第164回芥川賞全候補作徹底討論&受賞予想。マライも杉江も宇佐見りん「推し、燃ゆ」オシ、尾崎世界観はちょっと厳しい

2021.1.20
芥川賞164

1月20日、第164回芥川賞が発表される。小川洋子・奥泉光・川上弘美・島田雅彦・平野啓一郎・堀江敏幸・松浦寿輝・山田詠美・吉田修一の9名の選考委員による本家選考会にさきがけ、書評家・杉江松恋と文学を愛するドイツ人、マライ・メントラインが全候補作を読んで徹底討論、受賞作を予想する。

■第164回芥川賞候補作
宇佐見りん「推し、燃ゆ」(『文藝』2020年秋季号/河出書房新社)初
尾崎世界観「母影」(『新潮』2020年12月号/新潮社)初
木崎みつ子「コンジュジ」(『すばる』2020年11月号/集英社)初
砂川文次「小隊」(『文學界』2020年9月号/文藝春秋)2回目
乗代雄介「旅する練習」(『群像』2020年12月号/講談社)2回目


ずば抜けた「推し、燃ゆ」、文藝賞の勢い止まらず

杉江松恋(以下、杉江) 今回で2度目になるマライ・メントラインさんとの芥川賞大予想、まずはお互いのイチオシ作品からいきましょうか。私は「推し、燃ゆ」。これは不動でした。

マライ・メントライン(以下、マライ) おおっ。私は「推し、燃ゆ」と「コンジュジ」で決めかねて、同時受賞希望なんですが、強いて言うならば「コンジュジ」です。エンディングは「推し、燃ゆ」圧勝ですが。

『推し、燃ゆ』宇佐見りん/河出書房新社
『推し、燃ゆ』宇佐見りん/河出書房新社

「推し、燃ゆ」あらすじ
アイドル・上野真幸がファンを殴ったという事件が〈あたし〉こと山下あかりの人生を変える。人生のすべてをかけて「推し」ていると言っても過言でない真幸が、少しずつ遠くに行ってしまうようなのだ。その事実に順応できないあかりの人生は次第に壊れていく。

杉江 第56回文藝賞を遠野遥「改良」と同時受賞したデビュー作「かか」は第33回の三島賞にも輝きました。遠野の第2作「破局」は前回の芥川賞ですし、文藝賞の勢い止まらずというところですね。宇佐見は、ここ数年ではずば抜けた筆力の持ち主だと思います。

マライ アイドルオタクの精神世界とその陥穽について、心理を的確に表現する卓越した言霊力で描いた作品です。今は社会のネット化が進むなかで、言葉が暴力に転じる事例が増加していますが、そうした時代について見事に問題提起していると思います。とはいえ、告発だけに偏ったつまらない小説ではない。主人公〈あたし〉は推しアイドルに傾倒するあまり現実から遊離して非社会的存在になっていってしまうのですが、そうした生活のディティールも的確に描かれているので、「真に怖いのは、無償の愛っぽい積極的な動機によって、人間としての内面が根こそぎ持ってかれちゃうことなんだ」と、強く感じました。21歳でこういう文章を書けてしまうのが不思議で、前世の記憶を持ってるんじゃないのか、と疑ったくらい(笑)。

杉江 〈あたし〉は推しである真幸というアイドルと自分を重ねることでしか生きていると感じられないんですよね。そういう人間が現実にいると感じさせる文章で書いたこと自体でもう成功を約束された作品だと思います。とにかく彼女に関するディテールは際立っていますね。家族との間に障壁があることを示す爪切りの場面とか、彼女が機能不全に陥っているとはっきりわかる終盤の洗濯物を取り込めないくだりとか。そうした文章は抜群にリズムがよくて音読すると耳に心地よい。アイドルオタクについての叙述は、特殊なテーマを書くときにやらかしがちな「作者がわかっている自分をひけらかす」臭さが皆無で、そういう節制の効かせ方にも本当に好感を持ちました。

杉江松恋
杉江松恋「本当に好感を持ちました」

マライ 確かに。本人の実生活はとても虚ろなのに、推しのいる世界は充実して、その対比が哀しく深くて見事です。

杉江 前作「かか」でも、語り手がSNSを通じて世界とつながっていて、それ抜きに自我があり得ないところなどが非常に自然に書かれていたんですよね。また、前作は二人称への呼びかけを交えた非常に特殊な文体だったんですが、今回そうした飛び道具抜きに正攻法で勝負してきて、その点にも非常に感銘を受けました。

マライ すごい小説だというのは本当に同感です。

尾崎世界観「母影」の視点への疑問


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