「お笑い賞レース増えすぎ問題」の中で革命を起こした『MXグランプリ』とは?奥森皐月が絶賛する“点数にならないおもしろさ”

文=奥森皐月 編集=高橋千里


年間100本以上のお笑いライブに足を運び、週20本以上の芸人ラジオを聴く、21歳・タレントの奥森皐月

今回は「お笑い賞レース増えすぎ問題」を切り口に、TOKYO MXが開局30周年を記念して立ち上げた『MXグランプリ~異端芸人決定戦~』を取り上げる。

賞レースが増えて“点数にならないおもしろさ”が減っている

日頃お笑いをよく観る層の中では「お笑い賞レース増えすぎ問題」が近年囁かれている。

定番の『M-1グランプリ』や『キングオブコント』や『R-1グランプリ』に加え、『THE W』や『THE SECOND』、さらに今年からは『ダブルインパクト』が始まった。全国放送の賞レースだけで6つある。

それに加え、『ABCお笑いグランプリ』などのローカル放送のもの、『UNDER5 AWARD』や『UNDER 25 OWARAI CHAMPIONSHIP』などデビューしたての若手芸人さんが戦うもの、『マイナビ Laughter Night』のようなラジオが主催のもの、『水曜日のダウンタウン』内の「30-1グランプリ」のようなテレビ番組内の企画のものなど、数え始めたらキリがない。

まさに賞レース戦国時代だが、一方で私はとある問題に気づいていた。それは、点数にならないおもしろさを観られる番組がみるみるうちに減っているということだ。

錦鯉が『M-1グランプリ』で優勝したのち、しばらく「地下芸人」という枠がテレビでも取り扱われていた覚えがある。

しかしながら、いつの間にかいわゆる「地下」と「地上」には分厚い隔たりが作られたようだ。最近はテレビで地下芸人と呼ばれる人たちを見る機会がめっきり減っている。

ディープな芸人さんが多数出演していた『有田ジェネレーション』の地上波放送が2021年に終了し、『爆笑問題&霜降り明星のシンパイ賞!!』が終わってからは芸人ニュースも知ることができず、今年に入って『千鳥のクセスゴ!』も終わってしまった。『あらびき団』の放送は年に1回スペシャルが放送されるかどうかという状況。

「ヤバいお笑いが観たいなら黙って劇場に行け」と言われている気分だ。たしかにそのとおりではある。

ただ、賞レースの決勝で高いレベルのネタがしのぎを削る激闘を繰り広げているのを見ると、おもしろいと感じる反面「お笑いはもっともっと自由なはずだけどなぁ……」と感じてしまう。

「ネタ」と「それ以外のすべて」で競う『MXグランプリ』

そのさなか、とある革命が起きようとしている。否、すでにその革命は起き始めている。

2025年4月、TOKYO MXが開局30周年を記念して、ある新しいコンテストを立ち上げた。その名も『MXグランプリ~異端芸人決定戦~』である。

「また新しい賞レースか」と早まってはいけない。この大会は、芸人仲間や事務所が“枠にとらわれておらずカタヤブリ”と推薦した芸人さんが、「ネタ」と「それ以外のすべて」で競うというものだ。

つまり、ほかの賞レースと違って自薦でのエントリーはできず、他薦のみで候補者が集められる。そしてネタだけではなく「トーク力」「ギャグ」「お笑い瞬発力」「人間性」「生き様」などが審査対象となるのだ。

お笑い界、ひいては世の中が数値化・言語化の方面に進んでいるのに、この大会は「数字にも言葉にもできないけど“なんかおもしろい”」という感情をすくい上げている。これは革命だ。

メインMCはケンドーコバヤシさん、審査員長はハリウッドザコシショウさんという盤石の布陣。審査員は毎回少しずつ変わるが、野性爆弾くっきー!さんやFUJIWARA藤本(敏史)さん、チュートリアル徳井(義実)さん、ふかわりょうさんなど、とにかく豪華。審査員にこれだけのメンバーが集まっているというのが、この番組の大きな魅力である。

大会は4月から7月まで毎月予選が放送され、勝ち上がったメンバーが9月の決勝戦で戦うという流れだ。つまり予選がすでに4回放送されているわけだが、これが近年観たお笑い番組の中でも圧倒的な衝撃とおもしろさなのだ。

