ガクテンソク奥田「おじさんになってようやく得たヘコむ権利」【エッセイ集『何者かになりたくて】

文=ガクテンソク奥田修二
ガクテンソク奥田修二が執筆した初エッセイ集『何者かになりたくて』が2月14日(金)に発売される。
2024年の『THE SECOND』で優勝を果たしたガクテンソク。奥田は2020年から「note」を書いており、その文章に加筆や書き下ろしを加えたものが今回の書籍だ。『THE SECOND』優勝の瞬間、「何者かにな、なれっ、たんですけど!」と噛みながらコメントした奥田だが、今は「何者かになれてない」と言う。タイトル『何者かになりたくて』に込められた思いとは?
本書の発売を記念して、同書に掲載されているエッセイの一部を特別に公開する。

ガクテンソクの今
『THE SECOND』で優勝させていただいてから、毎日本当に忙しくさせていただいております。これを書いている今も、東京⇔大阪の新幹線の車中です。もちろんグリーン車です。ありがとうございます。会社に取ってもらったグリーン車と、人に奢ってもらって食べる焼肉は最高です。
優勝前も決してヒマだったわけではないのですが、今のスケジュールから見れば、やっぱりヒマだったと言うしかないです。ではここで、これを書いている今週のスケジュールと、その前年の同じ週のスケジュールを比べてみましょう。まずは昨年から。
劇場5ステージ、ネット収録2、営業1、学祭1
いやいや! けっこうがんばってますよね? 上京1年目の謎のおじさんコンビのスケジュールですよ? いやいや、なかなか健闘しているように見えますが、これはひとえにマネージャー陣ががんばってくれた証です。謎のおじさんコンビのスケジュールを、よくこんなにも埋めてくれてましたよ。本当にありがとう。落ち着いたら『THE SECOND』の祝勝会しようね。続いて、今年を見てみます。
劇場14ステージ、ネット収録4、テレビ収録3、ラジオ収録1
漫才出番倍やん。メディア出演に関しては4倍やん。めちゃくちゃありがたいやん。今週がたまたまこんなスケジュールというわけではなく、優勝後はずっとこれくらいのペースで働かせていただいてます。
劇場の出番も、去年までは関東近郊がメインで、勝手に「幕張ワン」と名乗っていたので、特に幕張が多かったのですが、今は大阪も福岡も出演させていただいてます。営業に関しては北海道から九州まで、日本全国行かせていただいてます。
出番順も変わってきて、前までは基本的に香盤表の前半でした。トップバッターでネタ時間5分ということもよくありました。しかし今は基本後半。ネタ時間はほとんど10分で、大トリを任せていただくこともあります。
吉本興業には『M-1』チャンピオンや『キングオブコント』チャンピオンが山盛りいます。テレビスターも、師匠方のような大漫才師もたくさんおられます。営業になると、事前にポスターが作られるのですが、そのポスターには各コンビの経歴や肩書きが添えられます。去年までの僕たちには、もちろんそんなものはなく、むき出しの「ガクテンソク」と書かれていただけで、役割としては「あまり目立たないけど、しっかりアンカーまでタスキをつなげる、箱根駅伝でいうところの8区」でした。しかし、今の営業のポスターの僕たちの写真の下には「THE SECOND 2代目チャンピオン」としっかり書かれていて、うれしさとプレッシャーをいいバランスで感じています。
東京のテレビ局には全部行きました。ゴールデンの番組にもいくつも出ました。楽屋弁当がおいしすぎてちょっと太りました。去年までの自分では想像できないほどタクシーに乗ってます。飛行機の座席もワンランク上がりました。忙しくて家の掃除が全然できません。
はい。いろいろと書きましたが、決して忙しい自慢をしたいわけではなく、この忙しいスケジュールを幸せに感じていると同時に、ずっと続くものではないということもわかっていますから、とにかく今はがむしゃらにがんばろうと思っているという決意表明です。
「売れてめっちゃ忙しいスケジュールになったら、毎日全然寝れなくなるんかぁ。んー。いい感じで、半分くらい売れるとかできないんかなぁ」と言ってる時期もありましたが、今思えば完全に言い訳ですね。忙しくない自分への言い訳であり、どう見られているかわからない周りへの言い訳です。要するに恥ずかしい男です。
まだまだ売れてるとは言えませんし、ずっとがんばりどころでふんばりどころですが、絶対に今のほうが楽しいです。漫才以外の仕事もたくさんやらせてもらえて、趣味のニュース、ゴルフ、クレーンゲーム、アイドルなどもすべて仕事につながりました。自分の人生そのもので仕事をしている感じです。
求められる仕事の量に対して、蓄積のストックが切れたら僕の負け。19年潜ってたんですから、残りの人生を賄えるくらいの蓄積はあるはずと思って戦うだけです。焦りとかは特にありません。
僕は、やりたいこととできることしかしたくないタイプで、いや、そりゃ誰でもそうだと思いますが。それらで1日のスケジュールが埋まることは、とても光栄です。
ワクワクしますし、やる気も出まくります。
もちろん、やりたくないこととできないことがスケジュールに入っていることもあります。そういうものが目に入ると、ほかの仕事がどれだけ好きなものでも、嫌いなもののほうに心が引っ張られてしまって、好きな仕事まで楽しめなくなってしまうことがあります。まあ、これも誰だってそうなんでしょうけど。
そういうときに僕は、やりたくないこととできないことを「どうでもいいこと」にまとめてしまいます。
悪いふうに聞こえますが、ちょっと違ってて、僕はやりたいこととできることで評価されたいので、やりたくないこととできないことで得る評価は「どうでもいいこと」というニュアンスです。
なので、そういう仕事だからといって、手を抜くとか、テキトーにやるってことではなくて、「どうでもいいし、どうせ2回目はないんやから、思いっきり自分の色出してみよ!」とか、「どうでもいいし、逆に番組の趣旨に乗っかりまくって一生懸命やったら、俺はどんな評価を受けるんやろ?」という気持ちで仕事に挑みます。
得意ジャンルはミスのないように一生懸命やって、苦手ジャンルはミスしてもいいから一生懸命やる感じです。
このスタンスになってから、意外と苦手ジャンルの仕事も増えたので、やり方としては良いか悪いか半々って感じです。
ただ、苦手が増えたぶん、得意ジャンルの仕事のありがたさが増して、よりがんばれるようになったので、結局良い手法なのかもわかりませんが、とにかく全部がんばってみようと思います。
「こんなはずじゃなかった」なんて言葉はもう言い尽くしました。そんな時期を過ごした上で今があって、目の前で起こるすべての出来事を「こんなこともあるんだ」で片づけてしまっていいんだと思います。
自分でさえ自分が思っていた通りにはならないのに、世界が自分の思い通りになるわけがないんです。何ひとつ上手くいかないのがデフォルトだと気づいたら、この世界のすべてが予測不能で楽しい。
過去の失敗を経験として覚えて、予測できてたことで失敗したこと以外はヘコむ必要すらない。というか、ヘコむ権利すらないんです。ダラダラ長々生きてきたんだから。そのままいくのも悪くないし。急にキビキビセカセカ生きたっていい。
おじさんになって、ようやくその権利を得たのだと思います。
※『何者かになりたくて』「ガクテンソクの今」より
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