正真正銘の真実などない――インターネットによって真理をあぶり出した3冊

2020.2.6
bn_140_book_main

文=浅野智哉


この記事を読んでいるあなたも利用しているインターネット。もはや社会を運営する上でなくてはならないものと言えるのだが、一方で、それによって人類史上なかったタイプの疲弊に私たちは悩まされるようになった。
塩田武士『歪んだ波紋』、染井為人『正義の申し子』、本谷有希子『静かに、ねぇ、静かに』という3つの小説は、“正真正銘の真実などない”ということをインターネットを通して描いている。この3冊を読んだあと、あなたはネットに接続したままでいられますか?

※本記事は、2018年10月24日に発売された『クイック・ジャパン』vol.140掲載のコラムを転載したものです。

「インターネットで得られるものとは」の3冊

環境や距離によって遮断されていたよその世界の情報は、インターネットを通じて小さな画面から押し寄せてくるようになった。その気になりさえすれば、知りたいものごとの大部分は把握できる。是非はともかく、インターネットは「得る」ことについては、ほぼ万能の社会をつくりだした。

だが万能がゆえの不自由さは、あらわになっている。格差が明け透けに可視化されたことで、底辺側へ追いやられる恐怖。正しい情報を検索できない、あるいは何が正しい情報なのかわからない焦りに、多くの人が苛まれるようになった。インターネットは「得る」ための最適のツールかもしれないが、人類史上なかったタイプの疲弊に、利用者たちは悩まされている。上手な取り扱いの最適解は、何世紀にも渡って、知恵とともに模索するしかないのだろう。

『歪んだ波紋』は、社会派ミステリーの旗手・塩田武士の最新刊。誤報を題材に、報道関係者たちの思惑の交錯を描いた連作集だ。上質なミステリーとしてもおもしろいが、Webのニュースサイトの出現により、情報が氾濫する社会の危うさにも鋭く言及している。何者かの意図した誤報により、巡りめぐって大手新聞などのレガシー・メディアは、転覆するかもしれない。そうなると情報=第4の権力は、どんな社会をつくりだすのか? ネット拡散の力が強くなった今、ニュースを読み取る理解力の再整備を問う意欲作だ。

染井為人『正義の申し子』は、横溝正史ミステリ大賞受賞者の書き下ろし新作。人気YouTuberのジョンが、悪徳請求業者の鉄平をからかう様子をネット配信する。怒り狂った鉄平は、ジョンの正体を突き止めて復讐に向かう。二転三転する構成で、いつしかジョンと鉄平が共闘せざるを得なくなる展開は、まるで先が読めない。大騒動の果てに、ふたりが大事なものを手に入れるラストは爽快。インターネットを介した、友情育成の可能性を見るようだ。

本谷有希子『静かに、ねぇ、静かに』は、芥川賞受賞から2年ぶりとなる、待望の短編集だ。収録3編はいずれもSNS、ネットショッピングなどネットに心を奪われている大人たちの奇異な態様を描いた。とりわけ冒頭の「本当の旅」が秀逸だ。意識高い系の男女3人が、クアラルンプールを旅する。鼻につくほど意識の高い会話を繰り広げる一方、彼らの本当の興味は、映えるインスタ写真を撮ることのみ。飾られた自分をネット発信する酩酊に取り憑かれた大人の狂気を、ブラックユーモアたっぷりの筆致で暴き立てる。悲惨なのか爆笑なのかわからない3人の末路は、いい意味で、ひどくイヤな後味を残してくれる。

これらの小説の顛末からも、よくわかる。正真正銘の真実など、この世のどこにもないのだ。宗教とは別の用法で、文明社会の不変的な事実を、人々の喉元に突きつける刃物としては、インターネットはよく磨かれていると言える。


塩田武士『歪んだ波紋
(講談社)定価:1,705円(税込)


染井為人『正義の申し子
(KADOKAWA)定価:1,650円(税込)


本谷有希子『静かに、ねぇ、静かに
(講談社)定価:1,540 円(税込)

この記事の画像(全0枚)


この記事が掲載されているカテゴリ

QJWebはほぼ毎日更新
新着・人気記事をお知らせします。