つんくが明かす「日本一の量産ぶり」その裏側と信念。ロンドン同行、約2万字インタビュー&レポート(1)

2020.7.16
つんく インタビュー&レポート

文=北尾修一


音楽プロデューサー、つんく♂。シャ乱Qのボーカリストとして1992年にメジャーデビューし、1997年以降はモーニング娘。などハロー!プロジェクトの総合プロデュースを手がけた。数多くの名曲を世に生み出し、日本のエンタメを語る上では欠かせない重要人物である。

遡ること20年前の、2000年9月。つんくはビートルズのコピーアルバムをレコーディングするため、ロンドンに向かった。当時の『クイック・ジャパン』編集長・北尾修一は、つんくがストイックに働きつづける理由や、楽曲が持つ特異性を解き明かすため、レコーディングに同行する。

モーニング娘。は、1998年の『抱いてHOLD ON ME!』で初めてオリコン1位を獲得し、翌年には『LOVEマシーン』、そして2000年には『ハッピーサマーウェディング』をリリース。すでにお茶の間のスターアイドルであり、そのプロデューサーであるつんくについても、世間の誰もが知る存在となっていた。

なぜ『クイック・ジャパン』はそのタイミングで、つんくへのインタビューを行ったのか。そして、そこから見えた「ワーカホリックの理由」「原点であるビートルズ」「アイドル歌謡を生みつづける精神」とは。約2万字のインタビュー&レポートをWEBで初公開する。

※本記事は、2000年12月1日に発売された『クイック・ジャパン』Vol.34掲載のインタビューを転載したものです。
※つんくが「つんく♂」に改名したのはこの記事の掲載後のため、ここでも改名前の表記で掲載しています。

あなたは「つんく」にどんなイメージを持っているか?

若い, 女の子, 衣類, フロント が含まれている画像

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つんくへの取材記事が巻頭特集として掲載されている『クイック・ジャパン』Vol.34

なぜ『クイック・ジャパン』につんくが? こう思う人も多いでしょう。僕が読者でもそう思ったかもしれない。だから、最初にこの記事が出来あがるまでの流れを整理します。

まず夏の終りのある日、僕あてに突然つんくのスタッフの方から電話がありました。いわく「9月10日~15日、つんくが12月リリース予定のビートルズのコピーアルバムをレコーディングしにロンドンに行くので、同行してインタビューしませんか」。まったく予期してなかった話に面食らったのは事実ですが、僕は即答しました。「行きます」と。

だが、ここから後の周囲の反応が興味深かった。ある人は僕に「とばしてますねえ」と半ば呆れ顔で言った。ある人は「ダメだよ北尾さん、そこで迎合しちゃ!」と詰め寄ってきた。ある人は「いいですねえ、つんくにいろんな遊びを教えてもらえるんじゃないですか」と卑猥な笑顔を見せた。繰り返しますが、僕にとってはそれらのリアクションがいちいち面白かった。この“国民的知名度を持つ男”は一般にそう思われているんだ。でも、そういうパブリック・イメージを支える生身のつんくが何を考えていて、それをどういう言葉で、どういう身振りで、どういう目つきで話すのか? 僕にとって今回の取材で重要なのはそこだけだった。で、それなりの結果は出せた、かな。あなたが現在“つんく”にどんなイメージを持っているかは知りませんが、まずは読んでほしいと思う。

おそらく多くの本誌読者と同じだと思いますが、僕もやはり、一連のモーニング娘。関連の楽曲で、つんくに感嘆した一人です。ただ、最初に正直に書いた方がいいと思うので書きますが、今、自分の家のCD棚につんく関連のCDがあるかといえば、答えはNOだ。ほら、よくいるじゃん、普段家で聴いてもいないくせに知った顔で「つんくの音楽ってヤベーよな」とか言うヤツ。基本的に僕はそういう人間のことを疎ましく思うんだけれども、つんくの音楽に関して僕は、今回の取材前までその程度の認識しかできていなかったことを、ここに告白しておきます。

けれどもまあ、実際に本人に会うことが決まれば、当然これまでの全楽曲を聴くわけで。そこで僕はあらためて、心の底からこう思わされることになった。

「つんくって本当に独創的な音楽の作り手なんだ。しかもシングルのカップリング曲にいい曲が多いから、きっと全然手を抜かないで仕事をする人なんだ」

で、興味が深まってしまえばあとは勝手にもっと知りたくなってくる。僕は、以前からつんくの作品を愛してやまないライターの松本亀吉氏に電話をかけて、「亀吉さんの考えるつんく楽曲の魅力をすべて書き出してください」と頼んでみた。とまあ、ここまでは音楽の話。

つんくはストイックな人間なのか?

