないし、余計なことを言わずに生きていくのがかっこいいと思ったんですよ。
【善く生きる】自分の魂をより優れたものにするための魂への気遣いを通じて、「徳」が備わるような生き方をすること。
──そんな早くから。
ケムリ はい。謙虚でいようという気持ちがあって。自分から何かを語るのも嫌いだし、話す時には「~だと思います」「僕はこう考えます」と主観で言うようにしてますね。「~はこうなんだ」と断言するような、雄弁なしゃべり方はしない。自分が客観的である保証なんてないから。ただ、お笑い的にはこの振る舞いって必ずしも正解じゃないんですよね(笑)。雄弁にしゃべることはサービス精神だし、言い切ったほうが使いやすい面も絶対にあるから。
──雄弁かつ言い切る人というと、くるまさんという存在が思い浮かびますが。
ケムリ サービス精神ですよね、彼が言い切るのは。でも僕はどうしても抵抗があるんですよ。
──お笑い芸人として求められても、そこを曲げたくはない?
ケムリ 難しいですね……。「嘘をつきたくない」という気持ちも大きいんですよ。なんかコピペで、ありません? 工場見学に来た小学生に「嘘をつくと嘘をついたことを覚えておかないといけないから、正直に作っている」と伝えた、みたいなの。そのメンタルがめっちゃあるんです。「善く生きる」「嘘をつかない」を内面化できたら生きるのがすごく楽だなって高校生くらいで思ったんです。正直に生きていれば人生がいいように転ぶわけだから。だから嘘をつきたくない、人に対して優しくありたい。といってもまあ、自分の無理ない範囲で優しくしてるだけか。……そんな立派な話じゃなかったですね。結局は単純にそこまでしたくないんだな、うん。
【工場見学のコピペ】「何年か前に小学4年生が社会の授業で工場見学に来た時に、『嘘をつくと嘘をついた事を覚えておかないといけないので、そんな面倒な事をせずに正直に作っているんですよ。』と言ったら全員うなずいてたなあ」というTwitter(X)で流れてくる一連のテキスト。
──芸人であるよりも先に、人間として、根幹にそれがあるから。
ケムリ そうですね、それを裏切れない。
──隣のくるまさんがその部分を担うから、必要以上に話さなくて済むという面もあるのでは?
ケムリ コンビとしては絶対そうだし、それでいろんな人に注目してもらったり結果が出たりは絶対あるとは思います。それはもしかしたらくるまが僕のことを見て、バランス取るためにそうしてくれてる可能性もあります。ただ、僕はたとえば他の誰かとコンビを組んだり、ピン芸人だったとしても、そのサービス精神はたぶん出さないですね。もうアレルギーのように、できない。
──今、ケムリさんは生き方そのもののことを話してくださっているんですね。
ケムリ ちょっと関係ないですけど、中学2年生の時に僕、隣人愛みたいなものに気づいて。愛って別に異性にだけ向けるもんじゃないんだなって。なんかその辺から「人に愛をもって接することが全部だな」と思うようになったんですよ。人の名前とかも僕、愛ちゃん以外いらないと思っちゃいました、その時は。
──「善く生きる」とその隣人愛の考え方があるから、余裕に見える。
ケムリ たぶんそうじゃないですか。愛とか「善く生きる」まで掘り下げるとわかりづらいかもしれませんけど、要は自分を大きく見せないってことなんでしょうね。でも、こういう話がこれだけ口から出るってことは、本当の根っこでは自分を大きく見せたい人間なんだろうなとも思います(笑)。

「余裕」の裏にある自己肯定感と、ちょっとした打算
──「余裕がある」は「力を抜いている」というような、ネガティブな見え方をすることもありますよね?
ケムリ あると思います。僕自身、「沈黙は金」が体に染みつきすぎちゃって、前に出たくても出られないことってあるんですよね。まあ実力の問題でもあるんですけど。ただその瞬間は結果を出せなくても、絶対に最後はいいようになるんじゃないかなという気持ちがあるんですよ。「見てる人は見てくれてる」という希望的観測がある。今までの人生でも結局好かれてきたし、みんなと楽しくやれてきたし。……いや、違うか。面白くないとダメですもんね。
──(笑)。
ケムリ あ、でも、自分のことを面白いと思ってもいるんです。いつか自分の魅力は伝わると思うから、そんなに焦ってないってのはあるかもしれないです。「今日は何もできなかったな」と落ち込んだ時も、自分の気持ちに嘘をつかない、無理ない範囲でやれることを考えます。「今度はめちゃくちゃ前出なきゃ」とはなんないです。少しずつ積み上げていければ、それでいいんですよね。
──「余裕」とは少しずれるかもしれませんが、ケムリさんは芸人の先輩後輩含め、どんな方にもフレンドリーに、心地よい接し方をされる方だなと思っていて。
ケムリ ありがとうございます。嬉しい。
──それは先ほどの「隣人愛」からくるものなんでしょうか。
ケムリ 愛でもありますし、「嘘をつかない」に通ずるところですけど、人によって態度を変えることが本当によくないと思ってて。ただ、態度を変えずにいようと思いすぎて「下に優しくしたい」の逆で目上の人に失礼だったりしますけどね(笑)。よくない調整の仕方をしてしまう。
──ケムリさんは、かなり上の先輩にも臆せずガンガンツッコミを入れますよね。『(ザコシ・くっきーの)シュシュっとごくろうさん』でもすごかったです。
ケムリ ザコシさん、くっきー!さんとはずっと一緒にラジオをやっていたので。めちゃくちゃボケてくれる人はほんとありがたいですよね。若林さんも、バナナマンさんもサンドウィッチマンさんもめっちゃボケてくれる。ただちょっと感覚がバグっちゃってて、普通にめっちゃ失礼でもあるから、最近ちょっとやばいなと思ってて。
──でも、先輩は受け止めてくれるという信頼感も?
ケムリ うん。あと、「そういう後輩ってかわいいだろ」という打算的な部分もありますね。ツッコんだとき、有吉さんとか若林さんとかがちょっと嬉しそうにしてくれる顔が、嬉しいんだよな。特に有吉さんの笑顔は格別だよな、かわいいし。ツッコんで有吉さんが笑ってくれたら本当に嬉しい。
──そういう好きな先輩はいいとして、世の中には苦手な人も存在しますよね?
ケムリ いますいます。
──そういう人に対して「態度を変えないでいよう」は難しいし、自分に嘘をつくことになりませんか?
ケムリ ああ……何を嘘とするかっていう問題はありますよね。僕は、自分のための嘘が嫌いであって、人のためにつく嘘は好きだし、進んでつくタイプなんだと思います。僕、何かを知ったふりするのはすごく嫌いなんですけど、何かを知らないふりするのは好きなんですよ。
──わかる気がします。ケムリさんの知らないふりって絶品ですよね。
ケムリ それ、バレてたらよくないですけどね(笑)。たぶん僕、いちばん苦手な人とでも楽しそうにしゃべれるんですよ。そういった意味のサービス精神はあるんですね。その人を気持ちよくしゃべらせようという気持ちはある。
続きは『芸人雑誌volume15』で
8月27日発売の『芸人雑誌volume15』ではソロインタビューだけでなく、ナイチンゲールダンス・中野なかるてぃんとの対談や後輩・男気サトシの証言、さらにTVやYouTubeでのケムリの姿を徹底分析。さまざまな角度から、“松井ケムリの余裕の正体”を探る。
『芸人雑誌volume15』
2025年8月27日(水)発売
定価:1,650円(本体1,500円+税)
判型:B5版
ページ:80ページ

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