TOKYO世界“嫌いな人にも好かれたい”厭世観だけではない、心の柔らかいところに触れる優しさ【イン・ザ・ライトブルー#3】

TOKYO世界“嫌いな人にも好かれたい”厭世観だけではない、心の柔らかいところに触れる優しさ【イン・ザ・ライトブルー#3】

文=日比楽那 撮影=井崎竜太朗 編集=藤井里音


底が抜けてしまった社会で感受性を失わないために、2000年代生まれの編集者とライターが同世代の感性に迫るルポルタージュ連載「イン・ザ・ライトブルー」

第3回はTOKYO世界が登場。自分を治癒するために始めたラップは、今や多くのリスナーの心を治癒している。ラッパーとして最後のつもりで応募した『ラップスタア2024』(ABEMA)では経歴の終点を飛躍の始発に変え、次なる場所へ着実に歩んでいるTOKYO世界。

悲痛な叫びだったラップが少しずつ変容し、世界への希望が感じられようになった「今」、彼が何を感じているのか、そしてその魅力に隠された感性に迫った。

TOKYO世界
(とーきょーせかい)2001年生まれ、栃木県出身。『ラップスタア2024』に出場したことにより注目を集める。2025年5月には渋谷WWW Xにて自身初となるワンマンライブ『Welcome to TOKYO世界』を開催。「昭和歌謡VIBES」を掲げ、“TOKYO世界”観という独自のスタイルを築く

憤りのはけ口として始めた音楽

2024年、私はオーディション番組『ラップスタア』(ABEMA)でTOKYO世界を知った。自室で撮られた応募動画の「昭和歌謡がBro/千恵子倍賞でシコる」という歌い出し、ザ・フォーク・クルセダーズ「悲しくてやりきれない」のサンプリング、「同じ人間なのに」と繰り返されるパンチラインに、衝撃を受けた。同い年で、同じ関東の内陸県出身、「HOOD STAGE」の地元でのインタビュー映像でこれまでを振り返る暗い表情にも共感するところがあった。

彼が音楽を始めたのは、自分を慰め、まわりを見返したいという気持ちからだったという。「とにかく否定される家庭・環境で育ったんですよ。学校ではいじめられっ子で。勉強も運動もめちゃくちゃがんばっても普通より上には行けない。普通の人が普通にやっていることが自分はがんばってもできない。努力はしてるんです。それでも結果が振るわなかったり人に迷惑をかけたりするから、俺が悪いんじゃなくて不平等なこの世の中が悪いんだと思うようになりました」。実力主義やルッキズムの生きづらさ、不条理に対する疑問、思いが通わない悲しさ。TOKYO世界は、それらのはけ口として「狭くて暗い部屋」でひとり、音楽を作り始めた。

お前はもう幸せになっていいんだよ

彼は、当時の彼にとっての音楽を生牡蠣にたとえる。「お腹壊しても食べたくなるじゃないですか」。サークルに行かなくなり、友達が減り、当時付き合っていた彼女と別れても音楽をやめなかった。やめられなかった、というほうが近いのかもしれない。

その後『ラップスタア』(ABEMA)で脚光を浴びたが、もう一歩踏ん切りがつかなかった。そうして閉ざされたままだった重い扉が開いたきっかけは、見知らぬ人からネットで書き込まれた「お前はもう幸せになっていいんだよ」というコメントだった。「それまで、自分はダメ人間で幸せになることなんて許されてないと思っていました。でも、その言葉で考え方が変わったんですよね」。誰もが皆、幸せになる権利があるはずだ。それでも自分にだけはその権利がないと感じる孤独から引き上げてくれたのが見知らぬ人というのは、この世界も捨てたものではないのかもしれない。

この環境を守るためにがんばって、みんなに還元したい

ネットの書き込みといえば、TOKYO世界が出身大学や恋人について言及した際「フェイクじゃん」というコメントもあった。けれど、何かにおいてはマイノリティ/弱者で、別の何かにおいてはマジョリティ/強者であるのはリアルだ。それに、属性だけでは測りきれない。その人にはその人の苦しみがあり、呪いを解くには時間がかかる。

