イアン・アーシー『ニッポン政界語読本』(太郎次郎社エディタス):PR

政治家に学ぶ“絶対に謝りたくない”ときの言い回し。奇妙な「政界語」が生まれるワケとは?【『ニッポン政界語読本』著者インタビュー】

2024.4.11

文=上垣内舜介 編集=菅原史稀


「真摯に受け止めております」「適切に処理します」「ご心配をおかけしました」……。政治に関するニュースでたびたび耳にする、こうした表現。よく考えれば具体性に欠けた妙な発言なのに、なんとなく受け流してしまっているという人も多いだろう。

『ニッポン政界語読本【単語編】』『ニッポン政界語読本【会話編】』(太郎次郎社エディタス)では、“ことばオタク”を自称するイアン・アーシー氏が、日本政界特有の奇妙な言い回しを皮肉たっぷりに紹介している。カナダ出身の著者だからこそ発見できた「政界語」のテクニックを知っておけば、国会中継を見るのが数倍楽しくなるかもしれない。

イアン・アーシー

イアン・アーシー
カナダ人のフリー翻訳家、ことばオタク。1962年生まれ。84年から3年間、日本の中学校で英会話講師を務めるとともに、日本語を独学で習得。現在、日本在住。著書に、『怪しい日本語研究室』(新潮文庫)、『政・官・財(おえらがた)の日本語塾』『マスコミ無責任文法』(ともに中央公論新社)がある。本書は20年ぶりの著書となる

相次ぐ汚職事件が「政界語」収集のきっかけに

──カナダ出身のイアンさんが日本語に興味を持ったきっかけを教えてください。

イアン 最初は特に深い理由があったわけではなく、単なる思いつきでした。言語にはもともと興味があって、大学で古代ギリシア語とラテン語を専攻していましたが、ヨーロッパ圏以外の言語は学んだことがなかったんです。

当時は、日本経済が発展していたタイミングで、世界でも注目が集まっていました。ヨーロッパ圏以外の言語を学びたいと思ったこと、日本が話題になっていたこと。このふたつがドッキングして、初級の日本語講座を受けることにしたんです。

実際に日本語を学び始めると、そのおもしろさに一気にのめり込んでしまって。今までとはまったく異なる世界を経験しているような感覚でした。漢字やひらがなもそうですし、文法もこれまでに学んできた言語とは大きく違っていたんです。そこから40年以上経ちますが、未だに日本語の魅力から抜け出せずにいます(笑)。

──「政界語」のような少し変わった日本語を紹介しようと考えたのは、どうしてだったのでしょうか?

イアン 日本語を学ぶために来日し、中学校で英語の教師をしていました。数年後、日本の大学で勉強していましたが、ちょうどその時期にリクルート事件や東京佐川急便事件など、日本では政治的な問題が相次いでいたんです。そうしたニュースをテレビで観ていて、「日本の政治家はずいぶんおもしろい言い回しをするんだな」と思っていました。

また、そのころから翻訳の仕事を始めて、役所の文書を英訳するような機会が増えたんです。すると、「結局何が言いたいんだろう?」という日本語の文章を目にするようになりました。まるで、できるだけ堅苦しい言葉を選んでわかりにくくしているんじゃないかと思うくらい(笑)。そこから「お役所言葉」に妙な関心を抱くようになって、お役人や政治家特有の言い回しをまとめた本を執筆するようになりました。

「政界語」を知っておくことの意義とは?

──日本で生まれ育った私は、日本語の変わった表現をなんとなく受け流してしまっているように感じます。政界語についても、イアンさんの書籍を読んで「たしかに変だ!」と改めて気づかされました。日本で生まれ育った人にもわかりやすい政界語の具体例はありますか?

イアン 政界語は大きく2種類に分類することができます。ひとつは、先ほど述べたような異常に堅苦しい言い回しや、言い逃れです。一方で、国民に何かを訴えかけようとする際には、非常に柔らかい表現が用いられるんです。

言い逃れの例として、「無責任三人称」があります。これは僕が勝手に名づけて呼んでいるだけで、もちろん文法的には存在していませんが(笑)。「無責任三人称」とは、自分が当事者や責任者であるにもかかわらず、まったく関係がないかのような話し方をする手法のことですね。言い逃れをしたい政治家は、とにかくこの文法が大好きなんです。

近頃、世間を騒がせている自民党の裏金問題をめぐる弁論でも、「無責任三人称」が多用されていました。参議院自民党の大物議員がキックバックの継続を決めた人物について問われた際に、「誰が決めたのか、本当に私自身、知りたい」と発言したんです。まさに典型的な無責任三人称ですね。

『ニッポン政界語読本』では、もうひとつの柔らかい表現についても「もふもふ言葉」などの例を挙げて紹介しているので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。

https://youtu.be/MKfYMyJHMJw?si=yLRy-cpXpkM-32Eb
自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件を受け、2024年3月に開かれた参院の政治倫理審査会にて

──こうした政界語についての知識は、日常生活に役立てることができるでしょうか?

