笑いの価値観を刷新できるのは、欽ちゃん(78歳)だけである

2020.3.10
萩本欽一

文=神田桂一 編集=田島太陽


現代のお笑いやバラエティ番組におけるあらゆる基礎を築いたのは、萩本欽一であると言われている。ギャグ、素人イジり、観客を入れての番組収録など、70年代から80年代にかけて当時としては革命的なお笑いを数多く生み出し、いつしかそれはスタンダードとなり、今に至るまで受け継がれてきた。

その欽ちゃんが「最後の挑戦」と宣言し取り組んでいることがある。ポップカルチャーに精通するライターの神田桂一が、実際にその現場に足を運び、欽ちゃんが見据える先を考察する。

“視聴率100%男”の最後の挑戦

ここ近年のお笑いに関して、かなり関心を失ってしまっていた。どれも同じように見えてしまっていた。アイドルの顔が識別できないのと同じ現象だ。僕の感性が衰えてしまったのだろうと、もう諦めていた。

しかし、ひょんなことから見ることになった欽ちゃんの公開オーディションで、僕は、今のお笑いの価値観を刷新できるのは欽ちゃんだけではないのかと思えるくらい衝撃を受けた。お笑いで興奮したのは、本当に久しぶりだった。まるでコペルニクス的転回的体験だった。

それは、欽ちゃんのお笑いが、今のお笑いの価値観とはまったく違う方法論とベクトルから攻めていたからだ。

そう思ったきっかけはある日、ライター仲間であり、『田原俊彦論』(青弓社)の著者でもある岡野誠氏から電話がかかってきたこと。

「今度、欽ちゃんの公開オーディションがあるんで行きませんか?」

あの欽ちゃん? 萩本欽一? 公開オーディション? 一瞬なんのことだかわからなかったが、おもしろそうなので、行ってみることにした。ちなみに岡野氏は、何度も観客として参加しているという。

欽ちゃんと言えば、浅草の軽演劇出身。その後、坂上二郎とコント55号を結成、大人気を博した。80年代には、代表的な番組をいくつも持ち、視聴率100%男と呼ばれた、ミスターテレビジョンである。それがいったいなぜ今、公開オーディションを?

「お笑いや演劇の勉強してるとダメなんだよ」

調べてみると、欽ちゃんは80歳を前にして、欽ちゃん最後の挑戦と題して公開オーディションを行い、何かを企んでいるらしかった。岡野氏に聞くと、合格者は7名出るんだそうだ。オーディションに受かったものが実際何をするのかは、書かれていなかった。

会場では、前方にオーディションを受ける人々が集まり、後方は観客が座る。僕らは、観客席に座った。開演後しばらくして欽ちゃん登場。まもなく、あるシチュエーションがオーディション参加者に与えられ、それを演じるたびに欽ちゃんがダメ出しし、正解が出るまで(ほとんど正解が出ることはない)延々と挑戦者たちは繰り返させられる。

「欽ちゃん公開オーディション」の様子

僕が観た回ではずっと「親元に帰省する」シチュエーションで、ここが違う、あれが違うと指導が3時間半続き、欽ちゃんが最後に業を煮やしてお手本を見せた。別の回では、靴下の匂いを嗅ぐシチュエーションで4時間半だったらしい。「なまじっか、お笑いや演劇の勉強してるとダメなんだよなあ。落とすのに時間がかかる」とゲキが飛ぶ。

「近い」「遠い」という言葉もよく口にする。

挑戦者は、すぐに正解にたどり着こうとすると欽ちゃんから「近い」と言われる。あえて、遠回りすることによって、いろんな選択肢を作るという意味だと僕は受け止めた。

「言葉のおもしろさ」ではなく「普通の言葉」で笑わせる

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神田桂一

(かんだ・けいいち)1978年、大阪生まれ。ライター/編集者/総合司会。カルチャーからジャーナリズムの領域まで節操なく執筆。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』シリーズ(宝島社・菊池良と共著)。初の単著(ノンフィクション)をもうすぐ出します。

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