ピン芸人・本日は晴天なりによる連載「バツイチアラフォーの幸せだけじゃない日常」。
ここ数年、苦手だったオシャレをすることをやめたという彼女。まわりからは「ダサい」と言われるが、開き直った今は毎日が楽しいという。なぜ彼女はオシャレをやめたのか、オシャレをやめたことでどんな変化があったのか。アラフォーのオシャレ事情を語る。
なぜ私はダサいのか?
私はオシャレが苦手だ。嫌いという意味ではなく、得意ではないという意味だ。もっと簡単にいうとダサいのである。
事務所の先輩たちからも「そのスニーカー、服と合ってないよ」「メイクと服おかしくない?」「いつもホームレスみたいな格好してるよね」「何そのTシャツ!」などなど、会うたびさんざんな言われようだった。いろんな先輩に別々のタイミングで言われているので、たぶん本当にダサいのだろう。
なぜ私はダサいのか?
今回はその問題と向き合ってみようと思う。
私がダサいのにはちゃんと理由がある。
まず、オシャレは我慢だとよく聞くが、私はとにかくラクな格好が好きだった。アイロンをかけなきゃシワが目立ってしまうようなひと手間がかかる服はもちろん嫌いだ。そもそも千円以上の服はめったに買わないし、三千円以上ともなると3年に1度くらいしか手を出せない。(推しのグッズTシャツなどは除く)
さらに、究極の機能性重視派。三度の飯よりポケットが大好き。500mlのペットボトルや折りたたみ傘までポケットに入れる。もちろんそのぶん、ポケットは不格好にふくれ上がるが、見た目の美しさより便利さを重視してしまう。結果、動きやすくゆったりした安くてポケットがある洋服を着ることになる。
でも、これぐらいなら共感する人も多いだろう。今は安くてかわいいのに、機能性の高い服も多く販売されているのだから。
母親に服を買ってもらう40歳
私がダサい理由。
それは私が40歳の既婚者なのに、母親が買ってきた洋服ばかり着ているからだ。知人には異常だと言われたこともあるが、傷つかなかった。だって、おかしいと自分でもうすうす気づいていたのだから。
中学生のころにお母さんが買ってきた服を着ているとバレてイジられていたクラスメイトがいた。しかし、バレていないだけで実際、中学生でお母さんが買ってきた服を着ている子はけっこういるだろう。
では、40歳は?
親元を離れて暮らしている既婚の40歳はどうだろう?
母が選んでくる服がすべてとびきりダサいわけではないが、めちゃくちゃオシャレかというと、そんなことはない。そもそも母も私に渡す際、「部屋着にしてね」と言って渡してくれるのだから。
ずいぶん昔、「私の洋服は買わなくていいよ!」と伝えたが、親心なのか買い物依存症の言いわけなのか、会うたびに洋服をくれる。ひと夏で3、4枚Tシャツをもらうし、あれもこれもと年間で10着ほどもらっている。そうするとだいたい母からもらった洋服でひと通りそろってしまうので、買う必要がなくなる。
気に入って頻繁に着ているものもあるが、まったく趣味じゃないものもあるし、ブカブカだったりぴちぴちだったり、サイズが絶妙に合わないことも多い。しかし、私もその場で「いらない!」と投げ捨てるほど鬼畜ではないし、SDGsを尊重したいのでむやみに捨てたりもできない。
ということで、私は母からもらった服ばかりを着ている。母が選んだ洋服を着ることくらいしか今できている親孝行はない。果たしてそれも親孝行といえるのかはさておき……。
最近では旦那の服も私のお母さんが買ったものが増えており、収納スペースに入りきらなくなっていた。
まるですべて母のせいみたいになっているが、これだけがダサい理由ではない。
ダサい理由は私の体格にもある。自慢するほどではないが、私はそこそこスタイルがいいほうだ。身長は173cmと高く、細身。そのおごりが私をよりダサくさせている。
私自身がカッコよければ、別に着るものはどうでもいい、と思ってしまう。なので、どんどんオシャレに対して関心がなくなった。
開き直ったら毎日が楽しい
自我が芽生え、思春期を迎え、自分で服を選んだりするようになってから、きっと30年近く経つだろう。
若いころはオシャレになりたかったし、「オシャレだ」と言われたかったし、なによりオシャレをするのも好きだった。高校生のころは、雑誌に掲載されているブランドのお店を探しにラフォーレ原宿や109に行ったり、芸人を始めたころはマルイや伊勢丹で洋服を買ったりしていた。
また、今より10キロ以上太っていたころは、自分自身にコンプレックスを抱いていたので、ブランド物も買っていた。人生で一番太っていたころはアジアンテイストの洋服で個性派を演じ、「あーいう世界観もあるのかもな」と思わせ、オシャレの正解がわからない状況を作っていたし、ボーイッシュな格好をしていたころは女性らしさから逸脱することで、女の格付けから降りてた節もある。
とにかく、まわりの目を気にして、「ダサい」と言われないように必死だった。
しかし、昔から私の中での一番の理想は、他人の目を気にすることなく生きることだった。18歳のころ、東京へ向かう電車の中でふと思ったことなのだが、今でもハッキリと覚えている。そんな理想を抱くぐらいなので、自分は他人によく思われたくて洋服を選んでいたのだろう。
その理想を追い求めた結果、ここ10年ほどは特に洋服に無頓着に。
誰にどう見られようが気にしない。今は絶対的に愛してくれる旦那がいるし、服装や持ち物で判断してくるような視点の持ち主と深い仲になるつもりがないからだ。
オシャレを追求してる人を否定しているわけではなく、それでマウントを取るような人と仲よくできる気がしないだけだ。
着心地を重視する私は居心地の悪さを我慢してまで、まわりの価値観に合わせて生きられない。
ようやく「他人の目を気にせず生きる」という理想の生き方ができるようになった。年を取ることにむちゃくちゃ怯えていた私だが、40代って悪くない。むしろ心地いい。
開き直った今は心がラクだし、毎日がむちゃくちゃ楽しい。
それでも推しの前だけは……
そんなことを言いながら、推しと会うときだけは私でも気合いを入れている。
私にはOWV(オウブ)という推しグループがいる。
コロナ禍にデビューした彼らはオンラインイベントしか開催できていなかったが、最近は実際に推しに会える対面イベントも増えてきた。
この夏、CDの抽選特典でメンバー全員と一緒に写真撮影ができるイベントがあった。
洋服に無頓着な私も、推しと会えるとなったら話は別だ。ダサいと自覚している私が、私服で推しの隣に並ぶ勇気などない。
ましてや、メンバー全員と一緒に写真を撮るなんて、ウェディングフォトみたいなもんだ。せめてドレスぐらい着ないと、対面した瞬間にメンバーのオーラでジリジリと焼かれ、隣に並ぶ前に塵(ちり)にされてしまうだろう……。
応募する前からそんなことを考えていた私は、無事、当選し推したちと写真撮影ができることになったとき、思いきってドレスを購入。しかも結婚式の前撮影で使うような、まあまあ本気のウェディングドレス。推しのためを思うならドレス分、CD買えよとも思ったが……おかげでお姫様になったような写真が撮れた。
他人の目を気にしなくなり、洋服に無関心になった私。
しかし、40年間さまざまな経験をするなかで構築された価値観をいとも簡単にブチ壊し、ドレスを買わせる推しってすごい。
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