「あのときの私と、あなたを救ってあげたい」──そう語るのは、歌手の和田彩花。15歳から24歳まで、女性アイドルグループのメンバーとして活動していた。
本連載では、和田彩花が毎月異なるテーマでエッセイを執筆。自身がアイドルとして活動するなかで、日常生活で気になった些細なことから、大きな違和感を覚えたことまで、“アイドル”ならではの問題意識をあぶり出す。
約1年続いた連載も今回がラスト。最終回のテーマは「アイドルと人生」。これまでの芸能活動を振り返り、アイドルをやってよかったかどうかを自問自答する。
目次
「アイドルをやってよかった」と言いたい理由
31歳の私は、人生の約半分の時間をアイドルとして生きた。
『「アイドルになってよかった」と言いたい』とタイトルをつけてこの連載を始めたときは、無理やり「アイドルになってよかった」と言える自分を探していた気がする。少し肩ひじ張って、痛みを感じながら、現実を受け入れつつ、希望をどこかに見出そうと。
私には昇華しきれないほどの痛みと苦労、私には抱えきれない感情や記憶、空気の思い出をそばに置きながら。

この連載の原稿を執筆している期間にしばしば考えていたのは、「今の自分があるのは、アイドルをやっていたから」ということについて。
“今の自分”とは。
キャリアを少しずつ積んで、精神的にも経済的にも自立できつつある私と、毎日薬を飲んでいなければうつ病がひどくなって、この世から消えたくなる私。
なぜここまで苦労する必要があったのだろうか。思春期、学生時代をのびのびと過ごせたら、この薬はいらなかったんじゃないかと思ったりもする。特にカウンセリング代は高くて、いつまで続けられるだろうか。
カフェにいてもざわめきは私の横を通り過ぎて、いつも私はあのときを後悔する。

気づいたころにはやるべきことがたくさんあり、逃げ出せない状況でアイドルを続けた私は、苦しさを隠してまでアイドルの輝きを示し続ける必要はなかったみたいだ。
とはいっても、これはやるしかないと気持ちを入れ替えたのも、アイドルを辞めなかったのも私である。
『「アイドルをやってよかった」と言いたい』というタイトルに込められているのは、小さじ1杯ほどの希望を見出したい、そしてそれを忘れたくないという気持ちなんだと思う。
人生を懸けてアイドルをやって、よかったこと
私は人生を懸けてアイドルをやってしまった。人生を懸けている意識もないまま、気づいたときには人生を懸けていた。
人生を懸けてアイドルをやってよかったこと、悪かったことはなんだろう?
人生を懸けてアイドルをやる長所といえば、やはり夢を追うのに集中できること。友達が学校で勉強している時間、テレビ収録に参加したり、歌やダンスのレッスンに励んだりする。
通信制高校に進むことになった私は、平日の昼間の時間が曜日によって空いていたので、ディズニーランドのロケの仕事をいつも担当していた。コメントをその場で覚えて、すぐに口に出す、単純な作業だけどおかげで暗記力が鍛えられた。
「ディズニーランドのロケなんていいな」って言われるけれど、普通に遊びに来ている人たちをうらやましがって、「やっぱりこれは仕事だ」と思った記憶がある。

次に、人生を懸けてアイドルをやる長所といえば、責任感を持てるようになること。私の行動ひとつでグループやファンにどんな影響を及ぼすかまでを考えて、行動できるようになった。
途中でアイドルを辞めなかったのは、グループにかける迷惑や負担を感じてこそだったし、デビューしてから1年ちょっとでメンバーの半分が辞めてしまった経験は、私に強く責任感を持たせることになった。
ファンから言われる「辞めないでね」という声に後押しされたときもあれば、負担に思うときもあった。
ただ残念な点は、人は学んでこそ成長できるのに、アイドルの世界では、グループやファンに迷惑をかけたと判断されるようなことがあると、心ない批判や意味不明な言葉を投げかけられてしまう。

3つ目の長所は、好きなことを仕事にできるところ、かな。
10代から通えるレッスンなどもあり、音楽や芸能の世界でのキャリアを早くスタートすることができた。
音楽を仕事にしたい友人から「早くからレッスンできて、音楽への道が開かれてた人生はうらやましい」と言ってもらったことがある。
たしかに、物心ついたときにはダンスや歌のレッスンに通って、たくさんの大人に見られることへの抵抗感もあまりなかった。
最終的には、ステージで表現することが好きという気持ちを一番大切にするアイドルでいられた環境と、そういられた自分に感謝したい。
歌やダンスなどのステージだけではない。私は少し特殊ではあるけれど、趣味だった美術鑑賞を仕事にすることも結果的には可能になった。
美術館などで学芸員さんからお話を聞いたり、興味のあるものを深く学ぶ機会を仕事でいただけるのは、とてもうれしい。
人生を懸けてアイドルをやって、嫌だったこと
反対に、人生を懸けてアイドルをやる短所はなんだろう。
まず、学業がおろそかになること。義務教育も不十分なまま、アイドル活動では公に自分の言葉やメッセージを届けなければいけない。
10代のころ、言い間違いをネタにされて番組で笑われるのが少し嫌だった。学校で学ぶ時間を持てていないのに、まだこの世界のこともわかっていないのに、なぜ無責任に笑われているのだろうと思った。
また、自分で考えて行動できるようになるには、さまざまな場所での教育が必要だ。しかし、アイドル活動では学校・家庭・そのほかの時間も犠牲にしなければいけないことが多いので、偏った価値観を問い直す時間を逃してしまいがちになる。

