【先行公開】「“頑張ってる障害者”のシンボルにしたければ勝手にしてくれ」盲目の芸人・濱田祐太郎による初エッセイ『迷ったら笑っといてください』試し読み

『R-1ぐらんぷり』チャンピオンで、盲目の芸人・濱田祐太郎さんの初の著作『迷ったら笑っといてください』(太田出版)が6月25日に発売されることを記念して、本書の一部を先行公開します!
“多様性”をうたうテレビ界への疑念、実話漫談にこだわる理由、不安に苛まれた賞レースの予選、初の冠番組で得た手応え、“いじり”について思うこと……濱田にしか持ち得ない視点でそれらを語り尽くす、自身初のエッセイ集。
「俺はあくまで芸人。だから「多様性を認め合う世の中になったらいい」とか「誰も置いていかない社会を作りましょう」なんて話をする気はありません。でも12年間芸人をやってきて、思うところはやっぱりいろいろあります。この本では、盲目の芸人である俺に見えている景色を語らせてもらいたいと思います。」
――「はじめに」より
なお、「新作・とりおろし漫談音声」特典つき書籍を、QJストア限定で発売いたします(数量限定)。ご予約は「QJストア」から!
“シンボル”にしたければ勝手にしてくれ
2018年に『R-1ぐらんぷり』で優勝した後からいまに至るまで、取材をしてもらったときによく聞かれる質問があります。
「障害者の代表として扱われることに対してはどう思いますか?」
こういうやつです。必ずってほどじゃないけど、結構聞かれてきました。この「代表」は多分、「頑張ってる障害者の代表」みたいなことですよね。
優勝直後のインタビューでは、「僕は誰の代表でもないですから」というような答え方をしてました。いま振り返ると「しょうもないこと言うてんなぁ」と思います。
この頃は、劇場の出番が月に1回あっただけのところから、『R-1』で優勝して急にポンとほかの仕事をいろいろやらせてもらうようになって、なにをどうしたらいいか全然わからん状態でした。自分が考えていることをストレートに言葉で表現する力もまだそんなになくて、周りの反応をうかがいながらおそるおそる答えてる部分があったんでしょうね。
そんなしょうもない答えでも「あれはいい言葉だった」と言ってもらうことはあって、それはそれでよかったんですが、いまはもうまったく意見が変わりました。俺の答えは、こうです。
「代表として扱いたければ勝手にしてくれていいけど、担ぎ上げた責任はそっちがとれよ」
“頑張ってる障害者”のアイコンなりシンボルなりにしたい人たちがいるなら、勝手にそうしてもらっていいです。でも俺はそういう人たちが喜ぶような発言はしない人間です。
自分の地上波レギュラーラジオの番組名を「ポコチン座頭市」から略して『ぽこいちラジオ』にするようなやつですよ。人権団体の啓発イベントに営業で呼ばれて客前に立ったらテンションが上がって「ここの人権団体がいちばん人権無視してますからね!」なんて根も葉もないギャグを平気で言うようなやつです。そんなやつをシンボルに担ぎ上げていたら、周りから疑いのまなざしを向けられますよ。それでもいいなら、勝手にしてください。そんで、その責任は自分たちでとってください。
そもそも、この質問をされたときにいつも思うことがあります。〝障害者の代表〟として扱われた心当たりが俺にはないんですよ。「扱われたことがある」という前提で聞かれてるので、それに乗っかって答えてますけど、そんな扱いを受けた記憶はない。
言ってみりゃ「濱田さん、夜中にパンの耳を乳首につけて素っ裸で公園に行ってそれを鳩についばませて楽しんでたんですか? それについてはどう思いますか?」って聞かれてるようなもんで。そうなると「夜中にパンの耳を乳首につけて素っ裸で公園に行ってそれを鳩についばませた心当たりはないけれども、お酒でベロベロになって記憶がなくなっていたことはある。そのときに無意識のうちに夜中にパンの耳を乳首につけて素っ裸で公園に行ってそれを鳩についばませて楽しんでたのかもしれない。俺が覚えてないだけで、この人たちはそれを見ていて、そう聞いてきたのかな?」と解釈して質問に答えるわけです。たとえが入り組んでてわかりづらいですね。
