町田の路地裏の小料理屋で戦前生まれ女将に波乱万丈の80年を聞く!財閥御曹司との離婚、売れっ子ホステス時代、乳がんでの闘病生活、そして60代からの大恋愛…「あとはお店で死ねたら本望じゃない?」【佐伯ポインティのご長寿猥談 #8】

文=佐伯ポインティ イラスト=五月女ケイ子 編集=山本大樹


長い人生を積み重ねてきた人々が語る生涯最高の恋愛や性体験とは、どんなものなのか?

猥談を生業とする佐伯ポインティが、65歳以上の男女に濃〜い猥談を直撃取材! 戦前生まれの高潔なおばあさんからバブルの絶頂を味わったイカれたおじいさんまで、愉快なご長寿たちが登場します。

※本連載は一部に性的に過激な描写が含まれています。苦手な方は閲覧をご遠慮ください
※扱う時代背景を勘案し当時の表現を使用しているため、一部現代では不適切な行為の描写や不適切な表現も出てきます。本連載はそれらの行為を肯定するものではありません

老人探しに苦戦するポインティに一通のメッセージが……

小料理屋のカウンター席でしっぽり飲みながら取材するポインティ

取材先探しにいつも難航している、この「ご長寿猥談」 の連載。

毎度毎度、ご老人を見つけるまでがスリリングすぎる。

なぜ連載が続いてるのかわからないレベルです。

そんな先の見えないご老人探しに、ひと筋の光が……!

「インタビュー対象を探すのが大変!とおっしゃっていましたが、何か力になれるかもと思って連絡しました。大学時代に、83歳のママが営む小料理屋さんでアルバイトしていました。ご紹介できます!」

ありがてぇ~~~~~~!!

なんという、ありがたい連絡、ありがたい読者、ありがたいバイト先……

すべてに感謝しつつ、担当編集の山本氏と向かった先は町田の小料理屋でした。

あら〜〜! 小料理屋を営むご老人、素敵ですね〜〜〜!

ということで、ご長寿猥談取材ロックオン! このチャンス、逃しませんよォ~~~~?!

〜ご長寿猥談プロフィール No.8〜
ミチエさん(83歳)
・神奈川県鎌倉市出身、1942年生まれ
・ホステス歴20年、クラブ経営も
・40代で乳がんが見つかり小料理屋に転身

中学時代はグループ交際で江ノ島へ!

ポインティ(以下、ポ) ミチエさんは何年生まれなんですか?

ミチエ 昭和17年だから……1942年。戦時中に生まれたのよ。そのときはまだお母さんの背中におぶさってて、空襲で焼夷弾がおっこちてくるのを見て「花火キレイ、キレイ」って言ってたみたいよ。

 リアルタイムで戦争を経験されてるんですね……。

ミチエ 母に聞いた話だから、そこまで詳しくは覚えてないけどね。

 そのあと、幼少期のことは覚えてます?

ミチエ 学生時代までは鎌倉のあたりに住んでて、絵が描くのが好きな、おとなしい学生だったと思いますよ。小学校のころは岡本太郎みたいな、ちょっとサイケな絵を描いていて(笑)。それで表彰状もらったこともありました。

 すごいっすね、芸術のセンスがあったんだ。優等生だったんですか?

ミチエ うん、そうね。中学校でも美術部で、絵を描くと褒められていたから。あんまり勉強は好きじゃなかったかな。

 初恋のこととか、覚えてます?

ミチエ 初恋は中学生のときだったかな。かわいらしい、若いときの木村拓哉みたいな人。今でも、ちょっと甘い感じの顔立ちの、かわいい人が好きだね。

 かわいい方がタイプなんですね。ちなみにその人とは付き合いました?

ミチエ 昔はほとんどグループ交際だったからねえ。だいたい男女4、5人でどこかしらに遊びに行くみたいな。彼氏彼女とかではないね。私も、恋人とかそういうめんどくさいのは嫌だったから。

 グループ交際! 知らない文化だ、どういうところに遊びに行くんですか?

