K-POPファンの26歳が“T-POP”にハマり、タイへ移住した理由。アイドルを魅力的にする「サバーイ」の文化とは?

2024.2.28

2024年に『サマーソニック・バンコク』が初開催される。そのアナウンスページには、このようなコメントが添えられていた。

「海外フェスが様々な地域に飛び火して成功を収め、韓国アーティストが世界的に活躍をしている今、日本からも音楽で世界に繋がる手段としてサマーソニック・バンコクをスタートします」

『サマーソニック』公式サイト クリエイティブマン代表・清水直樹氏コメントより

K-POPの“越境”が行き渡った昨今、アジア圏の音楽シーンで新たな展開が生まれる舞台としてタイがまなざされている。なぜ今、文化発信の場にタイが選ばれるのか。本稿ではタイカルチャーに魅了されるあまり、昨年26歳で移住するに至った筆者の経緯に、求心力の正体を探りつつ、タイのポピュラー音楽「T-POP」の魅力を捉えたい。

タイに「希望」を感じて

大学の卒業旅行で2020年2月に訪れたタイは、すべてが鮮やかで、輝いて見えた。人が優しくおもしろく、活気に満ちていて、暑くて、ご飯がおいしく、そして経済が成長していることを肌で感じた。

投票率の低さに表れる、社会が変わることを国民があきらめたかのような日本の風潮とは反対に、この国からは前進していくんだという気概、将来への「希望」を感じた。それは日本で“Z世代”として暮らす僕にとって、新鮮な感覚だった。帰りの機内で抱いた「またこの国にきっと来るんだろうな」という予感を、今でも覚えている。

この国で暮らし、仕事をして、この国の人々のことをもっと知りたい。そう思い、語学を本格的に学ぶため、ついにタイ北部の都市・チェンマイにアパートを借りて今暮らしている。

T-POPにハマるまでの足跡

T-POPグループ・ATLASのメンバーと筆者

タイに心惹かれた理由はほかにもある。それは現地のカルチャー、とりわけ「T-POP」だ。

僕は子供のころからアイドルが好きで、登下校のバスでウォークマンから流れるアイドルたちの音楽に夢中になった。もちろん日本のアイドルはとても魅力的だったが、次第に作品やパフォーマンスに対してさらなる洗練性を渇望するようになっていたところ、颯爽と現れたのがガールズグループ・TWICEだった。

韓国でデビューした彼女たちは、アイドルポップスでありながらシーンの先端を行く音楽性、レベルの高いパフォーマンス、ルックスからスタイリング、クリエイティブデザインに至るまで、すべてが洗練されていた。2017年、TWICEを入口にしてK-POPの世界へ足を踏み入れた僕は、そこに自分が求めていたものがあると、完全に心を奪われた。それからは大手から中小事務所まで、男女問わず聴くようになった。

それから7年ほど経った今。変わらずK-POPは好きだが、より深く知るようになったことでさまざまな違和感を覚えている。そのひとつは、K-POPシーンの消費スピードの速さや、アイドルたちのハードなスケジュールとステージ上の輝かしい姿のギャップだ。

緩急あるダンス、管理された表情、洗練されたビジュアル……どれも素敵には違いない。しかし同時に、厳しい練習生期間、そしてめったにない休みの日さえトレーニングに費やすアイドルたちの環境を知ってしまってからは、パフォーマンスを見ても「よくここまで“訓練”したな」と思うようになり、それぞれの表現を通じて“一人ひとりの持つ魅力”よりも“技術”が先立って伝わるようになった。徹底的に管理されたシステムや消費スピードは、アーティストの人間らしさすらも失わせかねないと感じるようにもなり、見ているこちらの心はすり減っていった。

J-POPやK-POPにない「T-POPらしさ」とは?

そんなとき、僕の心にスッと入っていったのが、「T-POP(タイポップ)」だったのだ。

これまでJ-POPやK-POPに夢中になってきた僕が、T-POPと接して新鮮さを感じた点はたくさんある。まず真っ先に惹かれたのは、スローでチルなテンポの楽曲が充実しているところだ。日本や韓国と比べると、タイではゆったりした曲調の楽曲が好まれるため、アイドルたちもスローナンバーを歌うことが多い。

多種多様なエンタメが氾濫し、コンテンツの消費スピードが速まる(速められている)日々のなか、そんな状況に中指を突き立てるかのごとくリラックスした楽曲が主流となっているT-POPシーンが、僕にとってはとても魅力的なものに映った。

「คนไม่คุย(Silent Mode)」

またT-POPは、テンポだけでなくサウンドからも独自性を感じさせる。たとえばK-POPでは北欧をはじめとした国外のコンポーザーを多く採用しているため、サウンドの仕上がりも非常に洋楽的である一方で、T-POPはタイの音楽をあまり知らない人が聴いてもなんとなく「タイらしさ」を感じるものが多い。

それもそのはず、タイには今の音楽シーンにもにも“ルークトゥン”や“モーラム”といった伝統音楽や大衆歌謡が根づいているとともに、タイの重鎮ラッパー/プロデューサーのF.HEROが「自身のユニークさやルーツを持ったままグローバルで戦える」と語りつつ、伝統音楽の要素を楽曲に織り込んでいることからもわかるように、クリエイターの“タイらしさ”を大切にする姿勢も強いように思う。

タイやカンボジアの伝統楽器がトラックに使用される「RUN THE TOWN」

そして昨今、2010年代前半までタイ国内で人気だったJ-POPを聴いた世代がコンポーザーとして活躍している。それらがミックスされたT-POPにしかない音楽は、日本人にも耳なじみがよくて、どこか懐かしいのに、新鮮なのだ。

