舞台を中心に活動をスタートし、数々の人気シリーズ作品に出演、現在は映像でも話題作にレギュラー出演するなど多方面で注目を集める俳優・木津つばさ。28歳になった今、「国民的俳優になる」という夢の途中にいる。
広島から上京した日のこと、コロナ禍で舞台に立てなくなった日のこと、“2.5次元俳優”の肩書に悩んだことなど、自身の言葉で赤裸々に綴るエッセイ連載『舞台にさよならを言う前に』。
【第3回】夢をあきらめた理由
今回のタイトルはこちら、「夢をあきらめた理由」。まぁ、なかなか攻めたタイトルです。
実体験とともに、僕の人生の中にある“挫折”、そこからの“希望”を交えたお話をさせていただけたらと思います。
時はさかのぼること、小学生時代。自分は小学5年生のころ、「サッカー選手になりたい」と思っていました。
それまで、スポーツはたくさんやったんですよ。野球、水泳、バスケットボール、ハンドボール。その中でも、自分にとって特別だったのがサッカーとの出会い。
セルヒオ・ラモスという選手に憧れてサッカー部に入り、仲間がたくさん増えて、いろんなポジションを試してみるのが楽しくて、毎日毎日ボールを蹴って、サッカーを通して隣町の学校にも友達ができて、これで自分も笑顔で楽しい日々を送れる……そんなふうに思っていました。
夢を打ち砕いた「オスグッド・シュラッター病」

そんな輝かしい想像を描くも数年後、中学1年生の秋です。今でも忘れません。朝起きたら、膝への違和感が。
何事もないかのように過ごしてみたけれど、その日の夜、瞬間的に激しい痛みが足全体に走りました。「痛い、助けて……!」と親に泣きながら訴えたのを覚えています。
すぐさま近くの整形外科へ。レントゲンを撮ってもらい、先生から説明を聞きました。そのときは「いったん様子を見ましょう」と。
それから2週間ほど経っても痛みは引かず、悪化していく一方で、自分でもびっくりするほどに膝が曲げられなくなりました。
改めて再度受診すると、病院の先生が少し悲しそうな表情をしていたのを覚えています。
そして口を開き「つばさくん、走るのは好き?」と。僕は「大好きです」と答えました。
きっとあのとき、僕の足を見て言ったのでしょう。サッカー部の活動に勤しみ、足には多くの擦り傷や打撲の跡がありましたから。
そして少し走りすぎたのでしょうか、飛びすぎたのでしょうか。何が悪かったのかな。僕は「オスグッド・シュラッター病」と診断されました。
年頃の子には多いと聞きましたが、僕はかなりの重症でした。リハビリはしていくけど、思いっきり走れるようになるまで、きっと半年から1年はかかると。
あきらめました。すべてをあきらめました。
あぁ、きっと僕には到底叶わない夢だったんだ。たくさん努力をしても運命には抗えないものなのだと、若くして痛感する瞬間が来てしまったと、そんなふうに思いました。
そこからの日々は、思い出そうとしてもなかなか思い出せるものではありません。自分では前に進んでいるつもりでも、まったく進めていなかったのだと思います。
学校に行くのが嫌になり、保健室にたびたびお世話になることも、親に迎えに来てもらって早退してしまうこともありました。
少しだけ前を向こうと思っても、まわりの同級生たちとのいろいろな差に理解が追いつかなかったことが多々あった記憶だけは色濃く残っています。
挫折って、きっと誰しもが経験することなのかなぁと思います。
その中で自分にできること、やりたいこと、成し遂げたい目標のために、抗って生きていく。今では大切な経験だったのだ、と言いきれます。
夢を持つことは怖いことじゃない
ここまで半分、挫折についてのお話をしました。が、ここからは、そのあと木津がどう復活して、今この世界に身を置いているのか、を少々お話しさせてください。
僕は友達に恵まれました。「足がダメなら手だろ!」と突拍子もないことを言われてあれよあれよとサッカー部からソフトテニス部に転部することになったり、学校の帰り道に公園で話を聞いてもらったり、よくわからない天文学的な話を延々聞かされたり。
そんな友達のおかげで、嫌なことから逃げるわけではなく、いい意味で忘れられる時間になりました。
僕は出会ったことすべてに感謝しています。そして起こったことにも。挫折から奇跡的な出会いを経て、新たに夢となるものを見つけました。それが俳優です。
あの一件があったから今、芸事の世界に身を置いている。あのときは嫌になった身体、そのひとつでできるこの世界が大好きです。俳優を目指すようになった経緯は、また次回の原稿で。

きっと今、悩んでいる学生さんも社会人のみなさんも、話を聞いてくれるだけでいい、他愛もない話をしてくれる友達でも家族でも恋人でも、誰でもいいから頼ってみてほしい。
これから先の未来には挫折がつきもの。ただし、その挫折が絶対にいい経験になると、僕は実体験をもとに言いきります。
そして、この連載を読んでくださっているみなさんへ。夢を持つことは怖いことじゃない。一度きりの人生を楽しむための、自分だけのワガママです。
だからこそ、夢を持っていい。ほんの少しくらい自分にワガママに生きてみよう。きっと、明日がまたいい日になるはずだよ。
そして、まわりの人を大切に。素敵な大人になる近道だと思います。
最後に、未来の自分へ。木津つばさよ、あなたはとても恵まれている。だからこそおごり高ぶらず、真摯に向き合って、たくさんの希望や幸せを分け与えてください。
明日からも気合い入れてがんばれ。愛しています。
木津つばさエッセイ連載『舞台にさよならを言う前に』過去記事はこちら
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