この番組を観て、笑いすぎて涙が出たことが何度もある。お腹もよじれまくっている。

【4月予選】大会自体が型破り!初見・池城どんぐしの衝撃

決勝大会が来月に迫った今、当日をより楽しむためにも4カ月の激戦を振り返りたい。

予選結果について触れるので、まだ本編を視聴しておらずネタバレを避けたい場合はTVerで配信中の4本を観ることをおすすめする。結果を知ったとて、本編の衝撃の大きさに変わりはないとも思うが。

初回となった4月の予選大会。くじゃくだん、安原カラス、ボンボンハウス、フロントライン、池城どんぐしの5組が出場した。これまでもこれからもテレビで観られなさそうなラインナップだと思う。

出場者はもちろん、MCも審査員も誰もが手探りな状態でスタート。見るからに低予算のセットは、出場者のイスが箱馬だったり、隅にゴミが落ちたままだったりと、ツッコミどころ満載だ。

審査員からも「机がない」「電光掲示板はないのか」「審査員席が野ざらし」「審査員の膝が見えることはない」と不満が止まらない。

ところがこの大会は優勝すると賞金100万円が獲得できる。ケンドーコバヤシさんは「MXの100万円は『M-1』の1000万円より高い」と話す。

また、MXの人気番組に出演できる権利も贈られるそうだ。くっきー!さんが「『5時に夢中!』しか知らない」と言っていて笑った。優勝したらいったい何本の番組に出演できるのであろうか。

ここでひとつ、衝撃の事実が発覚する。それは、9月に開催される決勝大会に何組出場するかが決まっていないということだ。

「全員決勝に進んでフェスになる可能性もある」というスタイルで、出場者よりも大会自体が型破りなことが窺えた。

審査方法は、予選出場者5組がそれぞれ3分のネタを披露し、各審査員100点満点の合計400点満点で採点をしていく。ネタが終わったのち、フリータイム審査がスタート。『M-1』や『キングオブコント』では審査外となるいわゆる“平場”も審査対象になるのだ。

「『MXグランプリ』は点数じゃ測れない魅力を重視」というテロップが出たときに、こんな賞レースを待ち望んでいた、と胸が高鳴った。

いざ出場者のネタの披露が始まると、なんとなく想像していた展開が現実となった。テレビ向けのネタは基本存在せず、劇場の空気が自分の部屋に流れ込んでくるような感覚。

普段のメディアでは見られないようなお笑いに、ザコシショウさん、くっきー!さん、マヂカルラブリーの野田(クリスタル)さん村上さんが口々にガヤを入れる。審査員4人分のワイプが常に出ていて、リアクションがすべてリアルタイムで見えるのがおもしろい。

そしてネタには100点満点の点数がつけられるのだが、審査基準が一切定まっていないため、同じネタに対して98点をつける人と8点をつける人が同時に発生する、ということがザラにある。

シンプルにネタの完成度で評価することもあれば、『MXグランプリ』にふさわしいかという観点での評価もある。全体的に審査員の採点の幅は大きく、1桁代から100点までつけるため、合計点もめちゃくちゃだ。

ちなみに、点数は各審査員が手元のホワイトボードに書き、合計点はディレクターが暗算で導き出している。あまりにも手作り。

4月ラウンドの出場者で一番存在感を放ったのが、松竹芸能のピン芸人・池城どんぐしさんだ。恥ずかしながらこの大会で知るまでは存じ上げず、前知識0で見ることとなった。

かわいい11歳と12カ月の女の子「いけあず」というキャラクターのネタを披露していたが、これが本当にすごかった。ここ数年で見たネタの中でも一番の衝撃。

おじさんが若い女の子のキャラを演じているという違和感を優に超える、意味不明なフレーズが連続するネタ。ストーリーや構成があることはわかるのだが、一つひとつを噛み砕けないまま次々展開していく。

「大丈夫ではないものを観ているのかもしれない」「これはどっちなのだろうか」という不安感、緊張感をここまでダイレクトにテレビで感じたのは初めてだった。『R-1グランプリ』1回戦を観に行ったときのような“すごみ”がある。

