笑顔は希望か、それとも呪いか?漫画『スマイリー』が描く“信念の行方”|作者・服部未定インタビュー

2025.6.13

文=折田侑駿 編集=田島太陽


笑顔は、自由であってこそ“希望”と呼べるのかもしれない。

『スマイリー』(日本文芸社)は、「笑顔によって人は幸せになれる」という教義を掲げる新興宗教「心笑会」を舞台に、笑顔を強制される人々と、その人間関係を描いた物語だ。作者・服部未定が本作を描いたきっかけは、幼少期から抱えていた「他者の表情への違和感」と、“宗教2世”との出会いだった。

なぜ笑顔が怖かったのか? なぜ描く対象が宗教だったのか? 「笑顔が押しつけられるものだった」という原体験に始まり、家族との関係、自身の幼少期の記憶、そして“顔色を読む”ことを強いられてきた人生につながっていく。

キャラクター造形の背景、現実とのリンク、そして本作が“宗教マンガ”ではなく“人間ドラマ”であることを本人が語る。

『スマイリー』 (服部未定/日本文芸社)
娘を亡くし、妻にも見捨てられたライター・鴨目。人生のどん底で出会ったのは「笑顔」を教義とする宗教団体「心笑会」だった。コミックス11巻で完結し、実写映像化も発表された。著者の服部未定(はっとり・みてい)は年齢や素性を非公開にしており、『スマイリー』が初連載作となる

服部未定『スマイリー』(日本文芸社)1巻
服部未定『スマイリー』(日本文芸社)1巻

※この記事は『クイック・ジャパン』vol.178に掲載されたインタビューのロングバージョンとなります。

幼いころの恐怖心「ずっとビクビクしていた」

服部未定『スマイリー』(日本文芸社)1巻1話より
ある日、主人公・鴨目のもとに“団体”への勧誘がやってくる/服部未定『スマイリー』(日本文芸社)1巻1話より

本作を描くきっかけになったのは、とある女性との出会いです。彼女はアルバイト先の気になる存在で、話しているうちに“宗教2世”だということが分かりました。あるとき僕のほうから食事に誘ったところ、宗教上の理由で断られてしまって。

それから宗教に関する話を聞いていくうちに僕も興味を持ち始めたというか、宗教というものを意識するようになっていったんです。それまで宗教とはほとんど無縁でしたから。

そうですね。僕はマンガや映画が大好きなのですが、彼女は親御さんの言いつけで、幼いころから娯楽に触れることを完全に禁止されていたそうです。

だから彼女と話す内容は、自然と宗教にまつわるものになる。でもあるときに彼女が、実は隠れてYouTubeを観ていることを明かしてくれました。隠れてしか観れないわけです。

それでも彼女としては親御さんを大切に想っているから、決して離れることはできない。これは宗教の問題というよりも、家族関係の問題じゃないのかと気がつきました。

はい。それから本作は、僕自身が他人に対して抱く違和感のようなものが基点になっています。うちの親もかなり厳しくて、幼いころの僕にとっては怖い存在でした。自宅ではつねに怒っている親だったんです。

でも周囲の人々はそんな親のことを「優しいね」と言うし、家の中と外ではまるで別人のように顔が違う。そのことに気がついた僕の中で生まれた気持ち悪さみたいなものがずっと残っていて。

この気づきから、他人の表情をすごく意識するようになりましたね。みんないろんな表情を使い分けているのだなと。

それからというもの、とにかく他人の顔色を気にするようになりました。思えば、子供のころはずっとビクビクしていた気がします。

笑顔って基本的に良いものであるはずなのに、怖いもの、気持ち悪いものだという認識が僕の中にはあったんです。自分の中に芽生えた感覚が、意識的にも無意識的にも『スマイリー』には反映されていると思います。

それに本作は新興宗教をモチーフにしてはいますが、もっとも描きたかったのは人間ドラマです。読者の方の中には、“家族の物語”や“親子のお話”と捉えている人も多いようですね。

「他人の顔色ばかりうかがってきた」表情にこだわる原点

“団体”の集会に参加した鴨目。そこには、ひたすら笑い続ける信者たちが集っていた/服部未定『スマイリー』(日本文芸社)1巻1話より
“団体”の集会に参加した鴨目。そこには、ひたすら笑い続ける信者たちが集っていた/服部未定『スマイリー』(日本文芸社)1巻1話より

キャラクターの表情に関してはかなりこだわっているので、すごくうれしいです。

本作を描くうえで意識していたのは、実は映画などの絵コンテなんですよ。いろんな方から「シンプルに描いている」と言われるのですが、それは絵コンテのようなつくりだからなのかもしれません。

