「Youは何しに日本へ?」と聞かれつづけて。ラッパー・なみちえが歌う傷と混乱
この春、東京藝術大学を主席で卒業したアーティスト/ラッパー・なみちえのアルバム『毎日来日』が大反響を呼んでいる。2019年末に自主制作盤CDRとして制作された本作は、2020年3月13日に待望の配信リリースが開始された。
なみちえの表現の基底にあるのは、自身が受けてきた差別の記憶である。同日にリリースされた「移民者ラッパー」Moment Joonのアルバム『Passport & Garcon』と共に、2020年を代表する1枚になるはずだ。
受けた傷を鏡のように提示するラッパー・なみちえの表現
2019年、「Youは何しに日本へ?」という問い――「面白外国人」(原文ママ)への取材をうたったバラエティ番組のタイトルである――を題材に曲を書いたラッパーがふたりいる。ひとりは「お前を殺しに」と回答し、ひとりは「さっさと俺の前から引っ込んで」と回答した。前者がMoment Joon、後者がなみちえである。
奇しくも3月13日、両者のアルバム――Moment Joon『Passport & Garcon』、なみちえ『毎日来日』――が同時に配信リリースされた。冗談ではなく「盆と正月が同時に来た」と思った。これら2作品は視点も表現も異なるが、排外主義という列島社会に根深く残存するクソに対峙している点で共通している。本記事ではなみちえ『毎日来日』について所感を書いておきたい。
「ステレオタイプに乗ってやろう」(「『ガイジン』と言われ、見た目で差別され続けた私の22年、忍耐の記憶」)――なみちえはラップを始めた動機について、そのように説明している。外見を理由に幼少期から「ラップできるだろ!」などと言われつづけたなみちえは、そのカウンターとしてラップするようになったのである。
そして『毎日来日』にも収録されている楽曲「おまえをにがす」のミュージックビデオがバズり、なみちえの名前はラッパーとして広く知れ渡った。
「おまえをにがす」。「お・まえ・にがす」と繰り返されるフックは、なんだか「あの言葉」に似ている。「お・まえ・にがす」「Oh・my……」最後の1ワードは絶対に私の口から出してはいけない、言いたくない。Nワードだ。これが企図された「キ・キ・チ・ガ・イ」だと、リスナーは思い当たる。しかしミュージックビデオには、なみちえがペットの亀(なみちえが湘南ひらつか七夕まつりの亀すくいで入手したミシシッピアカミミガメである)を連れて小出川(相模川水系に属する茅ヶ崎などを流れる一級河川)に佇む姿が映され、「おまえをにがす」という字幕がついている。
ものすごく「歌詞に忠実」な映像だ。リスナーの「思い当たり」に対して、なみちえは「そのとおりです」とも「違います」とも言わない。ただ問うているように感じられる……あなたは私にどのような「意図」があると思っていますか? そしてその「意図」に思い当たったのはなぜですか?
「そのような意図はなかった」が差別発言の弁解として成立してしまうこの社会で、なみちえはその身に受けた傷を鏡のように提示する。