『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』(秋田書店):PR

豊臣秀吉は“ダークヒーロー”だった?『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』から見る戦国武将の多面性

『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』

文=安里和哲 編集=高橋千里


『別冊ヤングチャンピオン』で連載中の『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』(秋田書店)2巻が5月19日に発売。今回は、気になる2巻の内容をレビュー。下の「このマンガを読む」から、1巻の1話を無料で試し読みもできる。

温和なイメージを覆す“ダークヒーロー秀吉”

日本史に疎い私が豊臣秀吉(羽柴秀吉)に抱いていたイメージは、温和なものだった。

織田信長の草履を懐で温めたという逸話にかわいらしさを感じ、「刀狩り」や「太閤検地」といった政策からは平和的な政治家像を抱いていた。

しかし、藤堂裕のマンガ『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』によって、この温和でかわいらしく平和的なイメージはことごとく覆された。本作で描かれる羽柴秀吉こと豊臣秀吉は、狡猾で、残虐で、強欲だ。

『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』1巻
『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』1巻/藤堂裕、明智憲三郎/秋田書店

稀代のダークヒーローとしての秀吉の姿に、眉をひそめながらも魅入られていく。かつてこの国を統一した男が、こんなにも妖しげな魅力をたたえていたのかと驚くばかりだ。

庶民のジェノサイドも厭わない、残虐な秀吉の戦い方

作者の藤堂は、1巻で秀吉の背後にヒトラーやスターリン、毛沢東を描いてみせた。それは秀吉の戦い方が、残虐極まりなかったからだ。

目的のためならば民衆の犠牲を少しも厭わない。秀吉の過酷な兵糧攻めは深刻な飢餓をもたらし、極限状態に至った村人たちは同胞の死肉を食らうほどに追い詰められた。

『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』1巻
『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』1巻より

2巻では「小牧・長久手の戦い」で行われたある作戦が描かれるが、これもまたすごい。木曽川を決壊させ、尾張国一帯を水攻めさせたというのだ。

この作戦、秀吉自身には「人智を超えた“奇策”」と言わせる一方で、相対した織田信雄には「悪逆の策」と言わしめた。通常の水攻めがひとつの城に対するものであったことを踏まえると、秀吉の振るう暴力のスケールの大きさがよくわかる。

なぜ秀吉はそこまで残忍になれたのか。その理由のようなものが、最新刊の2巻で描かれていくことになる。

『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』はDC映画だ

貧しい家に生まれ、いじめ抜かれた秀吉は、家を飛び出し“ストリートチルドレン”として生きながら、成り上がっていった。

彼にとって、武士たちの戦いの煽りを受けて苦しむ庶民の姿は当たり前の光景であり、だからこそ庶民と犠牲をつゆほどにも思わなかったのかもしれない。

とはいえ、織田信長のもとで出世を果たした秀吉は、兄弟や母親を引き取り、彼らに報いた。目的のためなら残忍にもなれる男だが、家族思いな一面もあったのだ。

『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』1巻
『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』1巻より

このように『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』は、秀吉をけっして一面的な“悪”としては描かず、多面性・複雑性を描写していく。いってみれば、『バットマン』シリーズや『ジョーカー』で知られるDC映画のように、シリアスに人間を捉えていく。

歴史漫画であるにもかかわらず、グイグイと読まされるのは、そういった現代的な人間描写に理由があるのだ。

東映ヤクザ映画に匹敵する“顔面力”

この『信長を殺した男』シリーズ、「日輪のデマルカシオン」の前には「本能寺の変 431年目の真実」があるのだが、その主人公は「本能寺の変」で信長を討った男・明智光秀だった。

この明智の面構えが見事だった。ほかの戦国武将より比較的年配だった明智のイケてるオヤジぶりには惚れ惚れした。その皮膚には深い皺(しわ)が刻まれながらも、瞳には並々ならぬ生命力がたぎる。このギャップに色気がほとばしっていた。

また、カリスマ信長の涼やかな中にみなぎる闘志も色っぽかった。個人的には、野生味あふれ、硬そうな髪や髭が茂りまくった柴田勝家も好きだった。キャラクターを巧みに描き分けているために、歴史ものならではの、登場人物の多さも気にならない。

男たちの顔面見本市ともいえる『信長を殺した男』シリーズなのだが、「日輪のデマルカシオン」の主人公である秀吉の顔は、お世辞にも魅力的とは言い難い。

『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』1巻
『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』1巻より

猿と呼ばれ、情報戦に長けた狡猾な秀吉は、そのイメージどおりずる賢い表情で描かれている。主人公としては見栄えしにくい小物顔だ。

いかにも脇役顔な秀吉が、どのように成り上がっていくのか。そしてその顔つきがどんな変化を遂げるのか、あるいはより醜悪になっていくのかも、このマンガの見どころだろう。

『信長を殺した男』の男共の顔面の迫力は、『仁義なき戦い』シリーズなど数々の東映ヤクザ映画を彷彿とさせる。あの男臭さが好きなら、このマンガに引き込まれることは間違いないだろう。

戦争への危機感が高まる今こそ読みたい作品

秀吉が“天下統一”を目指すそのころ、世界史に目を移すと、大航海時代だった。

2巻のエンディングでは、スペイン国王・フェリペ2世が登場する。世界の植民地を維持する膨大な戦費によって借金がふくらみ、首が回らなくなりつつあったスペインが、黄金の国・ジパングの征服を企むのだ。

『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』1巻
『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』1巻より

秀吉も天下統一後に、朝鮮出兵を行うことになるが、そのように世界史の荒波に突入していくダイナミズムによって、ストーリーはさらに加速していくだろう。

『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』は、日本が敗戦した第二次世界大戦ともつながっていることが、1巻で示唆されている。

ウクライナの戦乱によって戦争への危機感が高まっている今、本作で描かれる戦いは、奇妙なリアリティを持って迫ってくるはずだ。

『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』(秋田書店)2巻
著者:藤堂裕/明智憲三郎
レーベル:ヤングチャンピオン・コミックス
定価:693円(税込)
発売日:2022年5月19日

痩せこけた異形の体躯。漆黒の中で爛爛と光る眼。日ノ本の皇帝にまで昇り詰めた豊臣秀吉が自らの生い立ちを独白! そして、天下分け目の決戦でありながら不明瞭な、豊臣秀吉vs徳川家康「小牧・長久手の戦い」。その驚くべき内実が……!!

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