親のための法教育『こども六法の使い方』。「義務を果たさない者に権利はない」って乱暴に言っていませんか?
子供たちを犯罪やいじめから守るためには、大人たちが法的な素養を身につけなければならない。子供に向けて書かれた前作『こども六法』を、大人たちこそ正しく理解し、子供と一緒に使うためのガイドとして『こども六法の使い方』が刊行されました。「なぜ法律を守らなければいけないのか」が大人にも子供にもしっかり伝わります。
大人向けに書かれた解説書
以前、『こども六法』(山崎聡一郎 著/イラスト 伊藤ハムスター/弘文堂)という書籍を取り上げて紹介した。子供向けに法律の知識を優しく解説した本だ。
法律とは何かという基本的なところから、何をしたら法律で罰せられるのか、何をされたら法律や警察が守ってくれるのかというところまで、事細かに取り上げられている。たとえば、むりやりエッチなことをするのは強制わいせつという罪だし、誰かに「死ね」って言うのは自殺関与及び同意殺人という罪にあたる。「いじめ」や「虐待」についても詳しく触れられている。読んでみて、大人でも知らない法律についても簡潔に記されていた。「子供が発するSOSに法的根拠を持たせる」ための本だと言えるだろう。
その続編である『こども六法の使い方』(山崎聡一郎 著/イラスト 伊藤ハムスター/弘文堂)は、子供向けではなく、大人向けに書かれた解説書である。手に取る前は、『こども六法』に書かれている法律の解釈や運用についての本だと思っていたのだが、実際に開いてみると、まったく違うことがわかった。この本は、「なぜ法律を守らなければいけないのか」という疑問について解説している本なのだ。
法教育って何?
執筆の意図について、著者の山崎聡一郎は次のように記している。「法律で禁止されているから○○をしちゃいけない」と教えるのは、最初の一歩としては有効だが、やがて「だったら、バレなければいいんだ」という安易な思考につながってしまう。「いじめ」はバレたら罰せられるが、バレなければ罰せられることはない。だったら、隠してしまおう、と考えてしまうわけだ。
「法律だから守れ」と高いところから頭ごなしに言っても、子供たちの「順法意識(法律を積極的に守ろうとする意識)」は育たない。盗んだバイクで走り出して、校舎の窓ガラスを全部割ってやるのがカッコいいと思ってしまう。だから、「なぜ法律を守らなければいけないのか」という問いに、大人が答えられるようになっておかなければいけないし、それを子供にも身につけてもらっておいたほうがいい。
ここからが本書の主題だ。そこで必要なのは「法教育」なのだと山崎はいう。ここで大人たちはピクッとする。法教育って何? 法律のことさえよく知らないのに!
法律とは、すべての人たちの「安全で快適な生活」を実現するために定められたものだと定義できる。では、法教育とは何かというと、けっして法律の条文を丸暗記するようなものではなく、「安全で快適な生活」を実現するために法律がどのような役割を果たしているか、どのような役割を果たしていかなければいけないか、価値観が多様になった新しい世の中に合わせてどう変えていかなければいけないかなどについて理解し、学ぶことだ。論理的思考力やメディアリテラシーとも密接に関わっている。
「義務を果たさない者に権利はないのか?」
本書では法教育を理解するための、いくつかのエピソードが登場する。興味深かった例として、「義務を果たさない者に権利はないのか?」という章を取り上げてみたい。
「義務を果たさない者に権利はない」と聞いて、そのとおりだと納得する人もいれば、首をかしげてしまう人もいるかもしれない。法教育は、そのあたりを詳しく紐解いてくれる。
まず、日本国憲法には、義務を果たさなくても生まれたときから権利は保障されていると記されている。国民の三大義務として「教育を受けさせる義務」「勤労の義務」「納税の義務」が記されているが、それはそれ。義務を果たしていなくても、生存する権利は保証されている。これが「人権」だ。つまり、「義務を果たさない者に権利はない」という論理は法的に間違っていることになる。義務は果たさなければいけないが、それは権利とは関係ないというのが正しい。
一方、民法をあたれば権利と義務はセットになっている。これを売買契約という。何かを買うときは代金を支払わなければならない。代金を支払うことは「債務(義務)」であり、商品をもらうという「債権(権利)」がセットになっているわけだ。ここでは「義務を果たさない者に権利はない」が成り立っている。
「義務を果たさない者に権利はない」という論理は、この人権と債権が混同して使われていることが非常に多い。ふたつを混同した結果として生まれたのが、昨今の際限のない自己責任論だと山崎は指摘している。悪いことをしたらネットで叩かれても当然、という考え方は、他人に迷惑をかけたら権利がなくなるのは当然、お金を稼げないのだから飢えても当然、という考え方に簡単に拡大していく。しかし、実際には人権は義務などの条件とは関係なく認められているものだし、その人の権利は守られなければならない。そのことを理解するために必要なのが法教育なのだ。
山崎はこのように説いている。「法教育を通じて身につくのは、円滑なコミュニケーションと、お互いの安全で快適な共存を実現する力なのです」。『こども六法』が子供たちを守る盾なら、『こども六法の使い方』は子供が理不尽な8目に遭う世の中を変えていくためのペンとノートだと言えるんじゃないだろうか。
親の世代が法教育を学び、子供たちに伝えることができれば、よりよい世の中を形作ることができるだろう。テレビやネットで報じられる、子供をめぐる痛ましい事件を知ると、その道のりは遥かに遠く感じられる。だけど、その小さな一歩になる一冊だと読みながら感じた。