環境破壊と気候変動を抑えるには?今、世界を知るために外せないキーワードがわかる『図説 人新世』
「持続可能な開発目標」を意味する「SDGs」という言葉が急速に広まっているように、環境破壊の深刻さが増していき、気候変動が急速に進んでいる今、誰もが地球の環境について考えざるを得ない時代になってきている。
そして今、地球の環境と人類の文明の今後について考えるために外せないキーワードが「人新世(ひとしんせい/アントロポセン)」である。
人新世(ひとしんせい、じんしんせいとも)
人類誕生後、先史時代から現在までの活動、特に産業革命以後の活発な生産・開発・経済活動によって、地球はそれ以前の環境から急激に変貌した。そのため、最後の地質年代「完新世」のあとに「人新世」という区分が定義され、現在世界的な議論の的となっている。
ここで紹介する書籍『図説 人新世 環境破壊と気候変動の人類史』(ギスリ・パルソン 著/長谷川眞理子 監修/梅田智世 訳/東京書籍)では、この新しい地質年代「人新世」について数多くの写真と図版で総合的に解説している。
さまざまなシーンで環境問題についての配慮が欠かせなくなってきているビジネスパーソンはもちろん、これからの世界を担っていくことになる若い世代にも読んでほしい、そんな一冊だ。
『天気の子』でも触れられていた「人新世」
台風や豪雨などの気象災害は年々大きくなり、地球環境や社会にまつわる話題を聞くことが増えた。11月に閉幕した国連の気候変動対策の会議COP26でも、「世界の平均気温の上昇を1.5度に抑える努力を追求する」と、これまで以上の目標が掲げられている。地球環境について考える機会が多くなっている昨今だが、その考えをさらに深めるキーワードが「人新世(ひとしんせい/アントロポセン)」だ。
異常気象がモチーフとなっている新海誠の映画『天気の子』のラストシーンで、主人公が読んでいるパンフレットに「アントロポセン」の文字があったのを覚えている人もいるかもしれない。人新世とは、産業革命以後の人間の活発な生産・開発・経済活動によって、地球の環境が大きく変貌した時代を指す新たな区分のこと。明確な定義はないが、核実験や工業化が本格化した20世紀半ばごろからとする説が広く浸透している。まだ正式に地質年代として認定されているわけではないものの、今日の環境問題を考える上では外すことができない重要な概念だ。
迫りくる気候変動の危機
アイスランドの人類学者ギスリ・パルソンの著書『図説 人新世』は、その人新世について総合的に解説した一冊だ。冒頭で紹介されているのは、イギリスの週刊新聞『エコノミスト』の2011年5月28~6月3日号の表紙。ここでは、「〔新たな地質年代〕人新世へようこそ」というコピーと共に、金属板で表面を覆われた地球の姿が描かれている。表面はところどころ剥がれ落ち、内部からは骨組みと、勢いよく蒸気を噴き上げる炉が見えている。
人類の活動が、地球環境に大きな影響を及ぼす。『エコノミスト』の表紙は、人新世の時代を象徴するものだった。一方で、「ようこそ」というコピーにはどこか余裕が感じられる。事実、中には「地球温暖化によって従来の寒冷地域が暖かくなれば、新たなチャンスが生まれるかもしれない」と考える人もいたという。
それから10年が経った今、人新世に対する楽観的な意見はほとんど失われている。『図説 人新世』でも、『エコノミスト』の表紙の次のページには、イタリアの気候変動デモで地球の模型を燃やしている光景の写真が収められている。メッセージボードを掲げて燃える地球を見つめる人々の姿は、気候変動に対する切迫感が大幅に増していることを物語る。
視覚的情報から把握できる「人新世」の現在地
『図説 人新世』は4章構成となっており、PART1では人新世をめぐる議論の現在や、火の使用開始から始まり人間が長期的に地球環境へどんな影響を及ぼしてきたかを解説する。PART2では、産業革命や核の使用など、現代へとつながる人新世の話が語られる。
特に読み応えがあるのがプラスチックに関する項目だ。技術の進歩の象徴から、環境汚染の象徴へと姿を変えたプラスチック。その存在について、プラスチックのネットが全身に絡まったウミガメ、たき火で溶かされたのち堆積岩や貝殻を巻き込んで固まった「プラスチックの岩石」であるプラスティグロメレート、写真家のグレッグ・シーガルが自分たちの出した1週間分のごみに埋もれる人を撮影した作品《7日分のごみ》などの写真をつづけて配置することで、読者はその影響の大きさを知ることができる。
このように本書は多数の写真やグラフィックを用いて解説しているため、人新世という言葉を知らなくても、気候変動がピンときていなくても、視覚的な情報を追うだけでまずは現在地が把握できるだろう。
PART3で取り上げるのは、こうした活動によってもたらされる異常気象だ。また、「社会的不平等」の項目で、先進国や富裕層のほうが温室効果ガス排出量が多くなりやすいにもかかわらず、開発途上国や社会的に弱い立場の人ほど気候変動による被害を受けやすいという問題についても指摘している。
PART4のタイトルは「希望はあるのか?」。出口がないように思える気候変動問題に対して、グレタ・トゥーンベリらを中心とした抗議活動、アート、テクノロジーなど、人間の文化を総動員して抗う姿を紹介している。
無限に思える人新世の課題を、知ることで受け入れる
技術開発は環境に悪影響を及ぼす一元的なイメージがあるかもしれないが、ここではさらに発展させて問題を解決する道も示唆されている。具体的には、宇宙に鏡を配置して太陽光を遮蔽する、多孔質の玄武岩に二酸化炭素を注入し石化させる「カーブフィックス」といった、SFのような(しかしすでに研究が進んでいる)事例だ。人新世の時代の危機は人間がもたらしたものだが、危機を回避できるかどうかも人間の手にかかっている。そんな状況も含めての「人」新世なのだ。
著者は最後の項目で「何より重要なのは、人新世の『広大無辺の恐怖』を受け入れること」と書いている。本書を読むと、人新世の時代に人間に課せられた課題がいかに山積みで難しいかがわかる。その複雑さに対して個人ができることも限られていて、投げ出したくなるかもしれない。しかし問題から目を逸らすことは、何よりも事態を悪化させる。
知ることは、無限の問題をひとつずつ切り出して手に取れるようにすることでもある。本書は人新世の問題を自分たちの問題として扱う手助けになるはずだ。