映画『ヤウンペを探せ!』:PR

50歳で「俺なんて」を禁句にした、俳優・池田鉄洋「娘のために、謙遜ではなくポジティブに」

2020.11.20

文=奈々村久生 写真=宮坂恵津子
編集=田島太陽


かつて映画研究会で青春を共にした4人の男たちが、往年のヒロインをめぐってもうひと花咲かせようと、謎ワードを解き明かすべく迷走しまくる映画『ヤウンペを探せ!』。しかしメンバーのひとりであるタロウを演じた池田鉄洋にかかれば、中年男たちの悪あがきも、男の40代の哀愁漂う味わい深い人生ドラマに。

その池田は50代になって「謙遜」を捨てたという。そこには期せずして役者になったバイプレイヤーならではの生き様があった。

40代で苦しんだからこそ、50代で楽になれる

池田鉄洋(いけだ・てつひろ)1970年東京都生まれ。
池田鉄洋(いけだ・てつひろ)1970年生まれ、東京都出身。映画『ヤウンペを探せ!』では、教員試験を万年浪人中のタロウを演じる

――今年で50歳を迎えられましたが、池田さんにとっての40代は、人生の中でどんな季節でしたか?

池田 けっこうしんどい気がしました。キャリア的には中堅どころに差しかかって、若い世代に座を譲らなければならない時期に入ってくるのに、20代や30代のときに持っていた夢にはまだまだ近づけていなくて。自分は全然行けてないじゃないか……!という焦りが相当ありました。

ただ、年上の先輩方からは「50代はいいぞ〜」と聞かされていて、何がいいんだろうと思っていたんですけど、いざ近づいてくると本当にすごくよさそうですね。悪く言えば折り合いをつける、よく言えばそのなかでも叶えられる夢みたいなものが見つかって、無理なく落ち着けるような気がしていて、それも含めて楽しそうだなっていう。

恋愛とかとも無縁になってくるから、そのへんも楽ですよね(笑)。

――恋愛はしんどかったですか?

池田 今となってはそう思いますね、体力使うなあって。実際、体力的にもガクンと落ちちゃったし。でもやっぱり、40代でちゃんともがき苦しんだ経験があるからこそ、50代で楽になれる気がするんです。だから『ヤウンペを探せ!』でのタロウたちも、だいぶしんどい思いをしている時期だと思いますね。

――タロウは冷静に考えるとかなりギリギリの人ですね。

池田 なんかもう、悲しい人ですよね。長年教員試験に落ちつづけて、住む家もないのに、身なりだけはきっちりとしていて。仲間たちと再会するまではちょっとダークサイドというか、人には見せられないぐらいの生活だったと思うんです。一見明るいキャラクターですけど、実は暗い人生を背負っていて、だからこそ「ヤウンペ」探しに起死回生を懸けていたに違いないと。

でもね、私の出演シーンはほとんど雨が降っているんですけど、あれは私の持っている雨男気質が呼んできたものなんですよ。寒いし水浸しだし、撮影もしんどかったんですけど、そのつらさがおもしろかったりするから、それも俺の実力なんだろうなと(笑)。大変であればあるほどおもしろくなってくるキャラクターだと思ったので、あとはもう幸せになるだけだと勝手に信じて演じていました。

「コメディだから」って妥協したら、途端にチープになってしまう

『ヤウンペを探せ!』での池田鉄洋
『ヤウンペを探せ!』での池田鉄洋

――それでも池田さんが演じていると、なぜか悲壮感がなく、むしろおかしみがあります。

池田 あそこまでではないですけど、私も4畳半風呂なしトイレ共同みたいな生活を、35歳ぐらいまでしていましたから。食事もお米を炊いておかずは納豆だけとかでしたけど、そのときに悲壮感はなかったんですよね。

当時はただただ有名な役者になりたいという思いで夢中だった。タロウにも教員になる夢があって、それを諦めていないので、悲壮感がないんでしょうね。それを知っているからできたんだと思います。

――ただのコメディではない?

池田 もし若い俳優さんたちが4人を演じていたら、また違う見え方になったと思うんですけど、4人共これまで生きてきた年月みたいものが体から滲み出ているから、なりたかった自分と現実の自分とのギャップみたいなものがおもしろくも哀しかったりして、深みを感じましたね。

脚本を受け取ったときに、わけのわからないことに一生懸命になっている中年の生き様を通して、それまで生きてきた年月みたいなものが笑えてくる映画なんだろうなと思ったんですよ。そういう作品にキャスティングをしていただけたことがまず光栄で。

それと同時に、お前に中年の悲哀を出せるのか?と挑戦状みたいなものをもらったなと思ったんですけど、やってみたら自然と出てきちゃったんです。自分は薄っぺらいだけじゃなかったんだ、ちゃんと年輪を重ねてこられたんだなあって思えたんですよね。

――これまでの自分の生き方を試されるような。

池田 コメディってこんなもんでしょと妥協したら、途端にチープになっちゃうのはわかっていたので、かなり真剣に取り組まなきゃなと。撮影現場はすごく楽しかったですけど、わちゃわちゃした演技でもまじめにやっていましたね。

共演者のうち松尾(諭)君とは旧知の仲でしたけど、池内(博之)君と宮川(大輔)さんは初めましてだったのに、すぐに4人でチームの雰囲気になれたんです。みんな性格がよかったんですね(笑)。中でも宮川さんが座長のような役割を引き受けてくれて、話術や演技でも率先して空気を作ってくれたのが大きかったと思います。

日本人はひとつの道をコツコツ極める価値観が強い

――40代の男性4人が集まったからこそのノリや力は感じましたか?