それでいて、進めば進むほどおもしろく感じてきて笑ってしまう。脳では理解できていないのに細胞が反応してしまうような感覚だった。お笑いが好きな人であれば、これだけは絶対に見てほしいと薦めたい。初めての気持ちになって感動した。

実際、くっきー!さんは100点、ザコシショウさんも99点と高評価。その後のフリー審査でも新たな一面を披露し、「絡みも最高」「なんで売れてないんだ」と審査員から絶賛の声が上がる。平場の部分で天才的なやりとりを繰り出し、見事決勝に勝ち上がった。

この放送を観た直後、なぜここまですごい芸人さんを今まで知らなかったのだろうと思い、すぐさま池城どんぐしさんのSNSをフォロー。

直近で観に行けるライブの告知はないだろうかと投稿を見ると、ライブの告知等は一切なく、パック寿司の写真を時々投稿しているだけだった。

2025年4月から1年分ほど投稿を遡ったが、告知らしい投稿はひとつも見つけられなかった。知らなかったことは不思議ではなかったと少し安心した。

【5月予選】笑いの神が降りた橋本メイデンのネタ

5月ラウンドの予選にはムラムラタムラ、ちぇく田、はまこ・テラこ、マウンテンブック、橋山メイデンの5組が出場。審査員はザコシショウさんとくっきー!さんのほかに、新たにとろサーモン久保田(かずのぶ)さんとオズワルド伊藤(俊介)さんが加わった。

「異端芸人」の肩書きに、ムラムラタムラさんやちぇく田さんはかなりマッチしそうだと思っていたが、この月に大きな爪痕を残したのは、最後に登場した橋山メイデンさんだった。

各芸人さんのネタ披露前には紹介VTRが流れる。そこには推薦人の芸人さんやマネージャーさんのコメントが差し込まれることも多く、橋山メイデンさんのVTRではインポッシブルのおふたりがコメントをしていた。

「単独が全然おもしろくなかった」「食器棚にアダルトグッズを置いていた」「伝説が生まれそう」というショッキングなエピソードが短い時間で話されていて、期待が高まると同時にハードルが上がりすぎではないだろうかとも思った。

ところが、その不安は杞憂に終わる。結果的に橋山メイデンさんは審査員全員から100点をもらい、400点満点で文句なしの勝利を収めた。

ただ、その勝利は思わぬ事態の連続で舞い降りてきたもの。コントベースの体を張る系のネタなのだが、信じられないアクシデントの連発にスタジオは爆発的な笑いに包まれる。

審査員は全員立ち上がるし、爆笑の中、ネタは強制終了となる。笑いの神が降りるとは本当にこのこと。私もテレビを観ながら涙を流して笑った。

ケンコバさんが「待て、おもろすぎる」「生放送キー局ゴールデンだったら天下獲った」「ジェラシーすら感じる」「何回神を降ろすんだ」と、これでもかと賞賛のコメントをしていたのがよかった。

百聞は一見に如かずとはこのことで、何が起こったのかはぜひ本物を観ていただきたい。番組の最後の最後まで神がかっていて、「今日で終わっていいと思ってるのか」と言われていた。決勝でどうなるのかが楽しみで仕方ない。

【6月予選】虹の黄昏は「このグランプリに当てはまっていた」

6月ラウンドの出場者は、サドドド、ジャジャジャジャーン、プーケットマーケット、ユビッジャ・ポポポー、虹の黄昏の5組。早くも「『MXグランプリ』らしさ」が確立されていると感じる。

審査員席には新たに、FUJIWARA藤本さん、チュートリアル徳井さん、ふかわりょうさんが並ぶ。出場者の地下ライブ感と、審査員の豪華さのコントラストがすごい。

この回ではトップバッターのサドドドが400点満点で61点という、信じられない点数を叩き出すところから始まる。「声が出ていない」「ゴールデンタイムに向かない」という案外真っ当な理由で低い点をつけられてしまっていた。

