神保町よしもと漫才劇場を中心に活動している吉本興業所属のお笑いコンビ・めぞんの吉野おいなり君による連載「吉野おいなり君の妄想日記」。
先日、学園祭を前にした妹からとある相談を受けた、おいなり君。兄としても難しい問題を突きつけられたおいなり君だが、愛する妹のため、画期的な作戦で立ち向かう!? ※この物語はすべて妄想です
20歳・男子大学生の僕
おはようございます。
吉野おいなり君です。よろしくお願いします。
今、カフェからみなさんの脳内に直接話しかけています。
カフェの店内状況ですが、テーブルのみでおしゃれなBGMがしっとりと流れている静かな店内の端のテーブルに角刈りのおじさんがひとり。反対側の端のテーブルに角刈りのおじさんがひとり。そのおじさんふたりを線で結んだとき、ちょうど中間地点に当たる場所に僕がひとりで座っています。
助けてください。
この声が聞こえているあなた。あなたです。助けなさい。
寝不足で少し疲れていますが、眠い目をこすりながら、角刈りに挟まれながら、コラムを書いていこうと思います。
なぜ、僕が寝不足かというところから説明させていただければと。
というか、自己紹介が遅れてすみません。
僕は都内に住む20歳の男子大学生です。
実家が都内のため、大学には実家から通っています。
家族構成はいたって普通で、母と父、妹が3人に僕の6人家族です。高校3年生の長女・ゆうかと高校1年生の双子の次女・ゆめと三女・うたという3姉妹。
って。少し妹が多いかもしれませんね。笑
友達も多いほうで、遊ぶことは大好きなので、友達といろんなところに行きたいなあ、なんて予定を立てたりはするのですが、いかんせん、多すぎる妹に振り回される毎日で友達と遊ぶより、妹の何かに付き合わされる休日のほうが多いかもしれません。
そして、今回の僕の寝不足も、その“何か”の影響を大きく受けてしまっています……。
次女・ゆめに起きた「炎の告白大事件」
その“何か”は、普段からある些細な“何か”とは少し違っていて、一線を画す規模感のため、僕は今回のその何かに【次女・ゆめ、炎の告白大事件】とでも銘打たせていただきます。
事の発端は今から7日前に遡ります。
「お兄ちゃん、あの、相談があるんだけど……」
学園祭を控えていて、ここ1カ月ずっとうれしそうに浮き足だっていた妹たちの中のひとりが妙に深刻な顔で近寄ってきた。
学校行事に前向きで活発なうたと違って、いつも控えめでたまに冷めた目で生意気な文句を言ったりすることをカッコいいと思っているゆめも、今回の高校最初の学園祭を前にしてずっとバレないようにウキウキしていたので、その学園祭が迫っている今、なぜそんな神妙か顔をしているのかと違和感を抱いたことを覚えている。
「学園祭ってさ、やっぱり行かなきゃダメだよね……?」
なぜ急にそんなことを言い出すのか。お前も楽しみにしてただろ。
冷めた感じを出したいだけで、実は三姉妹の中で一番感情を表に出してしまうコイツのことなど、少し観察すればわかる。
「なんか学園祭に行くと不都合なことが起きたか?」
「え……?」
「“学園祭は楽しみだ”って顔に書いてあるぞ?」
「なんならゆうかとうたよりお前が一番楽しみにしていた、まである。それなのに行きたくないってことは、楽しみを差し引いてでも行きたくない。行けない理由がなんかあるんだろ?」
「……お兄ちゃんっていつもはぼーっとしてるくせに、こういうときだけ察しがいいのなんなの?」
「なんだよそれ(笑)。んーなんだろうな、恋愛関係とか? ……うたならまだしも、お前に限ってそれはないか笑」
「っ!!!……」
「え!? お前が!? マジか!?」
「いや! その、そんな、別に! 恋愛とか、そんなじゃないかもしれないけど、その……」
そこからテンパって照れて焦っているゆめの話を聞くのは、敵国の暗号を解読するよりも難しかった。
要点をまとめていくと、ゆめはもともと人付き合いがすごく得意なほうではなく、友達もいるが、大勢で遊んだりはあまりしないし、男子と気軽に話したりするタイプではない。だが、そんなゆめにも男友達はいる。好きなゲームの話や趣味の話をできる友達だ。その男友達と学園祭の空き時間で一緒に回る約束をしていた。
ここまではよかった、のだと。
ゆめたちの高校は2日目の後夜祭でキャンプファイヤーがあるのだが、そこで「ふたりで踊りたい」と言われたというのだ。
後夜祭で一緒に踊った男女は付き合うとか、カップルがするものだとか、さまざまな事前情報を聞いていたゆめは、それがどういう意味なのかわからず、その答えを保留してしまっているのだとか……。
うーん。兄としても難しい問題だ。
あ、最初に言っておくが、俺は妹たちの恋愛に否定的なわけではない。口出しをしようなんて思ってもいないし。
ただ、こういった話題はやっぱり気恥ずかしいもので。でも、真剣に相談してくれたのだから、茶化したりもできないといったところだ。デリケートな問題だから、慎重に、慎重に解決していかなければならない。
そして、ゆめはその男の子のことが好きかどうかなんてわからない。そんなふうに思ったことがなかった。
でも友達の関係が崩れるのも怖いし、気まずくなるのも怖いから、学園祭自体を休んですべてをなかったことにしたい。と、そう思ったのだとか。