ミチエ 鎌倉の大仏様とかは近所だったから、そのあたりとか。あとは江ノ島とか。中学校のときはそんな感じかな。

絶対に遊ばせてもらえない女子校時代

 高校に上がると、そういうグループ交際もちょっと変わるんですか?

ミチエ 高校は女子校だったから、あんまりそういうのはなくって。テスト期間も、平塚の七夕祭りとか、そういうイベントに合わせてやるのよ。それで、テストが終わったらすぐにみんなで学校の近所の草むしりとかさせられるのよ。

 学校側の「遊びに行かせないぞ」っていう意志を感じますね……。

ミチエ スケートに行くにも親がついてくるし、なんでもそうだったね。でも、3年間楽しかったですよ。女の子だけで小田原までサイクリングに出かけたり。そういうのは思い出に残ってるよね。

 じゃあ、高校3年間は恋愛はなかったんですか?

ミチエ 学校の最寄りの大船駅の近くに、鎌倉の男子校の子たちなんかが集まってるのよ、そこで男の子たちが、気がある人に声をかけたりね。

 おお、そんなストリートで恋が始まるんですね。

ミチエ でも、全然顔が好きじゃない人ばかりだったから断ってた。

 キムタクみたいな人がタイプなんですもんね!

財閥の御曹司と交際スタート!「お坊ちゃんはけっこう苦手かな」

 初めて、しっかりひとりと付き合ったのはいつだったんですか?

ミチエ 高校を卒業したあとに川崎の百貨店に勤めていたのよ。そこの仕事が終わったあと、バーに飲みに行ったときに、すごくかっこいい人がいたの。財閥のひとり息子で、金持ちのお坊ちゃん。背が高くて、つまようじが乗っちゃうんじゃないかってくらいまつ毛が長かった。それで、一緒に遊びに行くようになって、映画を見に行ったり、公園に行ったり……。

 おお、盛り上がってきてますね!

ミチエ 向こうのご両親が、わざわざ川崎の職場まで私の顔を見に来たりしてね。だんだん向こうも結婚したいっていう雰囲気になってきて、私からサヨナラしちゃった。

 え、急に終わった。なんでですか?

ミチエ うちの両親は国鉄のサラリーマンでね、兄弟5人の中の、私が四女だったのよ。普通の家庭で末っ子として甘えん坊で育ってたから……。お金持ちのお家って、料理の見習いから何から、うるさいでしょ。そういう厳しい家庭は嫌で、それで別れちゃった。

 たしかに大変そう……向こうは何歳だったんですか?

ミチエ 私の4つ上だから、当時24歳ね。向こうも早く結婚したかったんじゃない? 25歳までに結婚しないとダメっていう時代で、それ以上は「売れ残り」って言われるような時代だったから。

 今より焦らされる空気だったんですね。

ミチエ うん、やっぱりお金持ちのお坊ちゃんは、けっこう苦手かな。

 その後、ミチエさんはいつごろご結婚されたんですか?

ミチエ その御曹司と別れて、川崎のデパートの社員と一緒になったの。

 え、それはなんで結婚しようと思ったんですか?

ミチエ スポーツマン的な人で、強引な感じの人だったから、「まあいいか」って思って。

 お、グイグイいく人だったんですね。

ミチエ そう、デパートだと職場のみんなでスキーとかに行くじゃない。そういうところで「ちょっと真剣に付き合わないか」って言うから、「いいよ」って。ちょうど別れたあとだったし。その人と、まあ、結婚しちゃったわけよ。23歳のときだったかな。

 お相手は何歳くらいですか?

ミチエ 28歳くらいだったかな。

ザ・亭主関白な夫に我慢の限界!「マルイチ」に

 その結婚したお相手とは、その後は……?

