40代で“もう一度大人になる”。俳優・松尾諭「思い出す必要があるのは、友情だった」
『拾われた男』(文藝春秋)をご存知だろうか。文春オンラインでの連載時にたまたま見つけて読み始め、その数奇な人生の物語に引きずり込まれたのだが、“自伝風”を名乗る同エッセイで直筆のイラストも描いている著者「松尾諭」と役者の松尾諭が同一人物だとはしばらく気づかなかった。
井川遥の元・付き人であり、ドラマ『SP 警視庁警備部警護課第四係』シリーズの山本巡査部長であり、放送中の『ルパンの娘 第2シリーズ』では蒲谷警部補であり、映画『ヤウンペを探せ!』ではラブホテルのオーナー、アッキーを演じている松尾。
“バイプレイヤー”の枠を超えていくつもの顔を持つ男が、40歳を超え「2回目の成人式」を迎えて思うことは、やはりどこかとらえどころがなく飄々とした人間味にあふれていた。
「青春時代のアイドル」との仕事だった
――『ヤウンペを探せ!』は“超ハイテンション恋活コメディ”とのことですが。
松尾 タイトルを聞いて、脚本を読んでも、彼らが何を探しているのか、その意味がいまいち入ってこなかったんですよ。ただ、撮影が終わってから「ああ、なんか見つかったな」という実感があったんです。大事なことはすぐそばにあったという手触りが、撮影を通して感じられたなと。
だからどことなくドキュメントみたいなところもあって、実際に撮りながら僕自身の昔の友達との思い出が蘇ってきたり、そういうのがなんだか楽しかったんですよね。それは一緒に演じた皆さんのおかげです。(宮川)大輔さんはもちろんおもしろいですし、池鉄(池田鉄洋)さんはニヒルな感じのおもしろさで、池内(博之)さんは生まれながらのナチュラルなおもしろさがある。
その中でアッキーはちょっと子供っぽくて元気いっぱいなおもしろさのイメージだったので、4人の関係性やバランスの中でキャラクターができ上がっていった感じでした。
――もみあげが印象的でしたね。
松尾 すっごい鬱陶しかったですね(笑)。撮影が終わったらすぐに外しました。なんであれをつけることになったんだっけなあ……?
――終盤のアッキーには、『男はつらいよ』シリーズの寅さんを思わせるような佇まいさえ感じてしまいました。
松尾 僕の中にある渥美清が出てきたのかもしれないです(笑)。僕にとって渥美清さんは永遠のアイドルなので。
――青春時代にアイドル的な存在だった人はいますか?
松尾 それこそ宮川大輔さんですね。関西に住んでいた高校時代に、深夜のネタ番組にチュパチャップス(1999年に解散した宮川大輔と星田英利によるコンビ。星田の旧芸名はほっしゃん。)やナインティナインさんたちが出ているのを観ていたんですよ。青春時代にテレビで観ていた人と一緒に仕事ができるというのが、僕にとってはすごくうれしいことだったんですよね。
大好きな映画『仁義なき戦い』シリーズの菅原文太さんと会った!ぐらいの喜びでした。ほかにも『怒涛のくるくるシアター』という関西ローカルのバラエティ番組があって、劇団そとばこまちや劇団☆新感線など当時の若手劇団のメンバーがよく出演していたんですけど、月に1回のスペシャル回だけを集めて録画したビデオを持っていて、たまに観返したりしていたんです。
そこに宮川さんの元・相方の星田さんも出ていたので、星田さんと仕事したときもめっちゃうれしかったですね。当時の自分が知ったらびっくりするやろうな。
40歳を超えて、分別わきまえて勝負に出る
――コメディというジャンルのお芝居で、人を楽しませたいという思いはありますか?