お兄ちゃんとしては、ゆめに学園祭には参加してもらいたかった。
なにより本人が行きたいと思っているだろうから。
それに、一応の人生の先輩として、何か引っかかることがあったから。
俺の意思はゆめに学園祭には行ってもらいたい。ゆめも学園祭には行きたいし、キャンプファイヤーさえ乗り切れればそれでよし。
ということでふたりの目的、考えは決まった。
そこからは学園祭までの残りの時間で、ゆめと前日に作戦会議を行って学校で実行してもらう日々に突入する。
タイムリミットは1週間。
まだなんとかなる猶予は残されている。
兄と妹、奮闘の1週間
月曜日
『足に包帯を巻いて学校へ行き、ケガをしてしまって学園祭でダンスはできないだろう作戦』
結果:失敗
理由:体育の見学中にゆめの前に大きな蛾が飛んできて逃げようとするときに、万全な脚力を見せてしまう。体育をただサボろうとしたとみなされて体育教師からキツく説教される。
火曜日
『シンプルにそっけない態度を取って当日までに踊るような雰囲気にさせない作戦』
結果:失敗
理由:途中までそっけなくできていたのだが、ゆめがその男の子にお互いが好きなアニメの話を振られて熱弁。映画版を観に行く約束まで取りつけてきてしまう。
水曜日
『そもそもダンスが苦手だった作戦』
結果:失敗
理由:放課後、一緒に行ったゲームセンターでダンスダンスレボリューションを全力で披露。
木曜日
『実は火のエレメントを持つ獣人族の末裔で炎を近くで見ると耳と尻尾が生えてきてシルフィというもうひとつの人格が出てくる設定にする作戦』
※このあたりからタイムリミットが近づいてる焦りから正常な判断ができなくなっていた。
結果:失敗
理由:そんなわけないから
金曜日
そして学園祭の初日が来てしまう。
踊らない学園祭の日だ。この日の作戦は。
『もうなるべく会わないように全力で逃げる』
学園祭とは思えないほど早く帰ってきたゆめが「やっぱり明日の学園祭は休む。なんだか風邪っぽいし……」と言った。
どうやら、その男の子に怒られてしまったみたいだ。
「最近の様子がおかしいのはなんでだ」と。
「もし怒らせるようなことをしたなら言ってくれればいいだろ」と。
ゆめは大粒の涙を流しながら、「こんなことで、友達がいなくなるのは嫌だ」「今日の学園祭だって、本当は一緒に楽しみたかった。楽しむどころか嫌な思いまでさせて、彼の学園祭まで奪ってしまった」と。
俺はお兄ちゃん失格だ。
妹の高校最初の学園祭をこんなものにして、何がお兄ちゃんだ。
ゆめは何もその男の子のことが嫌いなわけではないんだ。
ただ恋愛がまだわからないだけで、自分の感情の居場所がわからないだけで、その定まっていない境界線がしっかりとかたちになるまでは、俺が助けてあげないで、誰が助けるというんだ。
「車出してやるから、その子に会いに行くんだ」
「え……今から……?」
「ずっと引っかかってたことがあるんだ。ゆめはまだその子のことをどう思っているかさえわからない。付き合うことはできない。それはそれでひとつのしっかりとした答えなんだ」
「もし、ここで逃げて、踊らないことは簡単だ。そうすれば一時的に関係は保たれるだろう。でも一時的だ」
「キャンプファイヤーから逃げることはできても、その子の気持ちから逃げることはできない」
「恋の火はそんなすぐに消えないだろうから」
「だから、ゆめが本当に、友達としてその子のことを大切に思っているなら。まっすぐぶつかるのが必要なことなんじゃないのか?」
長い沈黙のあと、ゆめは小さくうなずいて、俺は車の鍵を取りに行った。
そして迎えた、問題の日
土曜日(踊る学園祭の日)
作戦名『目いっぱい楽しむ』
結果:成功
理由:どうやらゆめが聞いていた変な噂はほかの友達からからかわれて伝わったデマだったみたいで、キャンプファイヤーでは社交ダンスではなく、それぞれがふざけた仮装をして何人かで変な踊りをして催し物として披露するノリがあり、それにふざけ半分で“友達”として誘われていたみたいで、金曜日に謝りに行ったときに、なんか話が食い違うなと思って聞いてみたら、そんな新事実が発覚したのだとか。そしてもちろんそんなふざけた誘いをお断りしたゆめは、その子と2日目の学園祭を心置きなく楽しめたのだ。
いつもクールな雰囲気(に憧れて)を出しながら、それでいてイタズラ好き。しょっちゅうからかってくるくせにおっちょこちょいでよく勘違いをする問題児の次女。三姉妹の中で実は一番天然なんじゃないかとさえ思う。
そんなこいつの天然さに、今回は俺が“踊らされた”ってわけだ。
今回のコラムは編集の方から「(神保町よしもと漫才劇場で先月行われた)『神劇祭』の話はどうですか」と言われていました!
『神劇祭』って文化祭みたいだったなぁ、と思っていたら、このコラムになりました!
『神劇祭』すごく楽しかったです!!
でも、気づいたら妹のことを何千文字も書いていて、カフェには僕ひとりになっていました!
角刈りの結界もなくなったので、今日は帰ろうと思います!!
お疲れ様でした!!!
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