東京にしかないものなんてない──『東京脱出論』に見る地方移住の可能性
『東京脱出論』(藻谷浩介、寺本英仁 著/ブックマン社)は、新型コロナウイルスをきっかけに「田舎」へ住まいを移したいと思った人には必読の一冊だ。
この本に書かれた「東京を脱出」すべき理由と、小さな自治体による地域経済振興の事例が、“東京脱出”を悩むあなたの背中を押してくれるかもしれない。
「地方」を考え、実行しつづけたふたりが語るサバイブ術
コロナ禍によってリモートワークが推し進められた結果、郊外への関心が高まっている。特に、自然が多く、“密”を避けられる地方での生活に魅力を感じ始めている人も多いだろう。
ただし、地方における生活も資本主義で回っているため、自給自足しない限りは経済的な事情が無視できない。都市から移住するにしても、地方に住みつづけるにしても、サバイブしていく方法は考えなければいけないのだ。
『東京脱出論』は、生活様式がすっかり変わってしまったコロナ禍における合理的なサバイブ方法として、地方への移住を提案する対談集である。話し手は、『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』(共にKADOKAWA)などでも知られる地域エコノミスト・藻谷浩介氏と、島根県邑南町(おおなんちょう)の町おこし「A級(永久)グルメ」の仕かけ人として、NHKの番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』でも取り上げられた“スーパー公務員”の寺本英仁氏だ。
寺本氏が行ってきた具体的な施策としては、邑南町の魅力を世界に伝えるWEBサイト『みずほスタイル』や、農業と料理人の育成制度「耕すシェフ」、耕すシェフがさらに熟練した技術を習得するための「食の学校」の立ち上げなど、枚挙にいとまがない。試行錯誤の過程や失敗を含めた「町おこし奮闘記」のストーリーを含めて、詳しくは『ビレッジプライド 「0円起業」の町をつくった公務員の物語』(ブックマン社)を参照されたい。
「田舎」でお金を回すには
本記事で紹介する『東京脱出論』の基本的な構成は、町おこしのロールモデルのひとつである邑南町がコロナ禍で打った施策の紹介を下敷きにしながら、藻谷氏が経済的合理性の観点から今後の展望を述べるものだ。
本書の前半では、「これから生き残る町」の条件が語られる。
そのうちのひとつが、「地域内でお金をいかに回せるか」という条件だ。過疎地であっても都会や海外からのキャッシュフローなしには生きていけない現実がある一方で、コロナの感染リスクが高い都市部からの観光客の流入を抑えなければいけない。
多くの地域が抱えるこのジレンマを、邑南町では、「A級グルメ連合」のネットショップを開設することや、役場職員が地元の飲食店から弁当を取ることによって突破した。お金を使って買う商品が他所産だと、お金が他地域に流れてしまうが、地元産の食材が多い邑南町では特に地域の中でお金を回しやすくなる。
加えて、今回のような疫病や自然災害による価格変動を見越した上で収益を蓄積しておいた「A級グルメ」の取り組みも功を奏したのだと、藻谷氏は評価する。実際に、『みずほスタイル』を始めた16年前と比較して、石見和牛の値段が3倍以上にまで上がったことからも、地道にブランド価値を高めることの重要さが窺える。
小さい自治体だからこそできること
また、「住民の顔がわかる規模」も重要だと、藻谷氏は指摘する。邑南町では売り上げが厳しくなった飲食業と宿泊施設に対して、4月に入ってすぐに20万円の補助金を支給できた。
人口の規模感が小さいことは、医療・福祉領域にもメリットがある。今回のコロナ禍で起きた医療関連の議論として「PCR検査が必要な独居老人を誰が搬送するのか」といったものがあったが、人口1万人規模の邑南町では、町役場の職員が防護服を着用した上で搬送することになった。感染が怖いという意見もありそうだが、顔の見える関係だと自ら挙手する職員が必ずいたと寺本氏は話す。
邑南町の事例ではないが、小さな町であればコロナ陽性者を受け入れる病院不足の問題も、病院同士の直談判で解決できる。組織間の調整がしやすいのも、小さな自治体のメリットと言えよう。
都会に住むリスクから目を背けていないか
地方がどのように生き残っていくのかが本書の主眼だが、もうひとつの軸として「都会に住みつづけることが非合理である理由」、すなわち「東京を脱出」するべき理由も数多く語られる。
南海トラフ地震のリスク、土地に対して人口が多いことによる感染症のリスク、リモートワークになっても家賃に対して高額で狭い家で仕事をしなくてはいけないことといった、都市の「負の側面」が紹介される。その上で、「畑も近所付き合いもある田舎の老後は、なんとかなっていく」「合わなかったら出て行けばいいし、それは田舎も同じ」と、「田舎暮らし」という選択肢をより現実的なものにしてくれる。自分の生活を省みた上で、「ちょっとチャレンジしてみようかな」と背中を押してくれるのだ。
本書全体を通して、都市に住む人にとってはドキリとするような強い言葉も見受けられる。しかし、コロナ禍になっても消失し切ってしまうことはない「都市信仰」から降りるには、これくらい強い言葉でもって背中を押される必要があるのかもしれない。
窮地に追い込まれても次の一歩を踏み出すこともできない、東京および都会からの「脱出」を試みる人にこそ、手に取ってほしい本だ。