松尾 ここで間を作ったほうがおもしろくなるかな、みたいなことは多少考えたりしますけど、それもシリアスとコメディで分けているかというと、そこまで考えてはいないですね。コメディだから何かおもしろいことをしよう、という発想とはまたちょっと違うかもしれません。芝居で見せるおもしろさは、何をするかよりも、登場人物の関係性から見えてくるおもしろさだと思うので。
――この映画では、40歳を過ぎたかつての仲間たちが集まったところから生まれるおもしろさがあったと思います。ご自身の40代についてはどのように捉えて過ごされていますか?
松尾 2回目の成人式じゃないですけど、もう一度大人になるというか、そういう意味でのターニングポイントになる節目なのかなと思いますね。20代は何もわかっていなかったけど、30代になって少し知ったかぶりをするようになって、40代でようやくちょっとずつ物事がわかり始めてきたのかなと。
20歳を過ぎたころって一番やんちゃじゃないですか。40歳を超えた大人が、分別をわきまえつつあるなかで勝負に出るのは、2回目のそれに近いと思います。
――『拾われた男』では、40代になった松尾さんが文章を書くという仕事に新しく挑戦するなかで、過去を振り返って書かれていたので、忘れたことを思い出していく時期でもあるのかなと。
松尾 それはあると思います。今年の6月に連載分をまとめて単行本を出版したんですけど、これがまた新しく本を1冊書き下ろすのと同じぐらい大変な作業でしたね、自分の過去とがっつり向き合うというのは。
奇しくもコロナ禍で、役者の仕事が休みになって時間ができたので、なんとか完成させられたという感じです。年齢を重ねるごとに昔を思い返すことも少しずつ増えてくると思うけど、僕に関して言えば、思い返してみるけど覚えてないということが意外と沢山あって。そのなかでも今の自分にとって思い出す必要があるものは、人間関係というか、くさい言い方をすると友情ですかね。まさしくこの映画のような。
僕自身は20代のころの友達とはもう付き合いがないですし、一番仲のよかった友達も早くに亡くなったりしていて、誰と比べてというわけではないですけど、青春時代の思い出がちょっと希薄なのかなと。でもこの映画でそれを思い出す擬似体験をして、たとえば高校のラグビー部でチームメイトたちとアホみたいなことをゲラゲラ笑いながらやっていた感じが蘇ってきたんです。もう一度あの感覚を味わいたいなあと思うけど、現実に同じ仲間たちとそれができるかといったら、ちょっとわからない。だからアッキーたちがうらやましかったですね。
――劇中の「ヤウンペ」のように、長年思い出せないまま心にもやもやと引っかかっていることとは、どのように向き合うのがよいでしょうか。
松尾 最近ちょうどそういうテレビ番組を観ながら、自分にもヤウンペ的な謎が何かあったはずだよな、なんやったっけな?と、嫁と話しながら時間をかけて考えたんですけど、やっぱりどうしても思い出せなくて。でも絶対あるんですよ、誰にでも絶対。それを思い出そうと考えている時間のほうが大事なのかもしれません。ふとした瞬間に思い出すこともあるから、そのときに「あっ!」と思えたらいいんじゃないかな。
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『ヤウンペを探せ!』
売れない俳優のキンヤ(池内博之)、さえない中華レストラン店長のジュンペイ(宮川大輔)、教員試験を万年浪人中のタロウ(池田鉄洋)、ラブホオーナーのアッキー(松尾諭)は、かつて大学映研の仲間だった。さえない毎日を送っていた4人は、学生時代のいきつけの焼肉屋で、20年前に作った映画のヒロイン・ミサト(蓮佛美沙子)と再会。彼女が欲しがる「ヤウンペ」探しに、奔走することになるが……
出演:池内博之、宮川大輔、松尾諭、池田鉄洋、蓮佛美沙子
監督:宮脇亮
脚本:髙石明彦、渋谷未来
Ⓒ2019「ヤウンペを探せ!」製作委員会
11月20日(金)よりシネリーブル池袋ほか全国順次公開関連リンク