『MXグランプリ』は本命と思われた組が案外負けてしまうケースが多かったが、虹の黄昏はストレートに実力を発揮し、サドドドより308点高い369点を獲得。

ザコシショウさんの「昔から知っていて、どのコンテストにも合っていなかったが、今日このグランプリには当てはまっていた」という愛のあるコメントが素敵だった。

点数のバラつきは大きいが、基本的に審査員のコメントは優しく、全出場者を正面から受け止めているような安心感がある。虹の黄昏を「決勝」という場所で見られるのは純粋にワクワクする。

【7月予選】“元・はなしょー”承子クラーケンの傍若無人ぶり

予選ラウンド最後となった7月は、ふとっちょ☆カウボーイ、ケビン、承子クラーケン、高田柾希、TEAM近藤の5組が出場した。

予選最終回にしてまさかの全組ピン芸人。この回ではウエストランド井口(浩之)さんが新たな審査員として加わった。

出演者も視聴者の私も『MXグランプリ』に慣れてきたところで、井口さんが新鮮にすべてを指摘していくのがおもしろい。出場者がいっせいに出てくることや、出場者がいきなり大暴れすることが「異常事態」だと改めて認識した。

この日はダンサー芸人のケビンさんが予選史上最低点の60点を記録するも、すぐにフリータイム審査がスタート。

「フジモンさんとおもしろダンスがやりたい」ということでダンスが始まるが、スタジオのリアクションは薄く、MCと審査員一同で無視をしてしまう。このような場面で「誰も救わない」という珍しい展開がやけにおもしろかった。

出場者のひとりである承子クラーケンさんとは、もともとワタナベエンターテインメントに所属していたコンビ「はなしょー」のしょうこさん。『ワタナベお笑いNo.1決定戦』で優勝、『THE W』では準優勝と順調に見えたが、2022年に惜しまれながら解散した。

学生服を着たコントの印象が強かったが、解散後ピンになったしょうこさんは急変。女子プロレスラーのようなビジュアルでお笑いソルジャーを名乗る「承子クラーケン」になった。

井口さんやザコシショウさんは“元・はなしょー”と知っていて、藤本さんやくっきー!さんは気づいていないという状況の中、はなしょー時代からは想像もつかない顔芸とコンプラギリギリアウトのネタにどよめく一同。

フリータイムでは、審査員も巻き込んで大喜利をするという傍若無人ぶり。それでも最高得点を獲得し、見事決勝へ進出した。

このメンバーが生放送…本当に大丈夫なのか?

4カ月かけて池城どんぐし、橋山メイデン、虹の黄昏、承子クラーケンという4組の決勝進出者が決定。

ちなみに各回で次点も決めており、どうやらこのメンバーも決勝の放送に出演するようなので、ボンボンハウス、ムラムラタムラ、ちぇく田、ユビッジャ・ポポポー、ふとっちょ☆カウボーイ、高田柾希も見られるようだ。

10組中8組がピン芸人という事実が信じられない。ほかの賞レースで、ピンやコンビなどの人数の規定がない大会では、大抵1割から2割程度しかピンの芸人さんは勝ち上がれない印象だった。この名前の並びを見ているだけで興奮する。

決勝大会はなんと、9月6日(土)夜7時からTOKYO MXにて2時間生放送とのこと。このメンバーが生放送。本当に大丈夫なのだろうか。怖さとおもしろさは隣り合わせ。ドキドキが止まらない。

私にとって夢のような番組が、いよいよ決勝戦を迎えようとしている。楽しみに思うと同時に、終わってしまうという寂しさもすでに感じている。

叶うのであれば今後も続いてほしいし、12カ月連続の予選の末の決勝戦なども観てみたい。むしろ一生予選を観ているだけでもいい。

とにかく9月6日に重大な事件が起こることなく、今後も続いてくれるといいなと思う。

しかし、重大な事件が起こってしまってもう二度と観られないのも「『MXグランプリ』らしい」と言えるのかもしれない。点数でつけられないおもしろさの頂上決戦、お見逃しなく。

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奥森皐月

(おくもり・さつき)女優・タレント。2004年生まれ、東京都出身。3歳で芸能界入り。『おはスタ』(テレビ東京)の「おはガール」、『りぼん』(集英社)の「りぼんガール」としても活動していた。現在は『にほんごであそぼ』(Eテレ)にレギュラー出演中。多彩な趣味の中でも特にお笑いを偏愛し、毎月150本のネタ..

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