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ユースカルチャーの視点から見る『日本沈没2020』
永井豪原作のマンガをアニメ化した『DEVILMAN crybaby』(2018年)において、湯浅監督は不良をラッパーに置き換え、現代日本の物語であることを明確に表現していた。
本作もそれを踏襲しており、エストニアを拠点に活動している人気YouTuberのカイト、ユーゴ内戦を生き延びたイギリス人ヒッチハイカーなど、武藤家一行に合流するキャラクターたちは職業も出自もバラエティ豊かであり、オリジナル要素として確かな魅力にもなっている。
一時、歩たちが保護されたカルト・コミュニティ「シャンシティ」(まるで『ミッドサマー』に登場するコミューン「ホルガ」のよう!)や彼らが栽培する一面の大麻畑には、短絡的な「救済」の恐ろしさやきな臭さだけでなく、彼が運営するクラブ・シーンのサイケデリック~アシッド感も含め、その快楽性・依存性も巧みに演出されている。
さらに今回も、キャラクターたちの心情が明かされる重要な場面でラップが登場する。ひとつ間違えると物語から浮いてしまいそうなシーンであるが、ラッパー・KEN THE 390が監修したそのパートのクオリティは、キャストの演技も合わせて高いものとなっており、見どころだ。
また、過去に山本精一(『マインド・ゲーム』)やオオルタイチ(『映像研には手を出すな!』)を劇伴作家に起用したことからもわかるように、湯浅監督は音楽に対するこだわりの深さを感じさせる映像作家だ。その手腕は、本作で3度目のタッグとなる牛尾憲輔(agraph)との共同作業でも見事に発揮されている。
都市崩壊というディザスター描写に向き合わなければならない本作において、その状況を過度に煽ることなく、淡々と抑制的にメモライズするような彼のテクノ~エレクトロビートは、物語の推進力となっている。本作でも印象的に鳴らされる歌モノや、大貫妙子×坂本龍一の主題歌なども、穏やかではあるが少し浮世離れしており、日常の儚さ、移ろいを匂わせるものだ。
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