お笑い芸人として活動しながら、キャバクラで働いていた経験のある、ピン芸人・本日は晴天なり。
キャバクラには数多くの“拗(こじ)らせおじさん”たちが来店するが、その中には群を抜いたクセを持つおじさんが存在するという。そんな“拗らせおじさん”の中から、下心を持って「飲み友になろうよ」と誘ってくる「飲み友になりたいおじさん」を紹介する。
おじさんには“本当のことを言うだけムダ”
数少ない私の指名客だった飲み友になりたいおじさんはすらっとしていて、身長もわりと高めな関西人。特にルックスは悪くなかったが、昔、私のストーカーになった男(回転寿司で2皿ずつ食べて割り勘にしてきやがった8個上)に似ており、それが理由で個人的には苦手だった。
おもしろいと思っているのか「お前、もういいわ!」とか「すいません、この子チェンジで!」などをすぐ言うタイプで、それを言われた私が「ちょっと、もー! やめてよ~!」と相手の腕をつかみ、口をふさいだことがあった。そこから、またそういったスキンシップをしてほしいのか、会うたびに5、6回は言ってきて、とても煩わしかった。
キャバ嬢はお客様に楽しんでもらうために、尽くす。カラオケで歌う曲も、お客さんの年代に合わせて歌うし、ノリも合わせるし、話も合わせる。好きなアーティストを聞かれたら、そのお客様が知ってそう、または好んでそうなアーティストを挙げる。私が本当に好きな「JO1」と言っても、「へえ~」で終わってしまう。「アイドル?」と返事が来ただけでも御の字だ。
おじさんは知らないことに対して耳を傾ける習性がないので、本当のことを言うだけムダだ。だから息を吸うように話を合わせるのだが、そのうち「俺ら、気が合うよね」と言われることがある。このおじさんも例外ではななかった。もちろん「合わせてるからね!」と、本当のことは言わずに「そうだね~」と微笑む。
会話が盛り上がると「今、仕事だってこと忘れとったやろ?」と言ってくることも。そんなわけないだろ、店にいる時点でずっと仕事中だわ。
「一緒に1杯もらっていい?」と尋ねると、「お酒好きなの?」と聞かれた。飲めば飲むほど売り上げにつながるため、カシオレ2杯が限界の私も「好きだ」と言っておく。すると、彼はまた「じゃあ今度、店じゃなくて居酒屋で飲もうよ」と言ってきた。
さらに、そんな会話をつづけていたら、「こんなに気が合うなら飲み友になろうや!」と、デートに誘われるようになった。
これまでの連載でも言っていることだが、時給が発生しているから隣にいるだけである。本業である「芸人の仕事が忙しくて、飲みに行く暇なんてない」と断っても、“都合が悪い言葉は届かないというキャバクラ客あるある”を発動され、効果なし。
さらには「俺、既婚者だから安全だよ! お前のことなんか取って食ったりしないし!」と、自分の気持ちに素直になれず、つい相手が嫌がることをしてしまうスカートめくりおじさんの片鱗を見せてくるのでウザいなあと思いつつ、「ちょっともー!」と返していた。
「既婚者だから」の間違った使い方
彼は「既婚者だから」という言葉は、警戒心を解いて相手の心に滑り込むための魔法のワードだと勘違いしていた。
「既婚男性は余裕があるからモテる」「既婚男性は家庭を持てた実績があるからモテる」「既婚者ということをはっきり告げてもモテるやつはモテる」誰が言い出したのか、こんな都合のいい話を聞いたことがある。が、確かなソースはなく、すべて幻想だ。
既婚者でモテ自慢する人なんてまったく安心できない。彼は中学生の娘の話もしてきた。モテ自慢と娘の話を同時にしてくるなんて、うんこ見ながらご飯食べられるタイプの人なのかもしれないとすら思った。
それに「既婚者はモテる」「日本人男性はモテる」「男は年を取ってからのほうがモテる」これらも個人的には、すべてどっかのおじさんの願望だと思ってる。
そんな彼が一番好きだったやりとりは、「俺と付き合いたい?」と私に聞き、「もちろん!」や「付き合いたいかな~」などとバリエーションをつけて答えさせること。そしてすかさず、「俺、既婚者だからな〜!」と私をあしらうのだ。
