「90年代の米国ほど、スリリングでオルタナティヴな季節はなかった」USインディ・シーン激動の10年を550枚で辿った『90年代ディスクガイド』
90年代の北米のオルタナティヴ/インディ・ロックを550枚のアルバムで辿った『90年代ディスクガイド──USオルタナティヴ/インディ・ロック編』(ele-king books)が、9月28日に刊行された。
ボアダムスのEY∃、オウガ・ユー・アスホールの出戸学、ふたりのインタビューも収録された本書を、監修・編集を務めた松村正人と執筆者のひとりである天野龍太郎のコメントと共に紹介する。
90年代的な符牒──ニルヴァーナと裸のラリーズ
「オルタナティヴはあのとき、ここではじまった」
と帯文にあるように、90年代のアメリカからは、グランジ、オルタナ、ポストロック〜音響派に至るまで、非常に多様な音楽が生み出されていた。
『90年代ディスクガイド──USオルタナティヴ/インディ・ロック編』は、そんな10年を「Early 90s 1990-1993 90年代初期」「Mid 90s 1994-1996 90年代中期」「Late 90s 1997-1999 90年代後期」という3つの区分で分け、(例外もありつつ)時系列に紹介したディスクガイドだ。
さらに、ソニック・ユースやジョン・ゾーンと交流があり、ニルヴァーナのライブにもボアダムスとして参加していたEY∃の書簡インタビュー、「90年代の音楽経験のほぼすべては、高校の近所のゲーム屋さんの一角にあったCDコーナーから生まれました」というオウガ・ユー・アスホールの出戸学が自ら選んだ10枚のアルバムと共に90年代の音楽について語ったインタビューも収録されている。
さらにここでは、本書の「前書き」で「90年代という時代とオルタナティブ〜インディなることばのおそるべき多様性を、今回ほど身にしみて感じたことはなかった」と記した監修・編集の松村正人と、QJWebで連載されていた「Roots of 電気グルーヴ 〜俺っちの音故郷〜(仮)」の執筆を担当し、本書でも寄稿者のひとりを務めていた天野龍太郎のコメントを特別にお届けする。
■松村正人コメント
1992年2月17日にチッタ川崎でニルヴァーナの初来日公演を観たきっかり1年後の93年2月17日、裸のラリーズのライブでふたたび同所を訪れたのを90年代的な符牒とみなすのは牽強付会であろうか。本書に携わりながら何度もそのような記憶がフラッシュバックした。むろんディスクガイドは史・資料であり目録であれば、監修にあたり王道は外すまいと留意したが、いまなお古びない音楽の数々に、あれもこれもとよくばるうちに当初の目的を逸脱しそうになった──というと、すでに逸脱しているという声が聞こえてきそうだが、それもまた思い入れの賜物とご容赦いただきたい。
なんとなれば、グランジ、ストーナー、スラッジ、ポストハードコア、ノイズロックといった臨界点への到達を目論む表現から、批評性をおりこんだ形式としてのポストロックや、ドローンや音響などの原理的実験が次々とあらわれた90年代の米国ほど、スリリングでオルタナティヴな季節はなかった。十数年ぶりのまとめ聴きで、そのことを再認識するとともに、少しでも多くの方にこれらの音盤に針を落としていただきたいと考えたしだい。本書がそのきっかけになればさいわいである。
■天野龍太郎コメント
1990年代というのは、ポップ・カルチャーにおいてとても特殊で特別なディケイドだと感じる。それが殊に表れている領域の一つが、この時期に多様化し、拡大した北米のオルタナティヴ・ロックやインディ・ロックだと言える。もちろん、現在のリヴァイヴァルの事情(ポップ・パンク、ライオット・ガール、エモ……)も、いま振り返った時に見えてくるものも関係している。
1989年生まれの後追い世代である私が本書の執筆者の一人として意識したのは、懐古や感傷ではなくて、上に書いたようなことだ。当時の音楽にいま光を当てて、照り返されてくるものを言葉にすること。吹き込まれた瞬間、過去の時間がパックされるレコードという媒体から聴こえてくるものに耳を澄ませること。歴史になった出来事やバンドの物語に分け入って、現在との関係を探ること。2022年のいま特別な10年のオルタナティヴな音楽と出会い、それについて考えるガイドに本書がなればと思う。
『90年代ディスクガイド──USオルタナティヴ/インディ・ロック編』
監修・編集:松村正人
執筆:アート倉持、天井潤之介、天野龍太郎、岩渕亜衣、木津毅、澤田裕介、寺町知秀、村尾泰郎、畠中実、松村正人
発売日:2022年9月28日
発行:Pヴァイン
価格:2,530円(税込)
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