池田 私は自分が一歩引いたところから誰かを立てるような役を多く演じてきんですけど、松尾くんも名バイプレイヤーだし、おそらく宮川さんもポジション的に芸人の大先輩たちがいるなかでそういう立ち回りを経験してきたと思うんです。

池内君も自分がグイグイ前に出て目立ってやろうというタイプではないので、全員が集まるシーンでは「ここは誰が出る?」「君が出るんだったら僕サポートするよ」みたいなフォーメーションが、テーブルを囲んで細かく入れ替わっているんですよ。誰かがセリフを言うときには、ほかの誰かがスッと引いたりね。

そういうチームプレーが上手な人たちばかりだったので、それが味わえると思うんですよね。

『ヤウンペを探せ!』での池田鉄洋
『ヤウンペを探せ!』での池田鉄洋

――バイプレイヤーズならではの戦法ですね。

池田 今までの僕は謙遜の人生だったと思うんですよ、一歩引いた役が多かったということも含めて。でもね、5年前に子供が生まれまして、5歳と2歳の娘がいるんですけど、娘の前で謙遜するって本当によくないことなんだと思ったんです。

娘のためにも自分がちゃんと自信を持って生きている様を見せなければならない、大きく変わらなきゃと思って。ちょっとした言葉のチョイスや発し方からポジティブにしていくように意識していたら、精神的にもだんだんいい状態になってきて、必要以上の謙遜なんかいらなかったなって。

私が演じてきた役には、嫌なやつもたくさんいたんですけど、そこに負い目を感じるんじゃなくて、それも含めておもしろいじゃないかと。そういう折り合いはついてきた気がしますね、50歳にしてようやく。とりあえず「私なんて…」「俺なんて…」という言葉は禁句にしました。

とはいえ長年そうやって生きてきたから、娘に「パパかっこいい!」と言われるとつい否定してしまいがちで、自分のすべてを肯定するのは思った以上に難しいものですね(笑)。「そうだよ、パパかっこいいんだよ!」と胸を張って言えるように努力しているところです。

――劇中の「ヤウンペ」とは20年来の宿題みたいなものでもありますが、池田さんにも長年解決せずにもやもやと引っかかっていることはありますか?

池田 実は私はもともと役者をやる気がまったくなかったんです。大学でもまさに映画研究会に入って、シナリオを書いて映画監督になりたいと思っていて。でも当時その映画研究会では、自分のやりたかったコメディを撮るような風潮がなかったので、演劇の道に入って脚本を書こうと思ったら、役者が足りないからと役者をやらされて。

うまくできないなー、次はもうちょっとうまくできるかなーとつづけているうちに、ここまで来たんです。で、ふと考えると、本当はまだ映画を撮りたいんですよね(笑)。俺は映画を撮りたいんだ!と、今改めて宣言しようかなと思っています。でも撮れないんだわ、これがなかなか。

――構想や企画はあるんですか?

池田 今年も『サンダンス・インスティテュート/NHK賞』や『TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM』などのコンペに脚本や企画をたくさん応募したんですけど、全部落ちました。実績がないのにいきなり映画を撮りたいと言ってもね、現実は厳しいですね。

――そこで役者の実績を活かすというのは?

池田 いや、それはかえってマイナスなんです。役者が監督をするというと、どうしてもご褒美的な意味合いだったり、趣味的なイメージがついてしまう。特に日本人はひとつの道をコツコツと極めることをよしとする価値観が強いし、ある意味ではそれも正しいと思うんですけど、要は自分の企画や脚本には制作するに足る説得力がまだ足りていないんだろうなって。

だから簡単なことじゃないぞとわかった上で、それでも粘り強く目指そうかなと。50代になるとかえってどっしりと構えて、焦らなくてもいつか撮れるんじゃない?ぐらいの落ち着きは出てきましたね。

――その気がなかった役者をここまでつづけてきたり、若いころの夢をまだ持ちつづけている、まさに継続の力ですね。

池田 まあ、負けず嫌いな世代なんじゃないでしょうか。私たちは第2次ベビーブームの世代で、演劇の世界だと上には古田新太先輩や生瀬勝久先輩といった先輩方がでんと構えていらっしゃって全然席を譲ってくれないし(笑)、次こそはその席をいただきますと思っていたら、下からの突き上げがすごくて。

あれ、俺たち最前線に行く前に引退になっちゃうんじゃないか……?という焦りがあったんです。けど、そこからもようやく楽になれた感じがしますね。しぶとさでは負けない、その自信はあります……!


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  • 『ヤウンペを探せ!』

    『ヤウンペを探せ!』

    売れない俳優のキンヤ(池内博之)、さえない中華レストラン店長のジュンペイ(宮川大輔)、教員試験を万年浪人中のタロウ(池田鉄洋)、ラブホオーナーのアッキー(松尾諭)は、かつて大学映研の仲間だった。さえない毎日を送っていた4人は、学生時代のいきつけの焼肉屋で、20年前に作った映画のヒロイン・ミサト(蓮佛美沙子)と再会。彼女が欲しがる「ヤウンペ」探しに、奔走することになるが……

    出演:池内博之、宮川大輔、松尾諭、池田鉄洋、蓮佛美沙子
    監督:宮脇亮
    脚本:髙石明彦、渋谷未来
    Ⓒ2019「ヤウンペを探せ!」製作委員会

    11月20日(金)よりシネリーブル池袋ほか全国順次公開

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奈々村久生

(ななむら・ひさお)文筆業。「キネマ旬報」「&M」等にて執筆中。

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