裸で、獣で、素朴――剣道マンガ『裸すぎる獣たち』

2020.1.15
裸すぎる獣たち

文=足立守正


「素朴」という言葉を聞いて、どんな印象を持つだろうか。見た目だったり、手触りだったり、どのような状況で使われるかによって異なるだろうが、美術用語で使われると意味合いがはっきりと変わる。

剣道マンガ『裸すぎる獣たち』はそんな、美術用語における「素朴」が似合うマンガ。足立守正さんが解説する。


裸で、獣で、素朴

素朴をテーマにした展覧会によく出向く。大分の臼杵藩の殿様・稲葉弘通が描いた、ありえないポーズの鶴の絵、素晴らしかったな。

美術用語で使われる「素朴」は、味の薄さや単純さを指すよりも、むしろ、表現したいものを、持ち合わせの表現力で無理にコントロールする野蛮な魅力のことを指すようで、なんなら「素撲」と書いたほうがお似合い。表現の馬鹿力だ。

剣道マンガ『裸すぎる獣たち』の、新連載時の煽り文句は「いじめられっこ少年剣士の熱血剣道譚!」。でも、想像したのとは違っていた。

主人公の桜五月は、情緒不安定な少年だが、高校進学するやなぜか剣道部への入部を希望する。名門剣道部の部員たちは、基礎のなっていない桜の入部をなんとか阻止しようとするが、変な熱量に気圧され、入部させてしまう。

中学時代はヤンキーだった岬は、清楚な美少女としての高校デビュー計画を、同じ中学出身の桜の悪目立ちによって崩されやしないか気にしている。剣道部の顧問は、桜のビクビクと怯えた動きに、剣術のセンスを発見して興味津々だ。結局、桜はみんなの注目の的、人気者なのだ。

いい塩梅の笑いも含み、風変わりなスポ根マンガとして楽しみなのだが、やはり、どうしても、その素朴な絵が気になって仕方ない。よくわからないけれど、なにかが溢れ出している。

それは、竹刀の長さを持て余していたりとか、道着の面金の中から素顔が透ける描写の執拗さだとか、気になりはじめると、机の上に鉛筆と消しゴムがまっすぐに並んでいる構図だけで、なにかの仕業を考えてしまう。

特筆すべきは、見たことのない生物のような、主人公の目の描写。作中で対戦相手が「……こいつは目で喋りよります」と呟くのも無理がない。多分、喋るだろう、聞きなれない言語で。

ストーリーを彩るこれらの風景を、目障りに思う人がいたら残念だ。だって、廣岡慎也が自身の絵の持つマジックを今後どうコントロールしていくのかは、主人公・桜と自身の剣道との関係にリンクするんだもの、二重の味わいだよ。裸の獣が並走しているんだよ。

ところで、本作を読んでる最中、ダニエル・ジョンストンの訃報を知り、思わずCDをプレイヤーに突っ込んだ。この人もまた、自分の中からはみ出すなにかと折り合いをつけながら、懸命な、しかしフワフワした歌を作ってきた、素朴のポップスター。氏は画家としても評価されていた(それこそ裸の獣の絵ばかり描いていた)。こういうものが好きなんだ、俺は。


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