ミチエ 33歳のときに別れたかな。けっこう、わがままな人だったから。たとえば自分でタバコ吸うときも「灰皿」って言うだけで、そのへんにあっても自分で取らないのよ。お水を飲むときもそう。「お水」って言うだけ。

 ザ・亭主関白って感じですね……。結婚したら急にそういう感じになったんですか?

ミチエ そう。「これは合わないな」ってずっと思ってたんだけど、その間に子供ができちゃうじゃない。娘がふたりできて、上の子が中学1年ぐらい、下の子が小学校5年生になったから「じゃあもう別れてもいいかな」って。

 まあ子供たちも赤ちゃんじゃないしいっか、みたいな感じですか。

ミチエ うん、そう。ただ、家も建てちゃってたからね、それがもったいなかった。それがなかったら今こんな商売してないけどねえ。向こうがなかなかハンコ押してくれないから、家庭裁判所に持って行っちゃったよ。

 なかなかハンコを押さなかったら、最後に通告が行くんですよね? 裁判所って。よくわかんないけど……。

ミチエ そう。最後に出てきてハンコ押した。「ああよかった、マルイチだな」みたいな。

 「マルイチ」っていいですね! 勝ってますもんね。

ミチエ 別れてバラ色みたいな。自分で子供たちは育てていけるっていう自信はあったからね。

ホステスで荒稼ぎ!あの大御所俳優から誘いも!?

 お仕事はずっとデパートで……?

ミチエ 結婚する前にデパートは辞めちゃって、近くのカメラ屋さんで働いてたんだけど、そのときは13万ぐらいしか給料がないから、カメラ屋さんだけじゃ食べていけなかったのね。それで友達が「飲食店に勤めてみない?」って誘ってくれて、行ってみたらちょっとクラブ的なお店で。

 お、急に水商売の世界に!

ミチエ 夜の仕事は全然わからないけど、やってるうちにいろんな人とお話しできるし、楽しいかななんて思い始めて。水商売慣れしてないから、かわいがられたのかな。チップもくださったり、ドリンク制だったから、1杯だけ飲んで「20杯で書いとけ」って言うお客さんがいたり。ドリンクバックもあって、1杯800円だから400円は自分に戻るわけ。

 景気いい時代って感じがしますね!

ミチエ みんなにそうやってかわいがられて。0時ごろになると、町田とかあちこちから女の子がお客さん連れて同伴に来る。で、朝までやると、お給料よりもチップのほうが多かった。

 じゃあしばらくはカメラ屋さんとのダブルワークだったんですか?

ミチエ ちょっと慣れたからカメラ屋さんのほうは辞めて、夜一本に絞った。夜のほうがおもしろいなって。松田優作さんとかも、マネージャーさんと一緒に来てたんだよ。

 え! すごい、めっちゃスターじゃないですか。

ミチエ ドライブに誘われたの。行かなかったけど。

 ええ! 松田優作にドライブに!? ちなみに、なんで行かなかったんですか?

ミチエ 有名人だから、いろいろあると悪いじゃない。今だったら遊んじゃうかもね(笑)。

 ミチエさんはあんまり遊ぶタイプじゃなかったんですね?

ミチエ 意外と遊ばなかったね。子供育てなきゃいけなかったから。

 お母さんですもんね。その後もずっと同じお店で務めてたんですか?

ミチエ 町田のクラブからスカウトされて、30代でお店を移ったの。町田ではけっこう名前の知れた高級クラブで、お客さんも会社の社長とか、お金持ちばっかり。だけど、指名制度があってそれが嫌でね。従業員同士でケンカするみたいになっちゃうから。

 指名を取り合う感じは、大変そうですね……。

ミチエ 新人で入ったら、先輩にいじめられちゃうのよ。でも、年を聞いたら私より年下だったから「お客さんの席についてニコニコ笑ってるのの何がいけないの? 楽しませるのが私たちの仕事でしょ」って怒ったのよ。「ナメるんじゃない!」って言っちゃって。そこからは仲よくなったんだけど。

 そこから仲よくなれるんですね……!? ヤンキーのケンカみたいだ。

ミチエ お客さんにも「ヨーロッパに旅行に行こう」とか「お家買ってあげるよ」とか誘われてね。でも、そういう話には乗らなかった。うちの娘に言ったら「バカだね、お家買ってもらえば良かったのに」って冗談で言ってたけど。

 それはミチエさんのポリシーとしては違う、っていうことですか?

