小林私「聴き手の反応はなくてもいい」“ログを残す”ための曲作り【4thアルバム『中点を臨む』】
人見知りでありながら、寂しがり屋。その上、息を吐くように嘘をつく。気鋭のシンガーソングライター・小林私は、極めて歪で矛盾ばかりで生々しい。でも、だからこそ、快楽的正義感にあふれる世の中で、異彩を放ち人々を魅了している……のかもしれない。
2024年8月6日に発売された『クイック・ジャパン』vol.173では、小林私のショートインタビューを掲載。QJWebでは、その素性と音楽観をさらに深掘るロングバージョンをお届けする。
目次
音楽へのモチベーションはそんなになかった
──音楽を始めたきっかけから教えていただけますか。
小林私(以下:小林) 嘘のやつでも大丈夫ですか。
──聞いてみましょうか(笑)。
小林 どの嘘にしようかな。赤ちゃんって生まれたときに「おぎゃー」って泣くと思うんですけど、僕はゆずの「夏色」を歌いながら生まれてきたんですよ。“駐車場のネコはアクビをしながら”のハモリパートを。
──ゆずなんですね。
小林 困ったらゆずって言うようにしてて。
──(笑)。現実は、どのような感じでしたか。
小林 小学生のときに、音楽委員会みたいなのに入っていたんです。部活動とは別で、全校集会のようなフォーマルな場で演奏をする委員会。別に「音楽をやろう」ってモチベがあったわけではなく、単純にほかの委員会がめんどくさそうだから入っただけなんですけど、最初に音楽っぽいものをやったのはそこらへん。『ルパン三世』とか『踊る大捜査線』のテーマソングを弾いていたような記憶があります。でも、そこで「音楽が好きだな」って感動することはまったくなかったですね。中学では家庭科部に入っていましたし、高校で軽音部に入ったのも「モテてぇな」と思ったからで。
──軽音部に入った理由は「モテたいから」だったんですね。
小林 部活紹介で軽音部を見たときに、「モテそう! 俺もモテないといけない」と思って。「音楽をやりたい」とかも全然なかったですね。実際に入ってみたらモテないし、「モテないな」って思いながらやってた感じです(笑)。
──どのようなバンドをされていたんですか。
小林 高1のときは、わりとまじめにコピーバンドをしていたんですけど、ベースと一生に一度の大げんかをして、バンドが解散しちゃって。そのときにキーボードやっていたやつが信念なく音楽をやっていたから、僕のふたつ目のバンドにドラムとして入って。それと、ハンドボール部を高1で辞めたやつが暇そうだったから、「音ゲー好きだしいけるっしょ!」と思ってベースに誘って。あとは、僕がボーカルをやらせたいと思っていたやつが別のクラスにいたので、そいつを誘ってコミックバンドを組みました。僕はギターコーラスをやっていましたね。
──なぜコミックバンドだったんですか。
小林 メンバー全員が兼部をしているか、ほかの部活を辞めたかだったので、「これはウケなきゃいけない」と思って。「そんなに演奏のレベルが高くないなら、せめて笑わせないと」って思っていたんです。全員でカツラを被ったり、ボーカルが全身タイツで登場したり。友達にはウケるけど、冷静に考えるとおもしろくないってことを、高校2〜3年生のころはずっとやってました。とりあえずお客さんを呼んで、変なことをして、帰るみたいな(笑)。
校内のライブで「弾き語り、おもろ」
──そこから、なぜご自身で歌うようになったんですか。
小林 もともと歌うのは好きだったんですよ。中学生のときから、よく友達とカラオケに行ってましたし。高2のとき、コミックバンドでWhiteberryの「夏祭り」をコピーすることになったんですけど、エレキギターだと弾きしろがなくて。「コードで弾く感じがいいよね」って話になったので、「じゃあ、エレアコ買うわ!」ってエレアコを買ったんです。それで、エレアコを触り始めたら「ひとりでやんの、おもろい!」ってなって。高2からは、バンドと別で弾き語りでも校内のライブに出始めるようになりました。
──そのころは、どんな曲を弾き語りしていたんですか。
小林 めっちゃ覚えてるのは、阿部真央「ストーカーの唄~3丁目、貴方の家~」。ライブで歌っていたら、観に来てくれたラグビー部が「3丁目!」って合いの手を入れてくれて。謎のコール&レスポンスができ上がってて、それで「弾き語り、おもろ」ってなりました(笑)。
──オリジナル曲は、どのようなきっかけで作り始めましたか。
小林 今はわりと仲がいい先輩で、当時はひとりのリスナーとして好きだった、中原くんっていうシンガーソングライターがいて。Twitterで彼が「中原くんの曲をカバーしよう」みたいな企画をやっていたんです。当時のTwitterは30秒くらいしか動画を載せられなかったので、みんなサビだけとかを載せていたんですけど、「なんかおもしろいことをやらないと」って思って。課題曲の5曲を無理やりつなげて、30秒に収まるようにしました。
今思うと、ただメドレーを作っていただけなんですけど、当時の俺は「めちゃくちゃおもろいやん」みたいな感じで。歌詞とコードとメロディを分解して、もう一回構築する行為だったから「これで曲を作れるんじゃない?」って気づいたんです。リズムがあって、コードがあって、メロディが乗って、歌詞があれば、音楽は最小限の単位で成立するんだって。高校後半の1年半で、ゴミみたいな曲をいっぱい作りました(笑)。
