“わかりやすいもの”は歴史に残らない。25年前の『QJ』と契機になった『エヴァ』

2020.2.4

広末涼子にコスプレを提案するも……

90年代後半のあの時代、QJと芸能界のあいだにどれだけ距離があったのか。これについて私にはちょっとした思い出がある。

あれは私がすでに編集部をやめると決まったあとの編集会議のこと。当時トップアイドルであった広末涼子に、表紙で綾波レイのコスプレをしてもらうのはどうかと提案したのだった。このとき実際に事務所にオファーしてくれたのは、後年ライターとして「デイリーポータルZ」などで人気を集めた、今は亡き大塚幸代さんである。後年、大塚さんにはこのときのことを改めて伺う機会があったのだが、とにかく先方はけんもほろろの対応であったという。

アイドルがサブカルやオタクカルチャー関連の仕事を受けることにまだ抵抗感があったのだろう。かくして、私が編集部在籍中に提案して唯一採用された企画は幻に終わったのである。

大塚さんに話を聞いたのは今から15年ほど前だが、ちょうどそのあたりから、アーティストの村上隆がグラビアアイドルの佐藤江梨子を美少女フィギュアに見立てた作品を発表するなど、芸能界とオタクカルチャーの距離が縮まり始めていた。今ではアイドルが趣味にアニメやゲームをあげたり、関連の仕事をすることはまったく珍しくはない。

かつてサブカルとアニメやアイドルなどオタクカルチャーは区別して語られることが多かった。サブカル雑誌と目されていたQJが『エヴァ』を取り上げたとき、意外性をもって受け止められ、読者や執筆者から違和感や抵抗感を訴える声があがったのにはそのような事情がある。しかし今やアニメもアイドルもサブカルとして扱われている。サブカルという語でくくられるものが広がり、一般化したということだろう。

QJの誌面も、そうした時代の変化を反映しながら現在に至っている。もちろん、QJに人気お笑い芸人やアイドルが毎号のように登場するまでになったのは、時代が変わったというだけでなく、歴代の編集者が芸能界とつながりを築くべく努力をつづけた結果でもあるはずだ。

今のQJに対して、1点だけ注文をつけるなら

編集部を1997年にやめてから、フリーランスのライターになった私だが、QJ本誌で記事を書いたのは2度ばかりにすぎない。それでもいまだに、毎号とはいかないまでも、よく買っている。インタビューなどを読んでいると、よくこんなことまで聞き出したなと感心させられることもけっこうある。たとえば、vol.121(2015年8月)のバカリズムの特集では、当時アイドルグループ・でんぱ組.incのメンバーだった夢眠ねむさんが、バカリズムと親交のあるアーティストのひとりとして、彼への思い入れたっぷりにコメントを寄せていた。

『クイック・ジャパン』Vol.121
『クイック・ジャパン』vol.121

言うまでもなく、ふたりは昨年、めでたく結婚されたわけだが、それだけに今となってはこのコメントは貴重と言える。恥ずかしながら私も、ふたりの結婚に際し、あるニュースサイトの記事でこのコメントを引用させてもらった。

最後に今のQJに対して、恐縮ながら1点だけ注文をつけるなら、全体的に取り上げる対象も記事の内容もわかりすぎやしないだろうか。ユースカルチャーマガジンを標榜するにもかかわらず、現在40代の私が読んでも世代間ギャップをあまり感じないのは、ちょっと危ぶむべきかもしれない。わかりやすいものというのは案外歴史に残らないものである。『エヴァ』が現在に至るまで語り継がれているのも、その解釈をめぐって議論が巻き起こった最終2話あってこそだろう。

初期のカオスな誌面を復活させろとまでは言わないが、QJには、特定のジャンルや系譜に位置づけられないようなものをもっと積極的に取り上げてほしいと切に思う。

最近になって『映画秘宝』が版元の解散に伴い休刊したり、『テレビブロス』が定期刊行を取りやめたりと、サブカル系の雑誌の多くが大きな曲がり角を迎えている。そのなかにあってQJが、新たにウェブサイトを立ち上げつつ、紙の雑誌としても引き続きどんな展開を見せてくれるのか。OBとしては大いに気になるところだし、まだまだ可能性は残っているものと信じたい。

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近藤正高

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近藤正高

(こんどう・まさたか)1976年、愛知県生まれ。ライター。高校卒業後の1995年から2年間、創刊間もない『QJ』で編集アシスタントを務める。1997年よりフリー。現在は雑誌のほか『cakes』『エキレビ!』『文春オンライン』などWEB媒体で多数執筆している。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけ..

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