緊急事態宣言直前、不要不急の大句会『東京マッハ』が燃えた日

2020.4.15

空き地って不意に空き地になるから

最高得点句、もうひとつは、17番。

不意の空き地の不意の広さや春日傘

特選に選んだ千野帽子が、語る。
「字余りの句。しかも字余りになっている原因が“不意の”という形容で。空き地って、ずっと空き地だと意識されないけど、前に何かあってそこが更地になるとき意識される。毎日通ってる道なのに、不意に空き地になってる。前、なんだったかわかんない。しかも、建物なくなってみると意外と広い。その広さも不意に感じる。そのふたつの不意感を分析しているところが、テクニックだけじゃない繊細な感性だな、と」

長嶋有。
「不意の繰り返しがいいのかなと思ったんだけど、不意っていうものは空き地に使っていい言葉であった。空き地って不意に空き地になるから。ここ広いんだっていうのも不意なわけでね。不意を2回繰り返す念入りさが、起こったことに見合っていると思いました」

堀本裕樹。
「破調で字余り。不意の空き地の、って上五に詰め込む感じで、そのリズムにも驚きが表されている。同時に“不意の”のリフレインを活かして、中七の“や”で引き締まる。破調なんだけど、ちゃんとここで引き締めていて、最後に定形どおりの季語が来る。句の構成としてよく考えられているなと思いました」

藤野可織の句。みんなが褒め称えるなか、呑んでいた藤野さんが言う。
「こんなにうまい酒はない」

休憩タイムにも衿沢世衣子の描き下ろしの画が映し出された

不要不急が怖い言葉になってる今

芥川賞作家ふたりが選んだ句が、20番。

外は春不要不急の水餃子

長嶋有。
「不要不急という現代のキーワードを川柳っぽく、ぶっ込んできた。不要不急と相手の言われたまんま返して、急がないんだけど水餃子を食っちゃえーっていう何か明るいテーブルの上に光が刺すような、俳句というツールで現状を明るく切り取った」

藤野可織。
「外は春という喜びのようなものと、水餃子という喜びのようなものが、不要不急という言葉を挟み込んでる。不要不急が怖い言葉になってる今、こんな楽しい句を作ることに反骨精神も見えてすごい好きな句です」
作者は、米光一成

何でもないようなことが

13番も2人が選んだ。

夕雲や四月の窓に風あたる

堀本裕樹「景色としては何でもない一句に見えるんですけど、風あたるという表現、ここがおもしろいなーと思ったんです。見えないことを見ている感じがするんですよね。四月の窓の向こうには夕雲が広がっている。何でもない景色が「風あたる」で、見せてくれたなと思いました」
米光一成「句の何でもなさ。夕雲だし風だし窓だし、言葉のイメージがつきすぎなのに不思議な印象を与える。堀本さんの『大いなる嵌め殺し窓鳥雲に』の句とシンクロする情景を描いているんだけど、嵌め殺しの句はバロック的で技巧的で仰々しいんだけど、こちらはすっと抜けた感じで、とてもさりげない。似た情景なんだけど、表現の仕方が全然違うのが面白い。中学生だったら、7番と13番の人は結婚しろよーってはやし立てるよ、絶対相性いいもん」
千野帽子が「“や”で切ってる。なになに“や”のほうに季語が入ってるほうがバランスの取り方としていいから、そこが弱点になってるんじゃないかな」と言うが、米光一成が「季語を強調しない何気なさが奇妙な味になってる」と擁護し、長嶋有が「何でもないようなことが幸せだったと思う的な?」と混ぜ返す。
作者は、千野帽子
作った人がしれっと句の批判をしてみせて話題を盛り上げるのも、句会の醍醐味だ。

穴人間っているんですよ

長嶋有と藤野可織が逆選にし、堀本裕樹が並選に取ったのが10番。ケンカである。

こうもんは穴人間も穴だ春

堀本裕樹「人間が穴というのは、ただの穴じゃなくて、欠落したところとか欠点みたいな意味、たとえば『帳簿の穴』みたいな使い方だと捉えた。肛門という穴を持っている人間が欠点という穴を持っているという。穴のリフレインで、そこを言ったのが、おもしろいなと思ったんですね」
長嶋有「人間は穴だと断定するような詩や俳句はありがちなんじゃないかと思った。穴をリフレインする技を使ってるんだけど、よくないおもしろがり方になってる気がする。人間っていう大きい定義、それもしょせん穴なんだっていうメッセージ性が安く見えるんだよ。連れてこられた肛門が不憫でならない」
藤野可織「なんで、こうもんがひらがななのかわからない。人間を穴たらしめているものは、肛門なので、筋が通らない」
千野帽子「取らなかった理由は“も”ですね。共通点を持っているものに意外感があってほしい。“も”って理屈の言葉だから」
米光一成「俳句というのは五七五ですよ。だから、この句は、“こうもんは/穴人間も/穴だ春”なんじゃないか。人間も、穴人間も、肛門は穴なんだ春、っていう句」
堀本裕樹「穴人間?」
米光一成「穴人間っているんですよ、そういうのが」
作者は、米光一成。バッサリ切られている最中に、少しでも自分で擁護しようと考えて、穴人間とか言い始めてしまった。

ウイルスが阻む状況のなかで言葉は

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