セリフはできるだけ削ぎ落として、各コマごとの登場人物の表情で語っていく。これが僕のスタイルというか、純粋に好みなんですよね。あまりセリフで説明したくないですし、マンガはリアクションこそが重要だと考えています。

ドラマの『半沢直樹』や『下町ロケット』(共にTBS)あたりですかね。どちらも画づくりとして顔のアップが多くて、表情で語っていく作品じゃないですか。個人的にすごく好きなんです。今思えば、参考にしているかもしれません。

そうなんです(笑)。セリフももちろん大切ですが、やっぱり表情で語っていく作品に惹かれますね。他人の顔色ばかりうかがってきた自分だからこその視点なのかもしれません。いまではこれが自分の特色というか、強みのようなものになっています。

純粋な笑顔のようで、何か見下すようでもある、意味ありげな表情を見せる鴨目/服部未定『スマイリー』(日本文芸社)3巻29話より
純粋な笑顔のようで、何か見下すようでもある、意味ありげな表情を見せる鴨目/服部未定『スマイリー』(日本文芸社)3巻29話より

登場人物たちに関しても、そうかもしれません。「心笑会」のトップに立つ笑嫣(しょうえん)というキャラクターは、他者を支配しようとする存在です。あれはほとんど無自覚のうちに、僕の兄をモデルにしていた気がします。

うちは親だけでなく、兄も僕に対して異常なほど厳しかったんです。ずっと上司と部下のような関係で、ほんの数年前まで敬語を使っていたほどです。

兄には幼少期から虐げられてきたので、「この人には逆らえない」といつも怯えていましたし、自分は弱い人間なのだと刷り込まれていた。一種の洗脳状態にあったと思います。

信仰と物語の境界線、「心笑会」が描く現代のリアル

たしかに、そういった言葉をいただきますね。「LINEマンガ」ではコメントを見ることができるので、当事者の方の声などはすべてチェックしていました。

新興宗教をモチーフにすることへの恐怖心はもちろんありましたし、波紋を呼ぶ作品だと自覚もしていました。でもいまのところ苦情のようなものは届いていません。正直なところある程度は覚悟していたので、僕も担当の編集さんも、ちょっと驚きました。

うまく言葉にするのが難しいのですが、あの事件によって、この作品に関心を持ってくださる方が増えたのは事実です。ただやはり人が亡くなっているので、非常に複雑な心境でした。

「心笑会」に入信した鴨目は、その異常性を目撃し……/服部未定『スマイリー』(日本文芸社)2巻18話より
「心笑会」に入信した鴨目は、その異常性を目撃し……/服部未定『スマイリー』(日本文芸社)2巻18話より

それはないと思います。あのような事件が現実世界で起きてしまったからこそ、あまり意識しないようにしていたので。

意識してしまうと、事件をなぞることになってしまいかねない。事件の容疑者のことを調べ始めてしまったら、登場人物に影響してしまうとも考えていました。連載開始時の構想を崩さないように、事件とはできるだけ距離を取っていましたね。宗教をモチーフにした他の作品との関係においてもそうです。

それぞれのキャラクターの心の動きやバックグラウンドを丁寧に描こうと心がけていました。基本的に「心笑会」は支配的な存在です。でも、最悪なだけにはしたくなかった。

宗教を拠り所にしている方たちは実際にいるわけで、そこであの人々は幸せを感じている。血の繋がり以上の特別な繋がりがあったりもする。そのことをきちんと描かなければならないと思っていました。「心笑会」の信者たちのことを身近な存在として、ずっと考えていましたね。

笑顔ってよいものであるはずなのに、同時に気持ち悪いものでもあるとお話ししましたが、なぜ気持ち悪いのかというと、社会や他者との関係性の中で、それが押しつけられたものだったりするからです。

この“押しつけ”を描きたかった。いくらポジティブなものでも、押しつけられたとたんに、よいものではなくなる。宗教を描くうえで経典は欠かせません。

そこでどのようなものにしようかと考えたときに、笑顔を強いるようなものが生まれました。「心笑会」は強い言葉で、信者に笑顔を強要するんです。

そうなんですよね。繰り返しになりますが、押しつけられると気持ち悪いものになるだけで、笑顔って基本的によいものですから。他人の表情をうかがうことなく、自然と笑顔になれたらいいですよね。

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折田侑駿

(おりた・ゆうしゅん)文筆家。1990年生まれ。主な守備範囲は、映画、演劇、俳優、文学、服飾、酒場など。映画の劇場パンフレットなどに多数寄稿。映画トーク番組『活弁シネマ倶楽部』ではMCを務めている。

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