『ドキュメンタル』神回まとめ。ルール改正で辿り着いた“実験”の醍醐味とは?
人は何を“おもしろい”と感じ、何を観たときに“笑う”のか。そんな根源的な疑問をエンタメに落とし込み、お笑いショーとして成立させた試みが『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル』である。2016年にシーズン1が配信されてからすでに約5年。最新のシーズン9に至るまで、数々の名シーン名場面と爆笑の瞬間を生みつづけてきた。
「コンテンツ全部見東大生」としても人気のお笑い芸人・大島育宙(XXCLUB)が、持ち前の鋭い批評眼で、ネット発の人気番組として定着しつつある『ドキュメンタル』の魅力と楽しみ方を解説。
さらに「最初に観るのに最も適している」と評するシーズン9の見どころをレビューし、過去シーズンの傑作名シーンも紹介する。
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【この記事のもくじ】
・改めて考える『ドキュメンタル』の実験と醍醐味
・「松本人志はどう見たか」という緊張感
・個人戦から団体芸への変質
・制限時間短縮が功を奏したシーズン9
・「攻めたぶんだけ得をするルール」へ
・<シーズン9の見どころ>「かわいがられる」タイプの芸人の戦い方
・大島育宙が選ぶ、過去シーズンの傑作名場面
目次
改めて考える『ドキュメンタル』の実験と醍醐味
第一線で活躍する芸人同士が放送コード完全無視で繰り広げる笑わせ合いバトル『ドキュメンタル』。企画を仕かける松本人志氏と視聴者が共犯関係になって緊張感あふれる戦いを楽しんでいくのがこの番組の大きな特徴だ。
バトルの実況・解説も担う松本氏は頻繁に「笑わせることが好きな奴ほど“ゲラ”だ」と話す。誰よりも「笑い」を求道してきた存在であり、年末の『笑ってはいけない』シリーズ(日本テレビ)を観てもわかるように圧倒的に「ゲラ」である松本氏は、芸人たちの笑わせ合いを観ながら視聴者以上に無邪気に笑う。
『ドキュメンタル』にはクローズドな世界ならではのインモラルな笑いや難解な笑いも多く、もっと言えば「不発の笑い」をおもしろがる複雑な構造さえある。視聴者は時に「ここは笑っていいところなのか?」と戸惑うが、そこで松本氏が笑えば「あ、笑ってもいいんだ」と安心できる。もちろんそれが絶対的な尺度とされているわけではないが、松本氏の生理感覚が視聴者の感覚のナビとして機能している。その上で松本氏が卓越した言語能力で解説を加え、視聴者と視点を共有していくのが実験番組『ドキュメンタル』の醍醐味だ。
「誰が笑うか」だけではない、「松本人志はどう見たか」という緊張感
さらに、私が個人的に『ドキュメンタル』でおもしろいと思うのは、松本氏が「先生」、出場芸人たちが「生徒」に見えてくるという点だ。松本氏が笑わせ合いの部屋にやってくるとき、芸人たちの間に「先生が来るぞ、どうしよう」という緊張感が流れる。
その様子は「怖いんだけど愛されている先生」が教室にやってくる雰囲気にとても似ている。まるで芸人たちが学生時代に戻ったかのように松本氏との関係を楽しんでいる姿にはノスタルジーが漂う。自他が望むと望まざるとにかかわらず後進のお笑い観に絶大な影響を与えてしまった松本氏が部屋に入ってくるとき、ルール上の役割はあくまで「誰が笑ったか」のジャッジだけだが、「今の場面を松本さんはどう見ていたんだろう?」という緊張感も同時に流れているように見えるのだ。
一瞬の空気を何層にも楽しめるのも『ドキュメンタル』ならではのおもしろさと言える。
個人戦から、「神回」にするための団体芸に変質した
基本的には芸人たちが相互に笑わせ合おうとさまざまなネタを繰り出していくが、必ずしも狙いどおりにいかないのも大きな見どころだ。リアクションや芸人同士の威圧、フリ、ボケの応酬の中で失敗やハプニングが起こり、計算外の笑いが生まれる。それをいかに引き出し、制御するかが『ドキュメンタル』で勝ち残る肝だ。
個人で戦うだけでなく、芸人同士の「団体芸」の中で思いも寄らない笑いが生み出されていく。どこまでもアンコントローラブルな笑いにどう立ち向かってコントロールしていくか。それを考えるとき、ルール上は個人戦なのに戦い方は単純な個人戦ではなくなる。
