アートで社会に変化を創り出す、“社会彫刻”という発想。「社会彫刻家アワード2021」受賞者によるトークセッションをレポート
2022年6月10日(金)、書籍『へそ』(2022年6月5日発売/株式会社MotionGallery)出版記念イベントが、社会彫刻家基金主催で行われた。
「社会彫刻家」とは、アートを触媒に社会に変化を創り出すアーティストを指す。『へそ』は「社会彫刻家」という考え方とその実践を伝えるメディアとして、MotionGalleryのクラウドファンディングで出版資金を募り、発行された一冊だ。
同イベントでは、参加者が会話や飲み物を楽しみながら『へそ』を手に取ることができる「SS Lounge(社会彫刻家ラウンジ)」と、「社会彫刻家アワード2021」の受賞者によるトークセッションを開催。飯田志保子氏、Chim↑Pom from Smappa!Groupメンバーの卯城竜太氏、ヴィヴィアン佐藤氏の3名により選出された「社会彫刻家アワード2021」受賞者、ボーダレスアートスペース HAP、オルタナティブスペースコアの各代表、マユンキキ氏の3組が語らった。
「社会彫刻家アワード2021」受賞者の3組
同アワードを受賞したボーダレスアートスペース HAPは、福祉とアートがどこまで共存できるかということに挑んでいる施設。代表を務める木村成代氏は、そのきっかけについてこのように説明した。
「長年ギャラリーをやっていて、そこで展覧会をする若いアーティストの多くはアートだけでは生活していけない。アーティストが社会に対して何かできるかと考えていたとき、いわゆる障害者と呼ばれる子供たちがアーティストと共に過ごすことで伝えたいことが伝えやすくなるということを知った。アーティストにとっては生活の糧となり、子供たちにもよい環境を作れると考えた」
職員はほぼ全員アーティストという、福祉業界においてはかなりユニークな場で「アートが療育として成り立つのか」を日々実験している。
同じく賞に輝いたのは、オルタナティブスペースコア。こちらのスペースがあるのは、かつて映画『仁義なき戦い』の舞台にもなり、広島のなかでも特に濃い人間が集う商店街・基町ショッピングセンター。昔ながらのスナックや喫茶店、焼肉店などが立ち並ぶその中で、アートをやっている。代表・久保寛子氏と水野俊紀氏は商店街の役員を頼まれて参加しているが、時に地元の人と衝突することもあるという。
「商店街は社会の縮図。アートは、ここだけに限らずまわりの人にはなかなか理解されにくい活動だと思う。日本中の地域に共通することだと思うが、少子高齢化が進むなか、同時に国際化、多様化も起こっている。その中で拠点を構えてアートや音楽のイベントを実施している。まさにカオスな状態」
地域でアーティストが活動することでアートに対する理解が深まるのか。こちらもまたアートの実験中といえるのかもしれない。
そして3組目の受賞者は、北海道出身・在住、アイヌの伝統歌を歌う「マレウレウ」のメンバー・マユンキキ氏。「音楽分野だけでなく国内外のアートフェスティバルにパフォーマンス参加もしている。一般に興味や認知が広まる一方で、いまも差別などの問題は解消したわけではなく、昨今のアイヌを取り巻く環境は大変複雑になっている」と語る。
「『アイヌの代表』といわれることを避けている?」との問いかけには「そこは気をつけている」と答えつつ、逆に「あなたがアイヌだから選んだのではない」と過剰に気遣われるのも困ると、その立場の難しさを明かした。
トークセッションで語られた「社会彫刻家」という言葉の重み
受賞者3組を迎えて行われたトークセッションは、社会彫刻家基金運営事務局・林曉甫氏のファシリテーションで行われた。セッションの前半は、書籍『へそ』の取材後の活動や地域で「アート」に携わる人間ならではの苦労などをそれぞれが紹介。後半は受賞の舞台裏なども語られ、大いに盛り上がった。
「社会彫刻家アワード」は今回が第1回ということで、受賞者側からも「なぜ自分が選ばれたのか?」という戸惑いもあったことが語られた。そこで林氏より、審査の過程の一部が披露された。