ふたつ目の短所は、自己表現できないこと。人が成長していく過程で避けては通れない“自己を探る時間”が持てないし、すでに決まった価値観に支配されて、精神的にもほかのカルチャーに触れることが難しくなる。
私は、メイクに興味を持っていなかった。けれど、ふたつ年下の実の妹から「唇に色がないのがヤバい」と言われてハッとした。
アイドルの世界では、色つきのリップを塗ってもらう機会がなかったし、ナチュラルなほうがいいと言われ、唇に色がないのを疑問に思うこともなかった。
妹にそう指摘されてからは、メイクを楽しみ、私の世界を広げた。私が一番強くかっこよく見えた真っ赤な口紅をいつも塗った。
アイドルは自己表現しているようでしていないし、できないのが現実だと思う。グループで活動する以上、役割やイメージが与えられたり、挑戦したりしないといけないという側面もある。
けれど、自己探求の時間がなければ、学校教育とはまた別に、自分が何者であるかを認識する機会や学びを逃してしまう。そして、自分の好きなことを大切にできなくなってしまうし、それは他人を思いやることへもつながっていくものだと感じる。

3つ目の短所は、ストレスフルな環境に身を置かないといけないことだ。
人間関係、ファンとの関係、SNS、カメラの前、リハーサルの鏡の前、ステージの上、日常生活で向けられる目線やカメラ、休みがない、低賃金、未払い、曖昧な契約、雇用形態、ハラスメント、将来への不安など、ストレスを抱える場所と環境が至るところに存在する。心身の健康を害する人は少なくない。
アイドルのセカンドキャリア支援の会社・ツギステが実施した「アイドルのココロとカラダの実態調査」(アイドル経験者102名が回答)では、52.4%が「アイドル活動時に精神疾患を患ったことがある」と回答した。
私自身も精神疾患を患っている立場なので、正直この結果に驚きはなかった。
アイドル人生から得られた“教訓”があるとしたら
やっぱり、ここまで書いても書いても「アイドルをやってよかった」とは言えないのが私の個人的な結論だ。
けれど、私のアイドル人生から得られる教訓があるとしたら、それはなんだろう。
アイドル時代によく仲間と話した「一般の生活に戻りたいか、戻りたくないか」という話題について。“一般の生活”とはなんだろうと今では思うけれどそれは置いといて、たぶんアイドルではない普通の学生に戻りたいかどうかということ。
中学生のころは「学校にもっと行きたい」とよく思っていた。しかし、デビューして仕事が忙しくなるとそんなことを考える余裕がなくなり、仕事をこなすばかりになった。
恋愛に興味がなかったのも大きいと思う。当時の私は、できないことよりも、忙しさのほうが目に入っていた。それから、初めて経験する仕事を楽しんでいたのも私だと思う。
まったく別の道を考えなかったわけではない。大学時代、美術館の学芸員さんになりたいと、どこかで思っていた。けれどその道を選ばなかったのは、中学・高校と勉強をおろそかにした時間が長く、取り戻せないものがあるとずっと感じてきたからだ。

ボキャブラリーの少なさには自分で愕然とするし、言葉の使い方は勉強不足だと常に感じる。そんな私が学芸員になるなんてことは、到底できないだろうという気持ちが離れなかった。
それでも、大好きな美術との人生をあきらめたくなかったので、私だからできる美術との関係を結ぶしか方法はないと考えるようになった。
アイドルではない人生への憧れよりも、「何をやりたいか」が私の選択を後押ししたように思う。
アイドルであってもなくても、大切なこと
大切なのは、アイドルであること、アイドルであったことではきっとない。
確かなのは、置かれた環境で自分は何がしたいのか、どう思うかを考える重要性だ。
誰の人生も100%自分の意思だけで動いているものではないと思う。私の人生では、たまたま自分の意思ではないアイドル業界に入ってしまい、たまたま自分のやりたいことを見つけながらアイドルをやりきっただけ。
与えられた環境で自分の夢や願望を叶えるために粘りつつ、あきらめつつ、辛抱強くやってきたのが私の強みであり、アイドル人生だったのではないかと思う。

人生を懸けて目の前のやらなければいけないこと、見つかった夢やなりたい姿を追いかけた時間は、私の財産になった。
人生を懸けてまで、健康を害してまで、やる必要はあったのかという疑問はもちろんあるけれど、私がやらなければいけないことだったし、乗り越えなければいけない試練だったのだろうなと思っている。
「アイドル活動を通して、自分が何をしたいのか、どう思うのかを見つけられてよかった」──そう言いたい。
和田彩花『アイドルになってよかったと言いたい』書籍化決定!
最終回を迎えた本連載が書籍化し、2016年3月上旬に太田出版から発売されることが決定した。

「私のアイドル人生は、自由、権利への闘争でもあった」
和田彩花が綴る「アイドル」と、フェミニズム/自己表現/メンタルヘルス/家族/恋愛/労働問題 etc…
本連載のエッセイを完全収録のほか、2019年のグループ卒業当時に『Quick Japan』にて連載した「未来を始める」も一部掲載。
本書は「QJストア」ほか、Amazonや楽天でも予約受付中。「QJストア」予約&購入者には、和田彩花の直筆サイン入りポストカードと限定ブックレット付き。
関連記事
-
-
「VTuberのママになりたい」現代美術家兼イラストレーターの廣瀬祥子が目指すアートの外に開かれた表現
廣瀬祥子(現代美術家)/ひろせ(イラストレーター):PR -
パンプキンポテトフライが初の冠ロケ番組で警察からの逃避行!?谷「AVみたいな設定やん」【『容疑者☆パンプキンポテトフライ』収録密着レポート】
『容疑者☆パンプキンポテトフライ』:PR