それこそ人権団体や福祉系の団体から依頼をもらって営業に行ったり、以前はラジオの1コーナーで障害のある人やそのサポートをする人とトークしたりしていたので、そういうものを見聞きして「濱田さんは障害者の代表としてああいう仕事をしてるんやな」と捉える人もいるのかもしれません。俺からすると、芸人・濱田祐太郎として呼ばれたひとつの仕事をやっているだけなんやけど。
だからどうしても「そう捉える人がいるならこう思います」って返答になってしまうんです。気遣いしちゃってるんでしょうね。これも配慮のうちなんかな? 今後は「いや、そんなふうに扱われたことないですけどね」って言えるようになっていきたいです。
同じように、『R-1』優勝後にたまに聞かれたのが「障害者と健常者の架け橋になりたいという思いはありますか?」みたいな質問でした。これに関しては、当時からいままで変わらず、「まったくない」です。最近やと“多様性”とか“誰も置いていかない社会”って言葉もありますね。これも同じで、そういうものを広めようとか訴えようっていう立場やとは全然思ってないです。俺はお笑い芸人なんで。
「お前は目が見えてないから推薦しない」
ただ、芸人・濱田祐太郎だからこそ言えることもあると思います。
ときどき、こんな意見を聞きます。
「障害者はお笑いで結果を出してないんだから、バラエティには出れなくて当然だ」
俺はこれを聞くたび、「ほんまにそうなんか?」って思う。
芸人になる前、お笑いが好きでテレビのバラエティ番組やネタ番組をめちゃくちゃ観てました。そこに障害者はほぼ出てなかったです。当時からそれに対して「ちょっとおかしいんちゃうか?」って違和感はありました。「なんで障害者はバラエティに出てないんやろう」と思ってた。
障害者の中にお笑いの実力がある人がいないからなのか、障害者が芸人としてバラエティに出ることや障害をネタにして笑いを取ることを認めない、はっきり言うたら差別主義者が制作側にいるから出られないのか。なんとなく漠然と、後者のほうが理由なんじゃないかな、と子供心に感じてました。
この考えは、芸人になってからは
「作り手の側に差別主義者の連中がいるのかもしれない」
「だったら、俺はどれだけ頑張っても無理なのかもしれない」
という不安に変わりました。
特に『R-1』で優勝する以前、吉本の芸人養成所・NSCを出て劇場メンバー入りするためのオーディションライブ(編注:吉本興業では若手主体の劇場を設けており、ここに所属できると舞台数が飛躍的に増える。NSCを卒業すれば誰でも所属できるわけではなく、オーディションライブなどの関門を通過する必要がある)を受け続けながら『R-1』の予選に挑戦していた数年間は、「合格させるかどうかの判断をするやつらの中に、差別主義者がいるんじゃないか」という不安は本当にでかかったです。しかもこれは確認のしようがないから、たちが悪い。
「頑張っても無理なのかもしれない」と思った理由のひとつに、オーディションライブで受けた扱いがありました。
当時のオーディションライブは1回に20組ぐらいが出演して、そこで審査員が高評価をつけた芸人が、現・劇場メンバーとの入れ替えバトルライブに出られる仕組みでした。オーディションライブが終わると、審査員が1組1組にダメ出しをします。
その中で、ある審査員から「濱田は目が見えない。劇場のライブではネタ以外にジェスチャーゲームもあれば大喜利のコーナーもある。それは目が見えないとできないから、俺はお前に高評価はつけない」とはっきり言われました。
これは俺の中の基準では、完全に差別です。