次に音楽ではなく“つんくという人間そのもの”への興味。今回、僕が電話で「つんくに会いたいです!」と即答したのは、ほとんどこの部分が原因だと思ってもらっていい。というのは以前から僕は、つんくに会った何人かの人たちから「実際につんくと会って話すとすごく刺激を受ける、TVでは見せないいくつもの顔を持っている人だ」と聞いていたからだ。実際に会えるものならぜひ会ってみたいし、話したいことはいくつもある。で、いろいろ考えた末に、今回のインタビューのポイントを僕は次の一点に絞ることにした。

つまり。
「つんくはなぜあんなにも狂ったように働き続けるのか?」

僕は以前、とあるミュージシャンに「なぜ最近のミュージシャンは一度大ヒットを出すとしばらく活動しなくなるんですか?」と質問したことがある。その人はこう答えてくれた。「自分はそこまで売れた経験がないから何とも言えないけど……今の音楽業界は何曲か大ヒットを出すと、あとはカラオケや着メロの印税(楽曲二次使用料)が定期的に入ってくるんで、しばらく働かなくても生活できるシステムになってるんだよ」と。

どこまで本当か僕には分かりませんが、この答えは妙に僕を納得させるものだった。実際、みんなの好きなミュージシャンの中にも最近何をやってるのか見当のつかない人が一人くらいいるでしょう? それに比べると、つんくって…。おそらく世間のイメージからは似つかわしくないのでしょうが、そのコンスタントなキャリアの積み重ね方を思うと、僕はつんくに「ストイック」という言葉を捧げたくなってしまった。

で、書き忘れてましたが、つんくの今回の渡英の目的は、アビー・ロード・スタジオで、自身がプロデュースするバンド“セブンハウス”の演奏をバックにビートルズの「完コピ・アルバム」をレコーディングすること(もちろん歌とプロデュースはつんく)。しかも、その様子はNHK・BSで放映される予定らしく、レコーディングの合間を縫ってその撮影のためにビートルズゆかりの地をまわらなければならない。おまけに雑誌も本誌を含めて三誌が同行していて、その取材も合間を縫って行う予定。

本当に、なぜそこまでスケジュールを詰め込むんだろう? 僕には全然理解できない。つんくの一般的なイメージからいけば、しばらくは女の子のいるクラブで乱痴気騒ぎでもしてればいいのに。それを写真週刊誌がどう言うかは分からないけれど、少なくとも僕は、それくらいハメを外しても全然かまわない気がするんだけど。

だが。

やはり僕が実際に会ったつんくは、そういう人間ではなかった。生身のつんくは、(多くの人にとって意外だと思いますが)まるでボクサーのように厳しく自分を律している人だった。僕の目の前で、ロンドンでの過酷なスケジュールを黙々とこなしていた。

ロンドン到着後、翌日と翌々日は早朝から深夜までリヴァプール~ロンドン市内を移動してNHKの撮影。そして、その日の夜、僕はつんくにインタビューをすることができた。

ちなみに翌朝はいよいよスタジオ入りで、周りのスタッフによると、まだどの曲をレコーディングするかも確定していない状況。そんな切迫したスケジュールの中、つんくはそれでも終始落ち着いて、そんなこと慣れっこになっているように僕には見えた。僕はまず挨拶をすませた後、日本からプレゼントに持ってきたCDをつんくに手渡した。

つんくインタビュー「まあ病気なんですよ、たぶん」

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北尾修一

(きたお・しゅういち) 百万年書房の中の人。1968年、京都府生まれ。株式会社百万年書房代表取締役社長。百万年書房

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