『マンダロリアン』シーズン2が感動的な理由──『スター・ウォーズ』に通じる理念と、2020年代らしい<男女種族の平等さ>を描くテクニック
ディズニープラスで独占配信されている『マンダロリアン』。シーズン1では「ジャンル映画のおもしろさを貪欲に取り込む」という本来のスター・ウォーズの作劇が現代に蘇ったことに感じ入ったが、シーズン2ではさらにそれを上回る驚きと感動があった。
『マンダロリアン』シーズン2は「多様な人々の手助けにより、子供が自己を確立する物語」だったからである。
(記事後半からは、シーズン2のネタバレを含むレビューになります)
目次
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『スター・ウォーズ』が描こうとした“物語”とは
『スター・ウォーズ』とは、もともとスカイウォーカーの血筋に連なる者たちが自己を確立するまでを追った物語だった。『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』から『〜エピソード6/ジェダイの帰還』までの3作はルーク・スカイウォーカーがジェダイとして自己確立するまでの物語であり、『〜エピソード1/ファントム・メナス』から『〜エピソード3/シスの復讐』まではアナキン・スカイウォーカーがダース・ベイダーとなるまでの物語であった。
『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(エピソード7)から『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(エピソード9)もレイという新しい主人公でそれをやりたかったのだろうが、どうにも煮え切らない描き方だったのでモヤモヤしたものが残った。
とりわけ、ルークの物語は今観ても鮮烈でわかりやすい。砂漠しかないド田舎で育った若者が実は遠い昔に滅び去ったジェダイの血を継いでおり、戦友との激しい戦い、厳しい修行と挫折を経て、その経験のすべてが「I’m a jedi. Like my father before me.」(僕はジェダイだ 父もそうだった)のセリフへと結実する。
この主人公ルークの自己確立という屋台骨がシンプルかつ強靭だったからこそ、『スター・ウォーズ』は膨大な設定や大量の関連商品、凄まじい量のスピンオフを埋め込むことができた。主軸となるストーリーがわかりやすくおもしろく魅力的で、なおかつ適度に情報量が少なくなければ、脇道の情報をあとから埋めて遊ぶことはできない。
“自己の確立”というテーマを引き継いだ『マンダロリアン』
『マンダロリアン』は、シーズン1からこの構造に自覚的な作品だった。シーズン1は、「マンダロリアン」と呼ばれる武装集団に拾われた孤児である傭兵が、ザ・チャイルドと旅をして仲間を見つけるうちに、新たな自己と「ザ・チャイルドのよりよい将来を見つけ出す」という目的を発見する物語である。
その続編となったシーズン2で問題となったのは、ザ・チャイルドの自己確立と主人公のさらなる成長だ。
<次のページから『マンダロリアン』シーズン2のネタバレを含むレビューになります>
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