【ネタバレ考察】『ゴジラ-1.0』という「貧乏くじ」を山崎貴はどのように“リビルド”したのか
山崎貴監督による『ゴジラ-1.0』が全国で公開されている。政府関係者の視点でゴジラを描き“これまでのフォーマットを根本から破壊”した7年前の『シン・ゴジラ』(庵野秀明総監督/樋口真嗣監督)からバトンを継ぎ、山崎貴は何を表現したのか?
「誰かが貧乏くじ引かなきゃいけない」という劇中での言葉をヒントに、ネタバレありでレビューする。
目次
怪獣映画のフォーマットを破壊した『シン・ゴジラ』
ファンには有名な話だが、東宝には各部署の精鋭が一堂に会してゴジラのさらなる認知と収益拡大を目指す、ゴジラ戦略会議(通称ゴジコン)なるものが存在する。東宝の重要なIP(知的財産)であるゴジラを、今後どのように育て、展開させていくのか。製作委員会方式(複数の会社が出資して損益をリスクヘッジする仕組み)を採用しない東宝の単独出資だからこそ、ゴジラの情報を集約・解析し、時代に対応した戦略を練りに練ってきた。
『ゴジラ FINAL WARS』(2004年)以来12年ぶりに制作された『シン・ゴジラ』(2016年)は、その戦略の中核を成すビッグ・プロジェクトだった。総監督・脚本を庵野秀明、監督・特技監督を樋口真嗣が務めたこの作品は、キャスト329人、スタッフ1000人以上という人員が投入され、2016年の邦画2位となる興行収入82.5億円を記録。批評的・興行的に大成功を収めた。
『シン・ゴジラ』は、けっして怪獣映画の王道を行く作品ではない。むしろこれまで東宝が手がけてきたゴジラ・シリーズの中で、ひと際異彩を放っている。
庵野秀明のインタビュー発言によれば、東宝のプロデューサーは彼に「主人公の恋人や家族の問題などの人間ドラマを入れてほしい」という趣旨の依頼をしていたという(※)。不特定大多数のゴジラ・ファンに対して顧客満足度を高めるには、当然のアプローチだろう。しかし、彼はそれを頑として聞かなかった。それどころか、庵野は市井の人々を一切登場させず、キャラクターを政府関係者に絞り込んで、会議、会議、また会議という官僚的な手続きのディスカッション・ドラマに仕立て上げてしまう。
※【庵野秀明監督に聞く・動画付き】シン・ゴジラで重ねた無理とは? 今はエヴァンゲリオン最新作に…- 産経ニュース
この特異なスタイルは、庵野秀明が大ファンと公言している岡本喜八の『日本のいちばん長い日』(1967年)を踏襲したものだろう(実際に岡本喜八は、生物学教授・牧悟郎役で写真だけの出演を果たしている)。人間ドラマを排除し、ヒューマニズムを脱臭することで、異色のゴジラ映画ができ上がった。映画の中でゴジラは千代田、港、中央3区を徹底的に破壊し尽くしたが、庵野秀明もまた、ゴジラというフォーマットを根本から破壊してみせたのである。
そして、ゴジラ誕生70周年となるアニバーサリー・イヤーの2024年に先駆けて、シリーズ30作目となるプロジェクトが動き出す。その大役を任されることになったのは、『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ(2005年〜2012年)や『永遠の0』(2013年)で知られる山崎貴。神木隆之介、浜辺美波、山田裕貴、青木崇高、吉岡秀隆、安藤サクラ、佐々木蔵之介ら豪華キャストが結集し、最新作『ゴジラ-1.0』がついに公開された。
山崎映画のリサイクルで「復興」へ
山崎貴はゴジラ新作をオファーされたときのことを述懐して、「いつか何かのタイミングでゴジラ映画の依頼がくると思っていました」と語りつつも、「誰かが貧乏くじ引かなきゃいけないんだよ」という劇中のセリフも引用(※)。庵野秀明からバトンを受け取ることが、相当なプレッシャーであることをうかがわせている。
※『ゴジラ-1.0』パンフレットより
『シン・ゴジラ』劇中で、竹野内豊演じる赤坂秀樹は「スクラップ&ビルドでこの国はのし上がってきた」というセリフを語っているが、まさに庵野による徹底破壊によって焦土と化したゴジラ・シリーズを、山崎貴は“リビルド”しなくてはいけなかったのだ。破壊よりも、復興のほうが遥かに労力がかかる作業。その貧乏くじを、あえて彼は引いたのである。
そう考えると、『ゴジラ-1.0』の時代設定を現代ではなく終戦直後にしたことは興味深い。原爆や大空襲によって焼け野原となり、それでも必死に敗戦から立ち上がろうとする日本。その復興の真っただ中に巨大不明生物が現れ、街を蹂躙し、絶望を撒き散らす。これまで『永遠の0』や『アルキメデスの大戦』(2019年)で太平洋戦争を描いてきた彼にとって、終戦後の昭和を舞台にしたことは必然的帰結なのだろうが、それ以上に自分が置かれている状況を焼け野原に仮託しているような気がしてならない。
では、山崎貴はゴジラをどのようにリビルドしたのだろうか。結論からいうと、それは「過去の山崎映画をリサイクルする」というものだった。
市井の人々「のみ」を描くヒューマニズム
