――当時、ココナッツ・ディスク吉祥寺店のブログでMV「ハル」が紹介されてたのを見たのがきかっけでしたね。
澤部 しかも『エス・オー・エス』は、最初に作った500枚が1年経たないうちに売り切れたんですよ。
牧村 どのあたりから自信が持てるようになっていったの?
澤部 やっぱり、次に作ったミニ・アルバムの『ストーリー』(2011年)からですかね。でも、あれはすごく売れたんですけど、その後、ライヴに全然人が来ない時期があって、ちょっと心が折れかけた時期もありました。
牧村 そのときそばにいたらアドバイスをできたけど、「困ったな。どうしてなんだ?」って自分で悩むことが結果的に必要だった。サード・アルバム『CALL』を聴かせてもらって思ったのは、澤部くんがそうやって試行錯誤しながら作り続けてきた音楽が、ここでほぼひとめぐりしたんだろうなってことだった。
澤部 本当にそうなんです。変な言い方はなんですけど、アルバムを作ってるときにメンバーとか親しいスタッフにも「これは遺作だな」って話してたんです。
――僕も「ハル」という曲でスカートを知ったこともあって、今回は「長い春の終わり」みたいな印象を受けてました。
澤部 そうですね。これを作ったことで、本当に憑き物が落ちたような感じになったんです。気持ちはなんかもう次に変わっちゃってて、今けっこう良いモードなんです。
牧村 次は再構築。自分が作りあげたものを次は壊していく番。今までのスカートは、ストレートで生っぽいサウンドに、抽象的な歌詞が合わさっている。で、音はあくまでも清らかなんだよね。だからこそ、音が汚れることを期待する。音だけじゃなく歌詞にも及んでいくと思うんだ。この次が大変だろうな。澤部くんは今現在どんな音楽に興味を持っているの?
澤部 最近はトッド・ラングレンの初期の作品に興味があります。
牧村 カクバリズムから出すことでレコード・ビジネス的な部分で人に任せられる気持ちになったのなら、高野寛さんがトッドにプロデュースしてもらったように、澤部くんも自分で納得できる人に一度プロデュースしてもらうのもいいかもしれない。これまでにはない、おもしろいことが起こると思う。
――確かにそれはスカートが今までやってきてないことですね。
牧村 澤部くんは、このごろ話題にのぼることの多い、シティ・ポップというカテゴリーを掲げているバンドのことはどう見てるの?
澤部 本人たちがどう思っているかというよりも、まわりの受け取り方が軽薄だなという意識があります。
牧村 もし誰かが『CALL』をシティ・ポップだって言ったらどうする?
澤部 いやー、そうなんですよね(笑)。でも、スカートを自分でなんて表現したら伝わるのか、自分が納得できるのかがまだ見つからないんですよ。
――2014年のミニ・アルバム『サイダーの庭』にも「都市の呪文」っていうシティ・ポップへの距離感を示した曲が入っていたけど、そろそろ澤部くんの口から「スカートはシティ・ポップじゃない」という否定を言うのではなく、「これなんだ」というある種の声明を言うべきときが来ているってことですよね。インディー・ポップとJ-POPの間にあるべきものがなんなのかを言い当てるというか。
牧村 今、「シティ・ポップ」っていうのは、かつての「渋谷系」とおなじような、ある種の危険なキーワードになりつつありますね。僕は『CALL』に関しては、澤部くんは先回りして「じゃない」ではない「である」を作るべきだと思う。それが何なのか自分の言葉で意思表示できたら、次にスカートがやらなきゃいけないことが見えてくるんじゃないかな。
澤部 うわー!なんだろう? これ、宿題にさせてください!
牧村憲一(まきむら・けんいち)
1946年東京都渋谷生まれ。音楽プロデューサー。ユイ音楽出版の設立に参加。独立後はシュガー・ベイブ、山下達郎、大貫妙子、竹内まりや、加藤和彦らの宣伝・制作を手がける。80年代は忌野清志郎+坂本龍一「い・け・な・いルージュマジック」をヒットさせ、その後細野晴臣主宰の「ノン・スタンダード」レーベルに参加。90年代にはフリッパーズ・ギターのプロデュース、同バンド解散後は渋谷系の総本山と呼ばれた「TORATTORIA」レーベルを興す。つまり、一言で言うと、音楽業界の「生きる伝説」。現在は「音学校」校長を務める。
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スカート RELEASE&LIVE INFORMATION
<RELEASE INFO>
Double A Side Single
『駆ける/標識の影・鉄塔の影』
発売日:3月18日
価格:1,200円+税<LIVE INFO>
『スカート10周年記念公演 “真説・月光密造の夜”』
日時:2020年4月11日(土)
会場:東京・日本橋三井ホール
時間:17時開場 18時開演関連リンク