ミチエ 「この人が毎週お家に来たら、なんか嫌だな」って(笑)。

ホステスから経営者に転身!しかし乳がんが見つかり…

ミチエ そのうち、いつまでもホステスやってちゃいけないなって思うようになって。自分でお店をやるようになったの。クラブなんだけど、40人くらい入れて、その地域では知らない人はいないお店になった。従業員もスカウトで集めてね。

 水商売ルートで大出世してる! 実際やってみて、どうでした?

ミチエ 楽しかったですよ。でも、稼いだお金バンバン使っちゃったりね(笑)、従業員みんな連れて温泉旅行に行ったり!

 めっちゃぶち上がってるじゃないですか。

ミチエ でも、その時期に乳がんが見つかったのよ。週刊誌でたまたま乳がんの記事を読んでたら、おっぱいの上の部分が凹んできて、しこりが出るらしくて。もともとお風呂で気づいてたんだけど、お店のお客さんで来てたお医者さんに相談したらやっぱり乳がんだって。その前にも喉にポリープができて手術もしてたんだけど、乳がんは切除することになっちゃって。

 それは……大変でしたね。

ミチエ もしかしたら命も危ないかなと思って、お店は思いきってやめちゃったの。

 もう死ぬかもしれないって感じだったんですか、そのとき。

ミチエ でも、死ぬなら死ぬでしょうがないなって。生命保険のパンフレットを一生懸命見て、娘のためにね。その娘ものちのち乳がんにかかって、そのときも生命保険のパンフレットをずっと見てたんだけど(笑)。

 ブラックジョークすぎます(笑)。

ミチエ ふたりとも生き延びたからね。私も手術から半年経って、命が長らえてるみたいな感じだったから、お客さんが離れないうちにすぐにまたお店を始めたのよ。それがこのお店。

 クラブじゃなくて、小料理屋にしたんですね。お客さんたちもきっと、クラブで遊ぶって感じでもない年齢になってきてますもんね。

ミチエ そう、クラブのお客さんもよく来てくれてね。でも最初はクラブと比べて売上の桁がひとつ少ないくらいだったから「小さい店は嫌だ〜」って5年くらいは言ってたかな。

 たしかに、全然違う商売になってますよね、クラブと小料理屋は。

ミチエ クラブのお客さんは2、3人で来たらもう5万円くらいになるけど、ここは2人で飲んでも5、6千円くらいだからね。最初はしばらくやったらまたクラブのお店でも開こうかなと思ってたんだけど、結局ここに居座っちゃった。

 お店の雰囲気、いいですもんね。きっとすごく合ってたんですね。

60代で同業者と大恋愛も…「自分からサヨナラした人には会えるから」

 ちなみに……離婚してから、大恋愛はありましたか?

ミチエ あったよ! 同じようにお店を経営してた人とお互いに好きになって、5年くらい付き合ってた。でも、もう亡くなっちゃいましたけどね。

 おー! それはいつごろですか?

ミチエ 60代のころかな。

 60代からの大恋愛! どういうふうに付き合うことになったんですか?

ミチエ お相手が寄ってきたから。

 何歳ぐらいですか、お相手は?

ミチエ 私より、3つぐらい下かな。でもお互い60代。5年ぐらい経ってもう別れましょうって、こっちから言ったの。

 ミチエさん、いつも自分から別れを切り出す人なんですね。

ミチエ だって、自分から別れようって言った人にはまた会えるじゃん。女性ってそうなの。相手からサヨナラを言われた人には絶対会えないけど、自分からサヨナラした人には会える。

 なんか、ミチエさんが人生でわかったことが詰まってる感じですね。ちなみに、どんなデートしてたんですか?

