「あんたはクールで賢くて美しい」高校最後の一夜、爆走で駆け抜けるふたり。その友情が打ち壊す“思い込み”(石野理子『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』レビュー)
2023年よりソロ活動を開始し、同年8月にバンド・Aooo(アウー)を結成した石野理子。連載「石野理子のシネマ基地」では、かねてより大の映画好きを明かしている彼女が、新旧問わずあらゆる作品について綴る。
第12回は、日本では2020年に公開された青春映画『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』。本作で描かれる、“book smart≒ガリ勉”のコンビ・モリーとエイミーが爆走で駆け抜ける高校最後の一夜に、羨望の思いを寄せるという石野。その背景にある、自身の学生時代を取り巻く「消化不良のわだかまり」、そして願いとは。
※本稿には、作品の内容および結末・物語の核心が含まれています。未鑑賞の方はご注意ください
外の世界への衝動
深夜、ふとした瞬間に、今いる静かな空間から喧騒と光に満ちた街へと飛び出したい衝動に駆られることがある。これは、自分の知る「私」ではない、どこか自由で大胆な「もうひとりの私」に出会いたい、知らない世界に触れたいという、抑えがたい願望だ。
しかし、結局私は内向的な自分を飛び越える勇気を持てない。そして、こんな時間に衝動を分かち合えるほど親密な人も、すぐには見当たらない。そうして、そんな感情を押し込み、家でスクリーンの中に流れる他人の冒険を、朝方まで静かに見つめる。私にとって映画を観る時間は、外の世界への衝動を安全に消化し、心を鎮めるための鎮静剤としての役割も果たす。
心の中に渦巻く「羽目を外したい」「はっちゃけてみたい」という強い願望。
しかし、それは普段の自分を律する「私はそういう人間ではない」という自己規定に背いてしまう。自分で設けた固定観念の檻の中で、簡単には叶わない冒険の楽しさを想像する。それが私の日常であり、多くの人が経験する、自己と願望の間の埋めがたい溝ではないだろうか。
私たちが遠ざけていた楽しみとは
そんな内向的な私に、溝を飛び越える勇気を与えてくれるのが『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』である。

主人公は、成績優秀で生徒会長を務めるモリーと、彼女の唯一の親友であるエイミー。ふたりはマジメで優等生であることを誇りに、高校生活のすべてを勉学に費やしていた。しかし、卒業を目前に控えた前日、自分たちが「遊んでばかりいる」と見下していたクラスメイトたちが、実は自分たちと同じかそれ以上に優秀な大学や大企業への進路を、華やかな遊びの合間に手に入れていたことを知り、愕然とする。真面目に生きた時間への強烈な後悔と、その反動で、ふたりは一夜で青春の空白を取り戻そうと決意するのだが……。
モリーとエイミーがみせる一連の感情の爆発に、私は強く共感した。
私自身、学生時代、彼女たちほどではないにせよ、勉強にはマジメに取り組んでいた。しかし、学業への取り組み以上に強く共鳴したのは、いわゆる「陽キャ」なコミュニティ、すなわちスクールカーストの上位にいる存在に対して、どこか斜に構え、その楽しみを自ら遠ざけていたという点だ。
私の心には、学生時代の過ごし方、特に友人との関わり方や放課後の時間の使い方について、常に後悔の念が巣食っている。何をどうしていれば心から満足する学生時代を送れたのかは、今となってはわからない。だが、消化不良のわだかまりが残っているのは確かだ。
だから、同級生から「勉強以外も楽しんでただけ」と聞かされたモリーが、「勉強以外の楽しみを捨てたなんてバカだった」「自分らは退屈だと思われてる」と愕然として、後悔の念を募らせるシーンは、私にも強く迫るものがあった。そして、私もモリーと同じように、理不尽に感じられる事実に発狂したくなるだろうと感じた。
彼女たちの友情が打ち壊すもの
しかし、私とは違い、モリーは勇敢だった。彼女は、一夜の間に、高校生活のすべてを取り戻そうと決意したのだ。派手に着飾り、校則も自己規定も破り捨て、行ったこともない騒がしいパーティーへと、エイミーを巻き込んで飛び込んでいく。ふたりが目指すのは、みんなが集まる学年で一番の人気者、ニックの開く卒業パーティーだ。
だが、物事は思い通りに進まない。意図せず、同級生である癖者のおぼっちゃまの邸宅パーティーや、奇妙な仮装パーティーに迷い込んでしまうのだ。
その過剰なまでの混乱の中で、彼女たちは、お互いの知らなかった一面を露わにし、自分たちを縛っていた固定観念を崩していく。
相次ぐハプニングと誤解を乗り越え、ようやく目的のニックのパーティーへ辿り着いた彼女たちは、数時間ぶりにクラスの同級生たちと再会する。そこで彼女たちは、真面目一辺倒で見下していた同級生たちの、意外な夢や悩みに触れ、彼らの多面性を知っていく。
物語が核心に迫るのは、パーティーの最中、些細なことでモリーとエイミーが大喧嘩をしてしまうシーンだ。感情のぶつかり合いを経て、モリーは同級生から、本質を突くひと言を打ち明けられる。「君とエイミーは幸せだね。同じ情熱を分かち合える仲間がほしい」
この台詞は、モリーとエイミーの友情が、いかに得難く理想的なものであるかを浮き彫りにしていた。
モリーが自分を卑下すれば、エイミーは「あんたはクールで賢くて美しい。学校一どころか、地球一ね」と叱咤激励する。その逆も然りだ。支え合い、褒め合い、尊敬し合う彼女たちの関係を見ていると、微笑ましく、心が洗われるような気持ちになった。
そう。この作品は、青春コメディでありながら、最高に潔いバディものでもあるのだ。
こんな刺激的な体験ができたら、こんな親友がいたら。憧れを抱かされると同時に、この作品は、自分自身に対する「思い込み」を裏切ってみるのも、案外悪くないのだと教えてくれる。
幸いにも、私は大学で運命的な出会いをした友達がいる。いわゆる「大学デビュー」という華々しいものではなかったが、彼女といると、私の心の中の「はっちゃけてみたい」という楽しい衝動の波に、素直に乗れる気がする。これまでなら逡巡していたことでも、「この子とならできること、楽しめることがある」「一緒なら羽目を外してもいいかもしれない」と思える瞬間が何度もあるのだ。まさに、モリーの同級生がうらやんだ「同じ熱量を分かち合えている」という感覚に近いかもしれない。
学生時代の影と、友情のきらめきが交錯するこの物語は、大胆不敵な彼女たちの姿を通して、観る者をも内側から気持ちよく解放してくれる。
冒頭、私は「深夜の街へ繰り出したい衝動を分かち合える友達は見当たらない」と書いたが、それは私の思い込みに過ぎないかもしれない。作品を観直し、この文章を綴りながら、今度そんな衝動に駆られたら、彼女に連絡してみようと思った。
友人の顔が恋しくなったとき、学生時代を思い出したとき、あるいは、私のように街へ繰り出してはっちゃけてみたいと願う夜には、ぜひこの『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』を観てみてください。きっと、心に小さな冒険の灯をともしてくれるでしょう。
『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』を各配信サイトでチェック!
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