その傾向は回を重ねるごとに顕著になっている。シーズン1のころは、出場者が参加費用の100万円をいかに苦労して集めてきたかをVTRでしっかり描き「個人の勝負」を煽っていたが、最近では参加芸人たちが「この回を“神回”にしたい」とコメントするようになった。
地上波コンテンツに満足できず前のめりにAmazonプライム・ビデオに辿り着いた目の肥えた視聴者に「神回」と言わせるには、スタンドプレーだけでなくチームワークも重要になる。『ドキュメンタル』が、個人技のリアルファイトから団体芸のバラエティに近づいてきている変質も見ものだ。
制限時間短縮が功を奏したシーズン9
現在配信中の最新作、シーズン9は個人的に最も密度が高くおもしろい回になったと思える。
その理由のひとつは、シーズン7とシーズン8の間で、収録されたもののお蔵入りになった幻のシーズンがあったことだ。このお蔵入りがその後に大きな影響を与えたのは間違いない。
リセット後2回目となったシーズン9では、制限時間が6時間から4時間に短縮されるという大きなルール変更があった。
そんなシーズン9は、それぞれの出場芸人たちがこれまで以上に入念な準備をして挑んでいた印象だ。サンシャイン池崎氏、あばれる君氏、チョコレートプラネット長田庄平氏、椿鬼奴氏は初出場だが、おそらく過去の初出場者たちよりもじっくりと旧シーズンを研究した上でゲームや小道具を用意していたと思われる。 彼らの想定が思いどおりに進まないところもおもしろいが、初登場の芸人たちがしっかり対策を練っているので「出たとこ勝負」の泥仕合にならず、見やすい内容になっている。
加えて、千原ジュニア氏、フットボールアワー後藤輝基氏、霜降り明星・粗品氏と、裏回しに定評のあるツッコミ芸人が3人もいたおかげで交通整理も滞らず、カオスな状況もほぼ発生しなかった。また、制限時間が短くなり、より積極的な戦いが求められるようになったため、牽制し合って膠着する時間も激減した。最初から最後まで焦点の絞られた時間が保たれており、初めて『ドキュメンタル』を見るには最適なシーズンと言える。
もちろん、出たとこ勝負の地肩の張り合いや、無策にうろうろと立ち歩く人気芸人たちの膠着タイムも『ドキュメンタル』ならではのおもしろさではあったが、そうしたマニアックなヒリヒリ感をリセットした新たな試みは十二分に成功している。
「攻めたぶんだけ得をするルール」で、誰もが納得できる優勝者が生まれた
過去のシーズンでは、「攻める芸人のほうが不利」という逆説的な傾向があった。笑わせようと積極的に動いた芸人ほど、ほかの芸人からのツッコミやリアクションを受ける機会が多く、事故的な笑いに被弾しやすくなる。その結果、あまり攻めなかった芸人が最後まで残り、そこから半ば消去法のようなかたちで優勝者が決まることもあった。そういった展開に煮え切らなさを感じる視聴者レビューが目立つ回もあった。
その点、シーズン9では競技時間が短縮されたことで、しっかり攻めてポイントを取らないと優勝できないシステムになっている。攻めたぶんだけ得をするルールになった結果、実際に誰もが納得できる優勝者が誕生していたと言えるだろう。
松本氏は当初から「攻めた芸人こそが優勝できるシステムにしたい」と話していて、そのために試行錯誤を重ねている。ポイント制の導入も、敗退した芸人の活躍の場としての「ゾンビルール」もその一環だ。そしてようやくシーズン9にして「攻めた芸人が有利になるためには、時間を短くするのが一番簡単な方法だった」という実験結果が出た。ルール改定の歴史はそれ自体が知的で興味深い。
シーズン1やシーズン2の『ドキュメンタル』を観て「ちょっと長いな」とか「おもしろさがよくわからなかった」と感じていた視聴者も、シーズン9ならその魅力をじゅうぶんに理解できるだろう。コンパクトにわかりやすく笑いがまとまっているシーズン9を入口に、楽しめたら過去のシーズンを遡って観ていくというのがとてもスマートでお得な鑑賞方法だ。
<シーズン9の見どころ>「かわいがられる」タイプの芸人の戦い方
