第164回芥川賞全候補作徹底討論&受賞予想。マライも杉江も宇佐見りん「推し、燃ゆ」オシ、尾崎世界観はちょっと厳しい

2021.1.20

「旅する練習」の謎のジーコ推し

杉江 最後の「旅する練習」、乗代さんも2回目の候補です。

マライ 今回唯一、新型コロナウイルス蔓延という事実を積極的に取り込んだ作品かもしれません。徒歩の小旅行が展開される中での動的なパートと静的なパートのコントラストが印象的です。サッカー少女・亜美の瑞々しい魂が、周囲の人たちの根底にある「人間的に大事なもの」を触発してゆく。しかしいろいろあって最終的には期待どおりにはいかないもんだよね、という、まとまりのバランスはいいですね。私は高校の語学講師経験があるので、若年層の感性というのは気になるところなんですよ。それから言うと、亜美のような子は確かにいなくもないけど、もう少し大人からは距離を取って観察しているのが普通だという気がします。亜美は、大人が求めているものを効率的に提示してくれるでしょう。そのへんが、大人の願望を子供に投影したキャラクターだという印象はあります。

『旅する練習』乗代雄介/講談社
『旅する練習』乗代雄介/講談社

「旅する練習」あらすじ
姪の亜美が希望する私立中学の受験に合格する。そのご褒美として、小説家の〈私〉は彼女を鹿島への徒歩旅行へと誘う。亜美は道々サッカーの練習に熱中し、〈私〉は見聞した風景の写生文書きに余念がない。順調に旅をつづけるふたりは、木下貝層でひとりの女性と出会う。

杉江 語り手である叔父と亜美が近過ぎて、私はちょっと気味悪かったです。

マライ ああ、「おっさんファンタジー」ではないかと(笑)。

杉江 主人公視点で回想として書いているから思い出の中の亜美は美化されているんだな、ということで自分を納得させながら読んだんですけどね。

マライ 謎のジーコ推しはどうですか。住友金属を支えたジーコの逸話が、人間に善性が備わっているという根拠&象徴として絶対視されていると思うんですが、あれは南米系サッカーファン以外の目にはどう映るんだろうか、とちょっと気になります。

杉江 それを生まれてから一度もサッカーの試合をフルで観たことがない私に聞きますか(笑)。いや、個人的にはアリでした。小説を動かす梃子(てこ)の支点にモチーフを持ってきたわけなんでしょうけど、それが実在の人物であるというおもしろさですよね。あそこは長嶋茂雄でもジャンボ鶴田でも代替可能ではないかと。私が「旅する練習」でおもしろかったのは、自然描写によって心象風景が語られるという純文学のお家芸、私小説の構造を回想記の枠の中に取り入れた点です。風景描写はただ美しいだけではなくて、最後まで読み通すと、それに象徴される平和な日常がコロナ禍によって奪われたことの隠喩としても読めますから、2020年の小説としては非常に意味がありますね。

マライ 同感です。ただ、汎用性に欠けるというか、ほかの年に発表されたらどうかという疑問はありますが。

杉江 確かに。あと、ひねくれていると言われるのを承知で言いますけど、亜美によって大人ふたりが心をほだされるといういい話に着地するのが私はちょっと迎合的に感じられましたね。いかにも映画化されそうじゃないですか。街道歩きマニアとしては「おお、我孫子から出発するのかよ、水戸街道じゃん」って興奮したんですけどね。

マライ なまじ趣味的に被るといろいろ言いたくなる気持ち、わかります(笑)。

芥川賞候補作総括

杉江 というわけで候補作をすべて見てきたわけですが、振り返ってみてマライさんの所感をいただければ。

マライ・メントラインの芥川賞候補作イチオシ2作品
マライ・メントラインの芥川賞候補作イチオシ2作品

マライ 特に若い世代の書き手の「才気爆発」ぶりが印象に残りました。翻って言えば、批評界を含む読者の側が、従前の読み方のままでいいのか?という問題を突きつけられているようにも感じます。自分自身、候補作に「すごい!」と感じても、そのポテンシャルを果たしてどこまで汲み取れたのか、不安なのが正直なところです。
それと関連する話として、特に砂川文次さんの「小隊」をめぐる議論で浮き彫りになったと思うのですが、今文芸業界は、そもそも「狭義」の文芸的な枠組をはみ出す作品の価値を捉え切れて(あるいは、うまく紹介し切れて)いない気がします。これは各文化ジャンルのタコツボ化やその中での情報過多といった要因により、ある意味仕方ない、一朝一夕ではどうにもならない話ではあるけれど、今回ピックアップさせていただいたイズムィコ先生のように、業界横断的で強力な審美眼・分析力を持つタイプの別ジャンル有識者の見解の掘り起こしによって、そのへんはある程度対応できるのかもしれない。そして文芸の価値や定義そのものの拡大や、市場の盛り上げを図れるのかもしれない、という感触を得ました(逆に、業界特化的な有識者の単機能っぽい見解を持ってきちゃうと、マズいかもしれない)。
これは今後の文化的プロモーション全体に当てはまる話のように思えます……その結果、我々は候補作の順位づけに、より一層苦悩することになるでしょうけど(笑)。

杉江 ありがとうございます。『文藝』勢の連覇なるか、個人的には注目したいところです。あるいは久々に『すばる』が勝利するか。

杉江松恋の芥川賞候補作イチオシ作品
杉江松恋の芥川賞候補作イチオシ作品

この記事の画像(全12枚)




関連記事

この記事が掲載されているカテゴリ

QJWebはほぼ毎日更新
新着・人気記事をお知らせします。