何、このやりとり?と思いつつ、キャバクラの中でする会話なら特に文句はない。むしろかわいいもんだ。あくまで“時給が発生しているから”彼の話に合わせる。
しかし、問題はしきりに飲み友になろうとしてくるところだ。このやりとりをキャバクラ以外の場所で無償でやらされそうになっているのだ。
同伴ならまだしも、なんでプライベートの時間をこの人に……。芸人が本業の私からすると、店に雇ってもらっている手前、業務中は一生懸命取り組むけれど、休みの日にわざわざ約束して会う労力を費やすほどゴリゴリのキャバ嬢ではなかった。
というか、そもそも休みの日ですらなく、“芸人の仕事がない日=バイトの日”という生き方をしているので、キャバクラのシフトを削ってわざわざこのおじさんと遊ぶための日を設けなければいけないことに時間のムダさを感じていた。
しかし、3回店に来たので仕方なくこの誘いに応じることにした。私には指名客が少なく、3回来てくれた客を逃がしたくなかった。このムダだと思える時間こそ、次の売り上げ、次の来店につながるはず……!きっと売れっ子キャバ嬢たちもそうやって先行投資しているに違いない!と言い聞かせた。
デートの代償
そして、当日。新橋で待ち合わせして、飛び込みでまあまあ高そうな地下のお店へ。他愛もない会話をしながら食事をした。どうでもよすぎて何を食べたのかはまったく記憶にない。木の板の上に乗った料理が出てきたような気がする。おじさんが「ここ覚えておこっと」と言っていたので、たぶんおいしかったのだろう。
しかしここで私は、借りを作ってしまうレベルの痛恨のミスを犯してしまった。急に店長からLINEが。なんとその日はキャバクラの出勤日だった。私はシフトを出している日にデートを入れてしまったのだ。
「ほんとにほんとにごめんなんだけど、店に行かなくちゃ」。まるでそのまま店に誘い出そうとしている安い手口みたいになってしまったが、ガチのガチで間違えた。私が昔、ホストにやられてキレ散らかした手口だ。
相手もめちゃくちゃ疑ってるし、萎えてるのが顔に出ている。そりゃそうだ、私もホストにやられてキレ散らかしたのだから。
「え~。……どうしても行くの? 何時に行かなきゃアカンの?」と言ってきたので、「今すぐ!」と言いたい気持ちを抑えて、約2時間後の「22時までには……」と言った。
店を出てからすぐに解放してくれるのかと思ったら、カラオケに誘われた。「1時間だけ! これでお開きにして出勤していいから!」と。一刻も早く出勤したかったが、全面的に私のミスなのでしぶしぶカラオケへ。狭くて薄暗い個室だったが、彼はまた「ま、既婚者だから安全やな」とアピールしてきた。
早く出勤したい気持ちをひた隠しにし、彼の好きそうな歌を全力で歌い、彼の歌を全力で盛り上げ、全力で接待し、彼の機嫌はなんとか持ち返した。そして1時間後、カラオケの退出時間を告げる電話が鳴り響いた。まるで天使の伝言のようだった。「じゃあ、そろそろ出ようか! ほんと、今日はごめんね」と立ち上がると、彼は「ん!」と両手を広げてきた。私にハグを求めてきたのだ。
マジかよ……と思いつつ、ダブルブッキングしてしまった罪悪感で私はしぶしぶその腕の中へ。すると、調子に乗って電車の中で手までつないできた。店の中なら手つなぎくらい我慢できるけど、電車という日常の中でおじさんに手を握られるのは、もう顔に出ちゃうのよ。嫌なのが。
既婚者のどこが安全なんだよ。私の知ってる飲み友と違うんだけど? 飲み友にどこまで求めるの? ハグや手つなぎくらいなら浮気に入らないオッケーラインってこと?
私がデートでやらかしたせいなのか、私の見極めの甘さなのか、そのあと、このおじさんが店に来ることはなかった。来てもらうためにデートしたのに、時間をムダにする結果となった。
飲み友になりたいおじさん改め、「飲み友になりたいを口実にハグしてくるおじさん」。絶対に飲み友になってはいけない。