「そもそものボイスの社会彫刻の概念を辿ると“社会彫刻家というプロフェッショナル”を作るようなことになってはダメではないかという議論もあった。それでもあえてアートをひとつのきっかけとして行動をしようとしている人を選ぼうということになった」。
「社会彫刻」とは、ドイツのアーティスト、ヨーゼフ・ボイスが提唱した概念。芸術とは、絵画や彫刻、音楽などだけでなく教育活動、政治活動、環境保護活動、宗教なども含まれる、つまり意識的な人間の営みは芸術であるとして「すべての人間は芸術家である」と宣言し、今日のアーティストにも大きな影響を与えている。
今回のアワードでは選出されたものの受賞を辞退した人もいたということが明かされたが、それに対してオルタナティブスペースコアの久保氏は「社会彫刻家という言葉の重さでもあり、この賞のおもしろさ」と感想を述べた。調査選考委員による選出のプロセスの詳細は、書籍『へそ』にまとめられている。
当初、受賞辞退も考えたというマユンキキ氏は、最終的に受賞を決めた。「選んでくれたのが飯田志保子さんだったということがある。飯田さんは自分が芸術祭に関わり始めた2015年くらいから知っていてくれて、そういうずっと見てくれていた人から『マユンは日本における社会彫刻家だと言っていいと思う』と言われたことが大きい。自分でも社会を彫刻するとはどういうことか考えてみようと思った。全然知らない人に言われていたら受けていない」と語った。
“社会彫刻”がつなげたアーティストの輪
3組の受賞者中、2組の受賞者が奇しくも広島から選出されたことについて、ひとり北海道選出のマユンキキ氏から、セッション中に何度も「いいな、うらやましいな」という発言があった。実際、オルタナティブスペースコアの久保氏とボーダレスアートスペース HAPの代表である木村氏は以前から交流があったとのこと。
「木村さんは広島の有名人で若いアーティストをいつも助けてくれるお母さんのような存在。私自身も学生のときに助けてもらった」とオルタナティブスペースコアの久保さんから広島での木村さんの功績を紹介し、さらに「私たちを繋げてくれたのは、Chim↑Pom。Chim↑Pomが広島でプロジェクトを開催したときにつながった」と、今回の選考委員でもある卯城氏との縁も披露した。
実は、受賞者3名が1カ所にそろうのはこのトークセッションが初めて。2021年7月14日に行われた「社会彫刻家アワード2021」の授賞式に木村氏は参加できず、今回は満を持しての機会だった。
「広島同士ならいろいろと交流あるのかな。(ひとり離れた北海道で)私は寂しいなと思っていた。受賞者同士が話して、その後何かに具体的なものでつながったほうが基金にとってもいいはず。もっとこの3人の仲がよくなる機会を作ってもらわないと!」とマユンキキ氏から社会彫刻基金運営事務局へ強いリクエストがあった。
林氏からは、今後も「社会彫刻家アワード」はつづいていく予定であることと、クラウドファンディングを通じて書籍『へそ』の制作資金の調達を支援した280名のコレクターたちと何ができるか、これから考えていきたいという思いが語られた。マユンキキ氏から「私たちもそれに関わるの?」との問いに、林氏は「関わってもらいますよ!」と答え、木村氏、久保氏も笑顔でうなずいた。
トークセッションは終始和やかな雰囲気ながらも、アーティスト同士の会話らしく率直なやりとりが交わされた。書籍『へそ』の編集コンセプトの「波紋」のように、社会彫刻という概念、アートを通じて社会に変化を創り出そうという試みが広がっていく希望が見えた濃い時間であった。
書籍『へそ』は全国の書店、Amazonにて購入することができる。
『へそ』
編者:社会彫刻家基金
発行日:2022年6月5日
定価:2,420円(本体2,200円)
ブックデザイン:大西隆介、沼本明希子(direction Q)
写真:池田宏、丸尾隆一
発行元:株式会社MotionGallery
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『へそ』
編者:社会彫刻家基金
発行日:2022年6月5日
定価:2,420円(本体2,200円)
ブックデザイン:大西 隆介、沼本 明希子(direction Q)
写真:池田 宏、丸尾 隆一
発行元:株式会社MOTION GALLERY関連リンク