──よくインタビューで答えてらっしゃる「聴きたい音楽がなかったから」ではないんですね。
小林 「この世に俺の聴きたい音楽がなかったから作るしかなかった」って、なんかカッコいいじゃないですか(笑)。一番才能がありそうな理由を言いたくて。「両親が音楽家で、両親の影響で音楽を始めた」っていうのもいいですよね。うちは公務員なので、関係ないですけど(笑)。恐ろしく文化がない家に生まれてしまったので。本とかなかったもんな。『白銀ジャック』と『舟を編む』だけ家にありました。意味わかんなくないですか。ベストセラーだけ買うなよ。
「作ったし置いとくか」“アーカイブを残す”感覚
──オリジナル曲を作り始めるようになり、「誰かに聴いてほしい」という想いも出てきましたか。
小林 「聴いてほしい」はまったくないですね。当時も今も。YouTubeに投稿し始めたのも、当時のTwitterは30秒しか載せられなくて「もったいなくね?」って思ったから。フルコーラスで載せられるところに置いておこうって感じ。
でも、当時のYouTubeなんて無断転載ばっかりでしたからね。あのころは、ちゃんと活動する人はニコニコ動画、片手間にやるやつはYouTubeみたいなイメージがありましたし。単純にデジタルネイティブだから、アーカイブを残しておきたかったんですよね。Twitterにしろ、配信にしろ、動画にしろ、なにかしらログを残しておきたかった。
──となると、現在のアーティスト活動もアーカイブを残している感覚というか。
小林 そうですね。作ったし置いておくか、みたいな。置いておかないと忘れちゃうんで。そのノリで事務所になんの相談もなく、勝手に新曲をYouTubeにアップしたりしてますね(笑)。
──反応も見られますしね。
小林 反応はどっちでもいいんですけど(笑)。何もないよりはあったほうがいいとは思いつつ、何もないならないで。それこそ、最初はなんの反応もない状態で、動画を投稿し続けていたので。あまり気にしてないです。
──信念を感じますね。
小林 それは、ちょっとカッコよすぎちゃう(笑)。おもしろいからやってるだけで、飽きたらやめるだろうし。それこそ、僕は『Pokémon UNITE』がめっちゃ好きなんですけど、サービス開始当初に始めて、途中で「ほんと、おもんないわ」ってなって、半年前くらいから「やっぱ、おもしろくね?」ってなって、今でも続けているんですけど、そういうノリと一緒ですよね。音楽も「もーいっか」ってなったら、たぶんやめるでしょうし、「ちょっとやりたいな」ってなったら、たぶんやるでしょうし。
──楽しいからやっているのであって、「こういうことを伝えたい」といった思想が制作に関わってくることは、あまりないですか。
小林 それとこれとは別って感じですよね。「作っちゃお~!」みたいな感じで作っているので。「作りたーい」「作れた」の繰り返しです。
──その繰り返しで、とうとう4thアルバム『中点を臨む』まで来たと。
小林 間違えましたよね。人生を完全に。
──そうなんですか?
小林 だって、「アルバムって!」って思いません? アルバムなんて、卒業アルバムしか知らないよ。……そんなことないか(笑)。でも、なんか大げさですよね。特に告知もせず、YouTubeにポンって新曲を出して「あざした」みたいな感じでずっとやっているので。
小林私が考える「最高の一日」とは?
──小林さんにとって、最もインスピレーションの根源になる創作物ってなんですか。
小林 曲を書いてる途中で「なんか言葉が出てこないな」と思ったら、とりあえず本を読みますね。適当な小説とかをちょっと開いて、何かしら文字情報を入れて、脳みそを活性化させるのはやる気がする。基本的には小説が多いんですけど、コラムを書くようになってからは、人のコラムやエッセイも読むようになりました。短歌も好きですね。
──小説が好きなのは、なぜですか。
小林 一番おもしろいからってだけですね。人生でやりたいこととか一個もないですから。何もしたくないので。
──そんな人生観で考える、「最高の一日」ってどのようなものになりますか。
小林 友達と遊んで楽しかったのも最高ですし、ほぼ寝ずに3日間くらいかけてアニメ『僕のヒーローアカデミア』を観たのも最高ですし、なんとなくスーパーへ行って作りたいものを買って食うのも最高。「こういうふうにできたらいいな」っていう期待がないから、わりとどう転がっても楽しいというか。
自分に対してもまわりに対しても「ここまでできるはずなのに、なんでできないんだ」みたいなのは、あまりないので。自分の期待と現実のギャップがないから、どうなっても落ち込まないというか。「夕方まで寝ちゃったよ。もう今日は終わりじゃん」みたいな日があっても、そういう日もあるよねって感じなんですよね。
インタビュー動画はYouTubeでも公開中!
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小林私 4thアルバム『中点を臨む』
2024年8月16日発売
<収録曲>
1.空に標結う
2.私小林(Produced by Mega Shinnosuke)
3.秋晴れ
4.落日
5.冷たい酸素
6.スパゲティ
7.加速
8.鱗角関連リンク