アニメの近未来設定と国立競技場
ところで興味深いことに、国立競技場(か、それに類するスタジアム)がアニメでよく描かれた“旬”は、昨年・今年というより、4年前の2017年なのである。
どうしてそんなことが起きたのか。それはアニメがしばしば「近未来」を舞台にするからだ。数年から10年ほど先の「近未来」を舞台にすると、日常描写のリアリティを担保しつつも、アニメ的なガジェットを投入する余地も生まれる。当然、アニメならではのエンタテインメント性も増す。近未来を舞台にする場合、現実に建設中の建築物や、これから建設される建築物を登場させると、それが「近未来」という舞台設定を示すランドマークになる。2017年時点での国立競技場というはのまさにそのような立ち位置にあったのだ。そのあたりは実物を撮影しなくてはならない実写よりも、描けばいいアニメのほうが柔軟に対応できるというわけだ。
『劇場版 ソードアート・オンライン』『ひるね姫』
まず2017年2月公開の『劇場版 ソードアート・オンライン-オーディナル・スケール-』は、クライマックスの舞台が国立競技場になっている。ただしデザインはオリジナル。隈案のように屋根が楕円形に開いているが、全体的にもっとSF的な雰囲気で、作品世界に寄り添ったデザインになっている。また本作は2026年4月の事件を描いたという設定なので、本作は「東京オリンピック後の世界」ということになる。
本作のカギになるのはARデバイス「オーグマー」。これを使ったゲーム「オーディナル・スケール」は、ARにより、東京の現実の風景をゲームのためのファンタジー世界の舞台装置に変えて見せてくれるのである。こうして東京の各所——秋葉原UDX、代々木公園、恵比寿ガーデンプレイス、東京ドームシティ、竹芝埠頭——がファンタジー世界に上書きされる、言ってしまえば、主人公・キリトとヒロイン・アスナというカップルのために東京のランドマークがアトラクションに変化した——というのが本作の楽しさなのだ。その中でオリジナルデザインの国立競技場は最終決戦の場らしい押し出しの強いデザインでその存在感を主張をしていた。
翌3月公開の『ひるね姫〜知らないワタシの物語〜』の舞台はずばり2020年。物語はオリンピック開幕の3日前から始まり、朝のニュース画面にしっかり隈案の国立競技場が映し出されている。今見るとあまりに普通の光景なので、後年本作を見た人は、2020年に作られた映画と勘違いする人もいるかもしれない。このあたりの繊細な「未来感」というのは劇場で本作を見た人しか味わえなかったポイントだ。
本作で国立競技場が映るのは序盤のそのテレビの中だけだが、物語の中ではオリンピック開会式が物語の重要な要素として盛り込まれている。岡山県倉敷市に住む森川ココネが持っているタブレットにあるプログラムが、実はこのオリンピック開会式に関連していることが中盤明らかになるのだ。テレビの中の国立競技場は、「近未来」のアイコンであると同時に、後の展開の予兆を示してもいるのである。
なおザハ案(※)が撤回されたのは2015年7月。コンペを経て隈案に決まったのが同年12月。これは美術設定を変更するにはけっして余裕のあるタイミングではないと思われる。想像だが『劇場版 ソードアート・オンライン』『名探偵コナン 緋色の弾丸』『ひるね姫』共に、最初はザハ案かそれに類するデザインを想定していたのではないだろうか。ザハ案は「近未来」を打ち出すのに絶好のデザインで、いかにもアニメ映えしそうだ。しかしデザインが変更になってしまったなら、そのままというわけにはいかない。そのままだと現実との延長線上というより、「現実と少しズレた世界」という意味も生まれてしまう。おそらくどちらの制作現場もザハ案撤回から隈案決定までの数カ月は、どのように対応するかドタバタしたのではないだろうか。
(※)ザハ案
2012年、コンペティションで採用されたザハ・ハディド・アーキテクツの国立競技場案。2015年7月、安倍晋三首相(当時)の声明により白紙に。
『名探偵コナン 緋色の弾丸』『KING OF PRISM -PRIDE the HERO-』
ちなみに2020年公開のはずが2021年公開になった『名探偵コナン 緋色の弾丸』は、“4年に1度”のワールドスポーツゲーム(WSG)という総合スポーツ大会を題材としており、クライマックスでザハ案に近い競技場が登場する。劇場版『コナン』の制作スケジュールを考えれば、隈案に寄せることもできただろうが、ここはあえて「オリンピックではなくWSGですよ」というサインとして、現実とは異なるデザインの競技場を描くことを選んだのだろう。
さらに2017年6月公開の『KING OF PRISM-PRIDE the HERO-』にも国立競技場は描かれている。ただし、こちらは国立競技場そのものではなく「国立競技場をヒントにしたであろうそれらしい競技場」が出てくるパターン。はっきり国立競技場として描いている前2作とは異なるから、後年本作を見た人の中には、なぜ競技場がこういうデザインになっているのかわからない人も出てくるかもしれない。わからなくても作品に影響ないとはいえ、これは“ネタの風化”の一種なわけで、それにもかかわらず話題の建築物(っぽいもの)を画面に登場させる本作のサービス精神に敬服する。
本作はプリズムショーというフィギュアスケートとダンスを組み合わせたようなパフォーマンスを競い合う男性プリズムスタァの群像劇。そしてその競技会場はまず、大きなキールアーチをふたつ持つザハ案と似ているような形状として描かれる。。
ところがこの会場、あるプリズムスタァのプリズムジャンプ(プリズムショーにおける決め技)で爆撃が起こり、ボロボロに壊されてしまうのである。あわや競技会が中止かと思われたが、つづく別のプリズムスタァのプリズムジャンプによって会場は見事に再建される(未見の方にはわかりづらいかもしれませんが、見たとおりにあらすじを書いています)。この再建された会場は、樹木があしらわれていて、客席の上の天井には円形の空間が開いている。ロングショットが少なく、あまり明確には描かれていないが、今度は隈案風といえなくもないような風を醸し出している、この一連の展開は国立競技場のデザインをめぐるアレコレを下敷きにしたんじゃないかな、という印象を受ける。
『KING OF PRISM』におけるプリズムジャンプの演出は「足し算」の連続で、どんなアイデアでジャンプを印象づけるか毎回趣向が凝らされている。国立競技場風の建築物が登場するのもまたこの「足し算」演出のひとつなのである。
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