芥川賞への苦言も飛び出す「小隊」
杉江 砂川文次さんは2度目の芥川賞候補です。この人の処遇についてはいろいろ芥川賞に言いたいことがある。
マライ なんだなんだ(笑)。対ロシア軍の地上戦を、最前線に配置された陸上自衛官の視点から硬派な考証を踏まえて生々しく描写した作品ですね。「なぜロシア軍が攻めてきたのか」については明かされず、ひたすら現場の混乱と苦悩と惨状が描かれる。「軍人は、いざ実戦の場に放り込まれたとき、どのくらいそれまでの日常にしがみつくのか。また、どのように死と殺しを直視するようになるのか」という、戦後日本社会があまり思考のスコープに入れたがらなかったテーマを扱っているのが大きなポイント。国際情勢が流動化しつつある現在、これを「日本にはそぐわない題材」として退けることはできないでしょう。
杉江 いくら戦争文学の後進国の日本とはいえ。
「小隊」あらすじ
突如ロシアの侵攻が始まり、北海道が交戦可能性のある地帯になる。第27戦闘団第1中隊に属する安達は幹部自衛官として小隊を率いる立場だ。連絡が取れない恋人のことをくよくよ考える安達だが、そんな彼の思いとは無関係にロシアとの戦闘は始まってしまう。
マライ はい。ただミリタリー・オタクを含むサブカル業界では、「日本人って、戦争慣れしていないから戦場に放り込まれるとヤバいんじゃね?」というテーマはかなり以前からポピュラーで、戦争劇画の大家である小林源文先生にもそういう作例があります。ロシア軍が侵攻してきて、むしろロシア人より日本人のほうがブチキレて国際法無視でいろいろやっちゃうとか、最前線以外の日本社会は通常の日常に浸かったままで、兵士たちがムカツクとか。そういう展開はわりに書かれてきたもので、「小隊」が「今」芥川賞の候補になるというのは、文芸や趣味のジャンルが細分化されていて、相互交流や刺激がないことの表れという気もするのです。
杉江 ああ、なるほど。純文学以外の視点が必要ということなんですね。
マライ はい、ですので私、スペシャル有識者として軍事・戦略方面の専門家である教養人で、ロシア方面には特にお詳しい小泉悠(ユーリィ・イズムィコ 軍事評論家、東京大学先端科学技術研究センター特任助教授)さんにあらかじめ所見を伺ってきました!
以下、小泉先生取材結果。
これ、なぜこんなディープ過ぎるミリタリー業界語群がノーヒントで押し寄せてくる、(一般読者にとっておそらく)読みづらい小説が文芸賞の候補になったのか、という点をそもそも考えさせられますね。
たとえば本作の戦場描写は、一種の地獄描写です。そして戦争に限らず、地獄というのは意外と皆に気づかれないままどこかで発生して気づかれないまま終わるんです。それはブラック企業とかコロナ渦中の病院とか、セクションやフロアがひとつ違うだけで日常と隔絶した地獄があって、ほとんどの人がそれに気づかないまま過ごしている。なぜ気づいてもらえないかといえば、地獄というのは価値観的にも言語的にも閉鎖された内輪世界として成立することが多いゆえ、そこでいくら声を上げても地獄の半径内で吸収されちゃいがちだからですね。この小説の難解な業界用語的描写は「難解である」がゆえに、その見事な例示になっている気がします。
そして、最前線と無関係であるかのごとき、ラジオやテレビやネットの「通常進行」ぶりが地獄の孤独感を加速させるんですよ。これは実際リアルな話で、私もウクライナに調査に行った際、ほんの数百キロ離れたところで激戦が展開しているのにキエフの雰囲気があまりに日常っぽ過ぎるので「こういうものか……」と唖然とした経験がありますし。
でもそれでいいのか? 気づかないことはどこまで「アリ」なのか?
なので、本作の大きな主張のひとつは「地獄はいろんなところに存在し得る。そして宿命的に目立たない。だからこそ、そのような存在に対する想像力と感性を鈍らせてはいけない」という問題提起で、これは確かに文学賞の対象作としての意義をじゅうぶんに有すると思います。
時に、得体の知れない専門用語の連打というのは、確かに一定の読者層にそっぽを向かれる弱点要素になりがちですけど、逆に「よく解らないながら、ここには何やら【世界】がある!」と読者を感覚的に引き込むマジカル作用もあったりします。小林多喜二の『蟹工船』なんかがその好例ですね。本作の場合、作文能力の高さなどから見てそのへんあえて意図的にやっているように感じられます。文芸的には一種の賭けですけど……。
あと気になったというか印象的なのは、ラストの突き放し感というかヒネリのなさというか。率直にいって「え? それでいいの?」と直観的に思ってしまったんですが、じゃあ逆に見事なオチをつけたらどうなるか? 実はその場合「文芸」になり過ぎて、本作のコンセプトで不可欠ともいえる泥臭いリアリティをむしろ削ぐ結果になってしまうかもしれない。だからこれも意図的という可能性がありますね。文芸的な強みを捨てて大局を優先させたみたいな。とにかく、いろいろとすごく高次に練り込まれた形跡があるので、一見アラに思える部分にも狙いがあるように感じられます。本来的には外界に通じるコトバを業界内から放てるタイプの作家さんであるように思えるので、後続作にも期待したいです。
最後にちょっとミリオタ的な観点から申し上げると、たとえば本作に登場する東部軍管区のロシア軍部隊、ほとんど全部が実在のもので、規模・配置・展開・戦術の描写も異様なほど緻密でハイクオリティなのですが、ただひとつ、主人公たちと直接銃火を交える「第59独立自動車化狙撃旅団」という部隊だけ架空なんですよ。なぜわざわざ……?と思います。現実のロシア軍への配慮だったりするのかもしれないけど、そういえばこの架空部隊、作中でT-90戦車を装備して進撃してくるんです。この方面に配備されている現実のロシア軍はT-90を持ってません。でも著者は、戦闘場面の絶対的な演出要素に(セカンドベスト的ロシア戦車の象徴として)アレを是が非でも登場させたかったのかもしれない。だからあえて架空部隊を……とかつい考えてしまったり。まあこれは文芸的には余談ですが(笑)。
杉江 おお、これは全部引用したいなあ(笑)。(編集部注*しました。)
マライ 小泉さんどうもありがとうございました! さすがというか諸事納得です。
杉江 砂川さんは以前「戦場のレビヤタン」という海外を舞台にした作品が候補になったんです(第160回)。そのときは実に反応が薄くて、「なぜ外国?」みたいなキョトンとした反応だったんですよね。今回北海道を戦場にしたのはそのへんに対する反撃なのかもしれません。石原慎太郎が短篇「待伏せ」(1967年。『石原慎太郎・自選小説集』第十巻所収)でベトナムの戦場を描いたように、小説によって戦争を可視領域に引き出す試みは常に必要ですよね。だから「小隊」が書かれたことには意味があると思います。
マライ 同感です。そしてそのへんは直木賞篇で『インビジブル』について語りたい。
杉江 ちなみに砂川さんは、コロナ流行の前に「謎の鳥インフルエンザみたいな病気が蔓延して、都庁が隠蔽と忖度の結果、都民に対する思想統制を始める」という、現実を予言したような作品『臆病な都市』を去年の初めに発表しています。なぜあれを芥川賞の予選をやっている人たちは候補にしなかったのか。挙げていればかなりいい線いっていたと思うのですが。今さらどうしようもないことですが、でも言っておきたい。
マライ 以上、杉江さんからの芥川賞の中の人への苦言でした(笑)。
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