イアン たとえば、政治家が「総合的に判断して」と発言しているのを耳にしたことはありませんか? 何かの問題について問い詰められた際に、断言を避けてこの無意味なフレーズを差し込むことがよくあるんです。

このテクニックは、恋人から「僕/私のどこが好きなの?」と聞かれたときに応用できるかもしれません。「全部好きだよ」とありふれた返答をするよりも、「総合的に判断して好きだよ」といったほうが、意外なリアクションを楽しむことができるでしょう(笑)。

冗談はさておき、少しマジメな話をします。政治に関心を持つことは、国民にとって重要だと考えます。政治家の発言を聞き流すことなく、一つひとつ深く考えることも立派な政治参加のかたちなのです。国民が政治家の言葉遣いを厳しくチェックするようになれば、政治家の発言の質も向上するかもしれません。そういう意味で、政界語を学ぶことには意義があるのではないかと思います。まあ、あまり期待はできませんが(笑)。

政治家に学ぶ責任転嫁のメソッド

──日常において、自分が悪いのはわかっているけれど絶対に謝りたくない場面ってありますよね。そういうときに使える政界語のテクニックはありますか?

イアン 政治家が自らの発言で物議を醸した際に、「誤解を生んでしまった」と釈明することがあります。自分は別のことを言ったつもりだが、伝わり方が間違っていたんだと。要するに、国民、あるいはマスコミといった聞き手に責任をなすりつけているわけです。多くの場合、かなり無理のある解釈を押しつけてきます。これを日常で応用すると、大問題に発展する可能性がありますね。

──日常では通用しないテクニックが、より厳格であるはずの政界ではまかり通ってしまう。イアンさんのお話を聞けば聞くほど不思議な感覚を覚えます。ちなみに、こうした表現は日本特有のものなのでしょうか?

イアン 僕は英語圏についてしか知りませんが、かなり独特の文化であることは間違いないと思います。『ニッポン政界語読本』について少し種明かしをすると、たとえば僕の国のカナダでは政治家の変わった文法を体系化して並べるなんてことは不可能だと思うんです。政治家はだいたい自分自身の言葉で話しており、そこに明確なルールは存在しないからです。ただ、日本の政治家の場合は、共通のシチュエーションに対して慣習的に用いられているフレーズがある。自分の言葉で話さない文化が根づいているんです。

日本語には慣習的な言い回しが蔓延している

──日本でそうした文化が根づいている背景について、イアンさんはどう考えますか?

イアン ひとつは「お役所言葉」の影響だと思います。国会において、政治家は官僚が作成した原稿を読み上げています。それに浸っているうちに、いつの間にか政治家にも「お役所言葉」が染みついてしまったんじゃないかと。慣習的な表現というのは非常に便利で使い勝手がいいんですよね。

──メールを送る際、「お世話になっております」「よろしくお願いいたします」といった表現を深く考えずに使うのと似ていますね。これに違和感を覚えたのは、カナダ出身であるイアンさんならではの視点かもしれません。

イアン そうですね。外から日本語を見ているからこそ、引っかかる表現について深く考えざるを得なかったんだと思います。当然、日本人からすれば英語に対して同じような違和感を持つのではないでしょうか。

──“外国人”の目線から『ニッポン政界語読本』を書く上で注意していたことはありますか?

イアン ネタを選定する段階で、「日本はこうすべきだ」といったニュアンスのことを言わないように意識していました。僕が基準にしていたのは、どれだけその政治家の発言のみを皮肉れるかということだけ。そこに政治的な思想が反映されていると受け取られないように、与党と野党、保守とリベラルといった偏りをなくすことも心がけました。ただ、日本では自民党の長期政権が続いているので、どうしても報道される発言の量に差が出てしまうんです。そこは難しかったところですね。

──最後に、イアンさんが現在注目している政界語、あるいは日本語の文法について教えてください。

イアン 最近、国会の審議などで「防衛装備品の移転」という言葉をよく聞きます。「防衛装備品の移転」は具体的には兵器の輸出なんだから、そうはっきりと伝えたほうがわかりやすいと思うのですが……。わざと回りくどい言い方をして煙に巻いていると思われても仕方ありません。

政界語に限らずいえば、「〇〇の口になる」というフレーズにおもしろさを感じています。「ラーメンの口になった」など、何かを食べたいと思っているときに用いられる若者言葉ですね。食べたいものに応じて口が変化する、という表現の仕方がよくて、僕も積極的に使ってみようと考えています。

『ニッポン政界語読本』【単語編】/【会話編】

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『ニッポン政界語読本【単語編】』
『ニッポン政界語読本【会話編】』

著者:イアン・アーシー
発売:2024年1月19日
定価:各1,600円(税別)
ページ数:160ページ
判型:四六判
発行:太郎次郎社エディタス

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上垣内舜介

(かみがいと・しゅんすけ)ライター・編集など。1994年生まれ、和歌山県出身。音楽、漫画、映画、お笑いなどカルチャー全般が好き。雑誌やWEB媒体を中心に執筆を行う。

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