「サバーイ」の精神性がアーティストの魅力に

それから、T-POPアーティストが常に自然体な姿を見せてくれているところも好きだ。タイには「サバーイ」という、「心地よい」とか「快適だ」といった意味を持つ言葉があって、これは日常的によく使われている。たとえば「今日の風はサバーイだね」とか、「最近サバーイですか?(=お元気ですか)」のように。

俳優のPoon Mitpakdeeと筆者

移住後に現地で生活を送りながら、自分や相手が心地よい状態であることを優先させる「サバーイ」がタイの人々の精神性を表していることを、僕は実感している。実際、日本では人から言われたことのなかった「深刻に考えなくていいよ」という言葉をタイに来てから20回も言われるようになり、「極端な無理をする必要はない」という意識が自分の中に育っている。

そんな風土のなか、アイドルたちもステージ上でも別人格になろうとせず、あくまで等身大の姿でパフォーマンスできる環境が当たり前になっていると、僕は感じる。T-POPグループのメンバーが「今日忙しくて」と言いながら、YouTubeの撮影中にひとりだけご飯を食べている姿も日常的だ。タイに根づいた「サバーイ」精神のおかげで、アーティストが自然体でいられるからこそ、リアルで等身大な感情を表現することが可能になっているのではないか。それゆえ、画面の向こう側にいるこちらまで魅了されてしまうのだと思う。

最新T-POPグループ3選

では具体的に、どんなT-POPアーティストが今、タイの音楽チャートを賑わせているのか。僕自身が個人的に追っているボーイズ/ガールズグループシーンから、おすすめをいくつか紹介する。

BUS

BUS(バス)は、2023年12月にデビューした、サバイバル番組出身の12人組ボーイズグループ。

彼らの魅力は、歌とダンスを自信満々に、うれしそうに披露する姿。「歌とダンスが楽しくてたまらない」という能動的な感情の動きが伝わってくる。楽曲のコンセプトはもはや消化するものではなく、彼らの感情を表現する手段。慣れない顔立ちの彼らがかっこよく見えてきたら、すでにあなたはBUSの虜になっているはず。

メンバーは、モデル・俳優のキャリアを捨ててサバイバル番組に挑んだ「Khumpool(クンポン)」、妹はBLACKPINKの妹分・BABYMONSTERの「Copper(コッパー)」、“タイの東大”ことチュラロンコン大学で建築デザインを専攻し英語が堪能な「AA(エーエー)」など、それぞれの魅力も際立つ。

ATLAS

2021年12月にデビューした7人組ボーイズグループ。

メンバー間の仲が異常に(?)よく、どのビハインド映像を見ても笑い声が絶えない。7人にしか出せない絶妙なバランス感と空気感は、日本のボーイズグループでたとえると「嵐」だ。自然体で音楽を楽しむステージパフォーマンスから彼らの人間的魅力が伝わってくる。

どの楽曲も洗練されていて、特にT-POPならではのチルでスローリーなナンバーが人気。

4EVE

T-POP界をリードする、タイの国民的ガールズグループ。

サバイバルオーディション番組から誕生した彼女たちは、プレデビュー曲「วัดปะหล่ะ?(TEST ME)」でMV再生回数1億回を記録し、一気にスターダムにのし上がった7人組。2020年のデビューから丸3年が経つが、その人気はとどまることを知らない。

チルで心をえぐる歌謡ポップスから、ローカライズされオリジナリティあふれるガールクラッシュ(「女性を魅了する女性」をテーマにしたコンセプト)までこなす幅広い表現力とカリスマが魅力。T-POPの本質を常に追求し続ける彼女たちの進化から目が離せない!

“懐の深い”エンタメ空間が、そこにある

ここまでタイカルチャーの魅力についてご紹介したが、一方で僕は内心、全然“タイブーム”にならなくていいと思っている。なぜならタイはいつでもそこにあって、他者を受容してくれる、ゆるく優しく懐の深い国だから。

それゆえ、T-POPは「タイの成分が必要だ」と思ったときに聴けばいいし、決まった応援法とかはあまりないし、とにかくあなたが好きなようにゆるく付き合えばいい存在だと思う。僕はT-POPのこのゆるさが大好きすぎて、移住までしてしまったわけなんだけど……。

とはいえ、もし今後“タイブーム”が来るんだとしたら、それを機に皆に伝えたい。どうかちょっとでもいいからタイのことを今以上に知ってみて、タイ料理店に足を運んでみて、T-POPを聴いてみて。何かがあなたの人生に、ちょっとでもプラスになるはずだから、と。

『CHUANG ASIA』テーマソング「Summer Dream」

ストリーミングサービスやYouTubeで「T-POP」「เพลงฮิต(「人気の曲」という意味)」と検索すれば、たくさんのアーティストと楽曲に出会える。日本でもT-POPアーティストが出演するイベントが開催され出しているから、足を運んでみるのもいいかもしれない。また今、Abemaでタイのオーディション番組『CHUANG ASIA(チュアンアジア)』が放送スタートしているので、そこから始めてみるのもアリだと思う。

言語がわからなくても大丈夫。感じるままに楽しめば、オーケー。“懐の深い”エンタメ空間が、いつでもあなたを待っています。

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トムヤム亜久津

(とむやむ・あくつ)ライター・コンポーザー。1997年生まれ、東京都出身。北海道大学卒。タイの音楽とカルチャーに魅了され、2023年に単身タイ移住。J-POPとK-POPを通ってきたZ世代の視点から、T-POPの魅力を発信。

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