たとえばこの映画は、零戦パイロットの敷島浩一(神木隆之介)が大戸島の守備隊基地に着陸する場面から始まる。彼は整備兵の橘宗作(青木崇高)に戦闘機の故障だと伝えるが、本当の理由は特攻逃れのため。国のために死ぬのではなく、生きて日本に還りたいと願う彼の姿は、どこか『永遠の0』の宮部久蔵(岡田准一)と重なる。
日本に戻った敷島は、大石典子(浜辺美波)と成り行きで共同生活を始める。隣家の太田澄子(安藤サクラ)に赤ん坊の世話を見てもらいながら、慎ましくも幸せな日々。時には、仕事仲間の秋津淸治(佐々木蔵之介)、水島四郎(山田裕貴)、野田健治(吉岡秀隆)と酒を酌み交わしたりもする。これはもう完全に『ALWAYS 三丁目の夕日』的な、“現代では失われてしまった、あるべき共同体”への回帰。山崎貴的なエッセンスをふんだんにまぶすことで、かつて庵野秀明が断固拒否した人情噺が綴られる。
『ゴジラ-1.0』を鑑賞した庵野秀明は山崎貴との対談の中で、「ツッコミどころはいっぱいあるけど、おもしろかった」とジャブを打ちつつ、「ドラマ(パート)長いからね。もっと切ればよかったのに」と率直すぎる感想を語り、山崎を苦笑させている。庵野が市井の人々を排除して政府関係者のみを描く“日本国家 VS ゴジラ”という構図を作り出したのに対し、山崎貴は政府関係者を排除して市井の人々のみを描く“民間人 VS ゴジラ”という構図を作り出した。
『STAND BY ME ドラえもん』(2014年)の“ドラ泣き”ならぬ、“ゴジ泣き”というパワーワードがSNS界隈では使われている様子だが、臭いくらいにヒューマニズムを画面いっぱいに塗りたくることが、彼が信ずる映画のカタチなのである。
ハリウッド大作のDNA
山崎貴は少年時代にスティーヴン・スピルバーグの『未知との遭遇』(1977年)、ジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』(1977年)に魅了され、映画の世界に飛び込んだ経歴を持つ。『ウルトラマン』など日本の特撮が血肉となっている庵野秀明に対し、山崎貴はアメリカのハリウッド大作がDNAに組み込まれているのだ。
だからこそゴジラが登場するパートでは、彼のスピルバーグ好き、『スター・ウォーズ』好きの嗜好性が如実に現れる。まだティラノサウルスくらいの大きさのゴジラが大戸島で暴れまくるシーンは、人間の頭をガブリとくわえるところといい、乗り物の窓ガラス越しに怪獣の姿を見るカットといい、『ジュラシック・パーク』(1993年)を彷彿とさせる。すっかり巨大化したゴジラが銀座に現れ、典子が電車に宙吊りになる場面は、トレーラーが崖に吊るされる『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』(1997年)のようだ。
オンボロ船でゴジラと立ち向かう場面は、『ジョーズ』(1975年)のオマージュだろう。巨大ザメに出くわしたとき、ロイ・シャイダー演じる主人公は「船が小さすぎる(We’re Gonna Need a Bigger Boat)」という有名なセリフを吐くが、この映画でも「こんな船で立ち向かうのか?」という同趣のセリフが登場する。ゴジラの口の中に機雷を放り込んで、機関銃で爆破させようとする展開も、『ジョーズ』のクライマックスとまったく一緒だ。
海底に沈めたゴジラを、再び浮上させて減圧によるダメージを与えようとするが、浮袋を食いちぎられて作戦が失敗……と思いきや、作戦に同行していなかった水島が突然現れるという激アツの展開は、『スター・ウォーズ』でピンチに陥ったルーク・スカイウォーカーを救いに戻ってきたハン・ソロのよう。ゴジラを引き上げるために民間船が結集するショットは、『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(2019年)におけるエクセゴルの民間船大集合を想起させる。人間パートは過去の山崎貴映画、ゴジラ・パートはハリウッド大作の記憶を召喚させることで、『ゴジラ-1.0』は大衆娯楽映画としての強度を高めようとしているのだ。
新しい『ゴジラ』はどうなるのか?
庵野秀明総監督・樋口真嗣監督の『シン・ゴジラ』、山崎貴監督の『ゴジラ-1.0』と続いた新しい東宝ゴジラの歴史は、今後どのような展開を見せるのか。そして誰を新しい監督に指名するのか。ゴジラ戦略会議はじっくりと時間をかけて知恵を絞り、新しいゴジラを我々の前に見せてくれることだろう。個人的には、『キングダム』や『今際の国のアリス』を手がけた佐藤信介監督が適任だと思っているんですが、東宝さんいかがでしょう。もちろん、主演は山﨑賢人でお願いします。
作品情報:『ゴジラ-1.0』
出演:神木隆之介、浜辺美波、山田裕貴、青木崇高、吉岡秀隆、安藤サクラ、佐々木蔵之介
監督・脚本・VFX:山崎 貴
全国東宝系にて公開中
(C)2023 TOHO CO., LTD.
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