作り続けることで苦しみや呪いと向き合ってきたTOKYO世界に「今、幸せだと感じますか?」と問うた。「めっちゃ幸せだと思います。自分を覚えててくれる人、応援してくれる人がいて、プロデュースとバックDJをしてくれているHUGH THE KIDや、Legal nerd boyzというクルーを一緒にやってるシラフとSKINNY YMTがいて、遊んでくれる人がいて、親も少しは認めてくれて」。SNSに「復讐心が消えて、音楽をやる意味、人生の意味を見失いかけた時がありました」と綴ったこともあった。「自分はもう全部叶って満ち足りてると思ったんですよね。でも今はこの環境をどう守っていけるか考えてます。自分ががんばって、まわりのみんなに還元したいですね」。かねてより、目指すアーティスト像として「観光地やテーマパークのような」と話すTOKYO世界らしい言葉だ。

いつだって実家に帰れば初心を思い出せる

仕事を続けることや評価されることによって満足できる一方で、期待に応え続けなくてはいけないプレッシャーもあるのではないか。ステージの上からはきっと、奈落の暗さもよく見えるだろう。いわゆるクォーターライフ・クライシスなどと説明のつく20代半ばから30代にかけての普遍的な悩みかもしれないが、この連載では、毎回迎える一人ひとりの思いをつぶさに見つめたい。

TOKYO世界はこう話す。「いつだって実家に帰れば初心を思い出せます。あとはTikTokを見たり街を歩いたりすると自分と違って見える人間に腹が立ってきます。まだ全然幸せじゃねえやと思う。まだまだ倒し足りないですね」。ニューEP『Future Museum』の1曲目「New One」では、「グラミー獲るまで/ママ俺を褒めないから」と歌う。幸せを感じられるようになってもなお、反骨精神やマイナスな感情を燃料にする彼のスタイルは変わっていないのだ。その上で、夢の見方はアップデートされているのかもしれない。

「嫌いな人にも好かれたい」アンビバレンスな人間味

「すっげえプライドが高いけど実力が足りてない」と自分を卑下する一方で、「嫌いな人にも好かれたい」と無茶な欲を言う。自分の音楽のよさがまだ届いていないリスナーに対して、「むかつきながらも冷静に見てます」と話す。そのアンビバレンスにあふれる人間味もむしろ好感だ。

昨年リリースされたファーストアルバム『エントランス』の最後に収録されている「ずっと」では、「生まれた世界が狭くてずっと」と歌い始め、「いつかは私が由来の名前の/子供や浜辺を見てみたい」と結ぶ。海のない栃木で、親や周囲から否定されながら生きてきた彼が今、「嫌いな人にも好かれたい」と言って、あの国民的バンドのような未来を夢見る。

無力だと思ってた自分の苦しみが誰かの救いになっているのかもしれない

彼の「世界」は変わったのだろうか。「意外と変わらないですね。自分でわかってた自分のよさがずっと評価されなかったのが、やっと評価され始めただけというか。ただ予想外だったのは、無力だと思ってた自分の苦しみから生まれた歌詞が誰かの救いになっているのかもしれないということ。そう考えると自分も楽になります」。「共感してくれる人たちは疲れてるな、とも思いますけどね」と続けるTOKYO世界。その瞳に映るもの、音楽で体現することは、厭世観だけではない。心の柔らかいところにそっと触れるような優しさがあると感じる。  

たしかに私たちは、この世界は、疲弊している。それでもあの日、私がTOKYO世界に出会ったときのように、TOKYO世界が昭和歌謡やHIP-HOPに魅了されたように、あるいはネットのコメントに救われたように、私たちがTOKYO世界の音楽に力をもらうように、同じで違う人間同士の、人生における痛みや輝きが一瞬でも共鳴する限り、この世界には、まだ希望がある。

EP『Future Museum』

TOKYO世界 New EP『Future Museum』配信中

好奇心が生む希望を込めた新作EP『Future Museum』

  1. New One [Prod. HUGH THE KID]
  2. Hate Christmas [Prod. HUGH THE KID]
  3. 口撃 [Prod. HUGH THE KID]
  4. Minaiyoni [Prod. NOAH]
  5. シャドウビート [Prod. NOAH]
  6. Leave Me Alone [Prod. HUGH THE KID]

Lyrics by TOKYO世界 @tokyo_sekai
Recorded & Mixed by Kakeru Kanie @eufcren
Mastered by Sota Furugen
A&R, Director by Naoya “IKD” Ikeda @ultravybe_hiphop

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日比楽那

(ひび・らな)2000年生まれ。ライター、編集者。映画や音楽などアート・エンタテインメント、ユースカルチャー、ジェンダー、ウェルビーイングなどを中心に、広く企画、インタビュー、ライティング等に携わる。