ミチエ そんなの聞く~!? だいたいみんなと同じですよ。運転もできない人だったから、現地集合でどこか……まあホテル?に行ったりね、それくらい(笑)。

 照れて濁すじゃないですか〜! どういうところが好きだったんですか?

ミチエ 性格的に無理に合わせなくても疲れないところだね。お互いお店をやってるから商売の話も合うしね。仕事の話ばっかりだったよ。浮いた話しようよって言っても、仕事になっちゃう。

 ふたりとも仕事人間だな〜! でも、そういう人が60代になってぽっと現れるのがいいですよね。

ミチエ でも、今はお店のお客さんみんなが恋人かな〜。

 すごい、急にアイドルじゃないですか!

ミチエ お客様と、ちょっと恋人みたいな感じで会話するから楽しいのかな。みんなが笑ってくれれば、それで楽しいからね。

 小料理屋って、そういう淡さもあるんですね。

「このお店で倒れてもいいかな、本望じゃない?」

 60代の恋愛はめっちゃ楽しそうだったじゃないですか。今は恋愛したいって思いますか?

ミチエ もういいかなって、この年になると。乳がんでおっぱいも取っちゃったし、体にガンのアザがあると、人間って裸になれないもん。たとえ恋人ができてもね。

 きっと、そう思う方も多いですよね。

ミチエ だからあとはもう、眠るように逝きたいっていうだけかな。この前お友達が亡くなったんだけど、「膵臓ガンです」ってお医者さんに言われたときにはもうステージ4で、そこから2、3日で亡くなったの。夜に布団に入って、朝にはもう眠るように亡くなってたって。

 自分も、そういうふうに最期を迎えたいな、という感じですか?

ミチエ うん。私もこういうふうに亡くなりたいなって。娘にも言ってあるのよ、密葬にするとあとからめんどくさいから、普通に葬式やっていっぺんにみんなに来てもらったほうが楽だよって。だって「死ぬまで働きな」って言うのよ、うちの娘は。

 なんかいい関係ですね〜!

ミチエ まあ要するに、元気でいてほしいから引退するなってことなんだろうね。死ぬのは全然怖くはないですよ。このお店で倒れてもいいかな、みたいな。うん、本望じゃない?

取材を終えて

今年83歳のミチエさん。デパートやクラブといった華やかなところで働きながら、本人は控えめに言っていましたが、おそらくかな〜りモテたんだろうな、という雰囲気が漂っていました。

というか、サラッと松田優作にナンパされてましたよね!?

中でも驚いたのは、大恋愛だった60代からの5年間!

人って、いつ大恋愛が来るのかわからないものですよね。

たとえ結婚や出産、子育てや離婚を経ても、そこから5年も付き合う人がいるかもしれない。そう思うと、人生って前半には想像もしてないことが、後半に起きるものだな、と思います。

そして、その大恋愛の相手やお友達も、もう亡くなっていると話すミチエさん。そう話す様子はカラッとしていて「人はいつか死ぬ」という事実を身をもって受け入れているような、自然な様子。人生を歩んでいくと、こういうフェーズもあるんだな、と体感させられる取材でした。

取材後ミチエさんが出してくれた料理は、しっかり味が濃くてお酒が進むおいしい一品ばかりで、そのまま飲んでいると、楽しげなお客さんたちが入ってきました。きっと酒飲みのおじいさんたちは胃袋をつかまれてメロメロなんでしょう!

うーん、さすが小料理屋アイドル!

それでは、次回のご長寿猥談でお会いしましょう〜!

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佐伯ポインティ

(さえき・ぽいんてぃ)マルチタレント。1993年生まれ、東京都出身。早稲田大学文化構想学部卒業後、株式会社コルクに漫画編集者として入社。2017年に独立し、猥談系Youtuberとして活動をスタート。18年には日本初の完全会員制「猥談バー」をオープンした(現在は閉店)。24年7月からは「佐伯ポインテ..