「『障害者だからこう』と決めつけるのはよくない」って世間ではよく言われますよね。俺は、そういうふうに〝思う〟こと自体は責めないです。それはもう、しょうがないから。だけど、その決めつけや思い込みを、相手に対して強制・強要したら差別やと思う。
たとえばそれこそ俺が「テレビに出たい」って言ったときに、作り手の人たちが「目の見えへんやつなんてカンペも見えへんし、カメラがどこにあるかもわかってへんし、ほかの共演者の人たちとアイコンタクトもできひんやん。難しいんちゃうか?」と思うことは別に悪いと思いません。でもそこで「それやったら進行上で不都合なことが多いから、そんなやつはテレビに出したらあかんわ」となったら強制になる。
それと同じで、「目が見えないから、劇場メンバーになってもできないことがある。だから高評価をつけない」って判断は強制・強要で、完全な差別です。俺のこの基準は、差別を訴える人たちの中ではだいぶ寛容なほうだと思います。
そもそも、目が見えないからといってジェスチャーゲームや大喜利ができないってことはないです。いま俺は劇場でそういうコーナーにも出るし、そこでちゃんとウケてる。あの審査員の決めつけ自体が間違ってたわけです。
2013年4月にNSCを卒業してオーディションライブを受け始めて、入れ替え戦にはずっと進出できないままでした。それが2017年4月に審査システムが変わって、審査員の評価以外にお客さんによる投票も加わった途端、入れ替え戦に進んでそのまま劇場メンバーになれた。ほんまに、システムが変更されて一発目のライブで勝ちましたからね。あのとき変更がなかったら、ひょっとしたらいまでも劇場メンバーにはなってないかもしれません。
実際に差別的な扱いを受けた経験があったから、『R-1』の決勝に残ったときも放送が終わるまでずっと不安でした。もしかしたら1週間前になって急に「やっぱり別の人に変更します」と言われるかもしれない。当日、生放送が終わるまでは安心できない。この感情はどうやったって整理なんかできません。結果的に優勝できたから俺の中で『R-1』に出ることに関してはいったん解決したけど、そういう考えはいまも常につきまとってます。 ……続きは『迷ったら笑っといてください』まで!
書誌情報
書籍名:『迷ったら笑っといてください』
著者:濱田祐太郎
定価:1,980円(1,800円+税)
発売:2025年6月25日(水)
【QJストア限定】
「新作・とりおろし漫談音声」特典つき!
https://qjweb.myshopify.com/products/hamada
子供の頃に憧れたテレビの世界に、障害者の姿は見当たらなかった。それでもバラエティ番組で活躍する芸人になることを夢見た。ただただ、お笑いが好きだったから――。
『R-1ぐらんぷり』第16代王者にして、盲目の芸人・濱田祐太郎。その芸人人生は「どれだけ頑張っても無理なのかもしれない」と「俺は面白いはずや」の狭間で揺れながら、今日まで続いてきた。
“多様性”をうたうテレビ界への疑念、実話漫談にこだわる理由、不安に苛まれた賞レースの予選、初の冠番組で得た手応え、“いじり”について思うこと……濱田にしか持ち得ない視点でそれらを語り尽くす、自身初のエッセイ集。
迷ったら、笑っといてください。
爆笑問題・太田光 推薦!
「いま日本で、シンプルな『漫談』を出来るのはこの男だけ。
濱田、気づいてないだろうけど、俺はいつもすぐそばでお前を見てるからな。あ、出番の前は必ず鏡を見ろ。毎回鼻クソついてるぞ。」
濱田祐太郎
お笑い芸人。1989年9月8日生まれ、兵庫県神戸市出身。吉本興業所属。2013年より芸人として活動を開始し、『R-1ぐらんぷり2018』(カンテレ・フジテレビ系)にて優勝。現在は関西の劇場を中心に舞台に立つほか、テレビやラジオなどでも活躍。2025年5月には吉本新喜劇とのコラボ舞台で主演を務める。レギュラー番組に『オンスト』(毎週金曜日/YES‐fm)。