異世界においてなぜ男はチート、女は悪役令嬢に転生するのか(荻原魚雷)

2020.2.20

文=荻原魚雷/イラスト=山川直人
編集=森山裕之


デビュー作『古本暮らし』以来、古本や身のまわりの生活について等身大の言葉を綴り、多くの読者を魅了しつづける文筆家・荻原魚雷。高円寺の部屋から、酒場から、街から、世界を読む「半隠居遅報」。ラノベ界にあふれかえる「異世界転生」もののストーリーから、いまの日本について考える。 異世界は常に現代社会を反映する。


いま流行の「悪役令嬢」もの

2010年代以降、ラノベ界は“異世界転生”というジャンルであふれ返っている。新人賞のなかには「異世界禁止令」を発布しているところもあるくらいだ。

異世界といっても、魔王がいたり、スライムやコボルトやオークなどの魔物がはびこるRPG(ロールプレイングゲーム)の世界観(中世くらいの文明レベル)を継承している。主人公の能力も経験値やHP、MPなど、数値化されていることが多い。ゲーム型ファンタジーといってもいい。

過去の作品の設定が引き継がれている点も含めて異世界ものは神話や伝承文学の成り立ちとも似ている。迷宮の構造、武器や魔法などの物語の細部の蓄積が新たな物語を生み出す。

先日、同世代のフライフィッシング雑誌の編集者と高円寺で飲み、なぜか異世界の話になった。もともと「チートな仕掛け」に関する特集を考えているという話の流れからそうなった。

「チートってさ、プロレス用語だとズルいっていう意味合いを含むんだけどね」と釣り雑誌編集者。

「いまの異世界ものだと、ただの無敵って感じだと思う」

昨今の異世界ファンタジーにおける流行に「チート&ハーレム」がある。現実世界では無職だったり、落ちこぼれだったりした主人公が異世界に転生した途端、これといった修業もせず、無敵(チート)になり、異性もしくは異種族にモテモテ(ハーレム)になるという設定だ。もちろん、そうではない作品もたくさんあるが、1ジャンルを形成するくらいに「チート&ハーレム」作品は量産されている。

五十路のおっさんふたり飲み屋で異世界ネタについて議論している光景は少し異様だったかもしれない。

「そういえば、いま、悪役令嬢ものっていうのも流行っているんだよ」

「悪役? 何それ?」

釣り雑誌編集者に「悪役令嬢」で検索することを薦めてみた。

アニメ化もされた『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』や『悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される』など、コミカライズされている作品もけっこうある。

山口悟・著/ひだかなみ・イラスト『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった①』(2015年、一迅社文庫アイリス)

漫画誌の編集部では企画会議のたびに「悪役令嬢モノをやるかどうか」みたいな話になるという噂も聞いた。

ゲーム型ファンタジーの転生モノの中には恋愛シミレーションゲームの設定を踏襲した世界観の作品も多いのだが、悪役令嬢モノもその一種だ。

王国を追放されたり、家が没落したりして、バッドエンドを迎える運命の悪役令嬢に転生してしまった主人公が、そのルートを回避するために悪戦苦闘するというストーリーが基本である。


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