シーズン9で個人的なお気に入りは、椿鬼奴氏とゆりやんレトリィバァ氏が、それぞれ自分から仕かけにいったにもかかわらず自爆してしまうシーンだ。緊張の糸が切れて自ら吹き出してしまう姿を見ると、戦士としての芸人から生身の人間に戻った瞬間を目撃できたような気持ちになり、どうしてもその人のことを好きになってしまう。
サンシャイン池崎氏の活躍も注目すべきポイントだ。やはり松本氏が作っている場だということもあり(特に若手時代の)松本人志的な「センスの高いボケ」を繰り出す「芸人から尊敬される」タイプの芸人が空気作りにおいては有利である。
それに対し、周囲の芸人から「かわいがられる」タイプの芸人である池崎氏は不利になることが予想された。しかし、自身の「イジられキャラ」な部分を隠し、「パワー芸人」の部分を押し出して健闘していたのが印象的だ。
ほかの芸人が入る隙を与えないくらいの手数を出していたのは、熱心なシミュレーションの賜物だろう。「かわいがられる」タイプの芸人の『ドキュメンタル』における戦い方のひとつの解を出したように感じる。
さまざまなスタイルの芸人が各々しっかり活躍できるようになり、かつ多くの人が理解できる笑いが展開されるのが『ドキュメンタル』シーズン9。この番組の新しい入口として広く推せる。
大島育宙が選ぶ、過去シーズンの傑作名場面
シーズン1:「緊張と緩和」のループ、天竺鼠・川原のパンチ
天竺鼠・川原克己氏が左手にボクシンググローブを着け、右手に麺の湯切りのザルを持ち、FUJIWARA藤本敏史氏を相手にシャドーボクシングをするシーン。ここは何度も観返してしまった。川原氏は緊張感のある空間でゆるいシャドーボクシングをしているが、突然藤本氏を実際に殴り、それをきっかけに藤本氏が笑ってしまう。
緊張と緩和がある中で、さらに「再緊張」させるという流れ。殴られて再緊張した藤本氏は、弛緩するために反射的に笑うしかなくなる。「緊張と緩和」は普遍的な笑いのメカニズムだが、ここでは「緊張と緩和と緊張と緩和」という感じで2周ループされている。多くの人が否応なしに、生理的に笑ってしまうシーンだろう。
シーズン7:自信が滲む、ザコシショウのサブリミナル映像
ハリウッドザコシショウ氏大活躍の回。特に後半に登場した「サブリミナル映像」は圧巻で、ほとんどの出場芸人が笑っていたように見える。しつこくしつこくループするバグのような狂気的な動画。
この映像は、ザコシショウ氏が個人のYouTubeチャンネルに何年も前から公開しているシリーズで、ザコシショウ氏のファンであればおなじみのはず。誰でも無料で簡単に観られる映像を『ドキュメンタル』というクローズドな場に持ってくるというのは、相当な自信の現れだ。そして第一線で活躍する人気芸人たちがそれを観てまるで初見のように笑っている姿に感動を覚えた。長年ザコシショウ氏のファンである私は、笑いながら胸が熱くなった。
シーズン8:策士・チャンス大城の唯一無二っぷり
チャンス大城氏の鮮烈な印象が残る回。前半で椎名林檎氏との貴重なエピソードを披露したかと思えば、後半では流しのミュージシャンに扮して、ギターを弾き語る。過去に先輩芸人のプロデュースで結成されたユニットの「東京ボーイ」という楽曲を歌うのだが、それがストレートによい曲過ぎて、不意打ちで感動させられてしまう。前半の椎名林檎氏の話から「なんとなくカルチャーにも造詣が深い人」というイメージも乗っかって、よけいに説得力がある。
芸人たちもつい聴き入ってしまい、いつしか「今何を聴かされているんだろう」という、なんとも言えないおかしな空気が漂ってくる。全シーズン通して「感動させる」という方向で空気を変えようとした芸人はこのシーンの大城氏だけ。彼の芸人界における唯一無二っぷりを象徴するシーンだ。
『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル』シーズン9
出場者:千原ジュニア(千原兄弟)、後藤輝基(フットボールアワー)、椿鬼奴、久保田かずのぶ(とろサーモン)、サンシャイン池崎、長田庄平(チョコレートプラネット)、あばれる君、ゆりやんレトリィバァ、粗品(霜降り明星)、せいや(霜降り明星)