「コロナ離婚」の背景にある絶望感の正体(清田隆之)

2020.4.3
清田隆之_クイックジャーナル

文=清田隆之 イラスト=オザキエミ
編集=田島太陽


外出自粛により家庭で過ごす時間が増えた結果、夫婦関係が悪化し、離婚につながるケースが増えてきた……と言われている。実際に中国では、政府機関の業務再開に伴い役所の窓口に離婚手続きの予約が殺到したと各社で報道された。

これまで1200人以上の恋愛相談に耳を傾け、男女問題やフェミニズムに詳しい「桃山商事」の清田隆之が、ジェンダーの観点から「コロナ離婚」の背景を解説する。

外出の自粛要請は理解しているけれど

世界各地で新型コロナウイルスをめぐる状況が日増しに深刻化している。日本でも感染者が増加の一途をたどり、政府や各自治体からは外出の自粛要請も出ている。感染の拡大を防ぐためには各自が家にこもり続けるのがいいのだろうが、そうなると経済がどんどん停滞し、生活そのものが立ち行かなくなる危険性がある。

このジレンマはあらゆる人々が直面している喫緊の課題だが、日本政府はトンチンカンな対応や意味不明の提案をくり返し、国民を混乱させている。最近では「#自粛と給付はセットだろ」というツイッターデモも立ち上がった。

外に出るなと言われても、みんなが用事を延期できたり、リモートワークに切り替えられたりするわけではもちろんないだろう。コロナ感染の恐怖に怯えながらも、仕事や学校に出かけざるを得ない人はたくさんいるはずだ。

しかし、それでも平常時に比べれば在宅で過ごす人の数は圧倒的に増えている。桜満開の時期でも繁華街や公園にいつもの人出はなかった。

感染予防の観点からすればとてもいいことだと思うが、その一方で、終わりの見えない外出自粛の中で「#コロナ離婚」や「#コロナ破局」といった現象が密かに進行しているという。それは、どういうものか。

パートナーに対する不満や疑問の声

離婚届

ツイッターでこれらのハッシュタグを追ってみると、そこには生々しい現場のエピソードがつづられている。また私の身の回りでも、コロナをめぐって夫婦喧嘩をしたり、実際に恋人と別れてしまった友人もいる。

たとえば手洗いうがいを言ってもやらない、「付き合いだから仕方ない」と飲み会やフットサルに出かけることをやめない、軽率にスキンシップを求めてくる神経が信じられない、子どもや年老いた親に移したらどうするんだ──。

ウイルスがきっかけになっているだけあって、最も多いのは衛生観念にまつわるすれ違いだ。そのほかにも、在宅なのに家事や育児をやらない、子どもとゲームばかりやっている、不機嫌をまき散らしてきて鬱陶しい、ストレス発散のはけ口にしてくる、何かとネット通販や宅配サービスを使おうとするのが気になる……などなど、パートナーに対する不満や疑問の声は枚挙にいとまがない。

一緒に過ごす時間が長くなればケンカが増えてしまうのも仕方ないだろうし、3.11のあとにも「震災離婚」が多発していたことを考えると、有事というのは価値観のすれ違いを浮き彫りにしてしまうものなのかもしれない。

よりシビアな話になると、外出という選択肢を奪われることでパートナーからのDVやモラハラが激しくなったり、子どもへの虐待が深刻化したりというケースもあるようだ。

くり返される「敏感な妻VS鈍感な夫」という構図

コロナ離婚やコロナ破局の事例において、愚痴や不満を吐露しているのはほとんどが女性だ。法律婚や事実婚、同性愛や異性愛などパートナーシップにもさまざまな形があるし、もちろん男性からの声だってあるのですべてというわけではないが、割合で言えば男性がストレス源になっているケースが圧倒的に多い。

この構図に従えば、衛生観念が低いのも、家事や育児をやらないのも、家でゲームばかりやっているのも、概ね男性側ということになる。思えば震災離婚のときも、放射性物質のリスクに対して「敏感な妻(彼女)VS鈍感な夫(彼氏)」という対立が多発していた。

もちろんすべてがこうというわけではないし、真逆のケースも多々あるだろう。ただ、男女で偏りがあるのが事実だとするならば、考えられる理由としては、実際にそういう男性が多いか、不満や疑問の声を挙げる男性が少ないかのいずれかではないだろうか。

女性たちが最も絶望していたものとは

私は2019年の夏に『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』(晶文社)という書籍を出版した。これは女性たちから寄せられた「男に対する不満や疑問」にまつわる約800のエピソードを元に、男性がやらかしがちな失敗を20のテーマに分類し、その原因や対策について男性当事者の立場から考察した本だ。

よかれと思ってやったのに 男たちの「失敗学」入門
『よかれと思ってやったのに 男たちの「失敗学」入門』

人の話を聞かない、謝らない、小さな面倒を押しつけてくる、何事も適当で大雑把、話し合いができない、「ほうれんそう」が遅すぎる……などなど、すべて異なる女性から寄せられた事例にもかかわらず、「この男たちって全員同じ人なの!?」と疑いたくなるくらい似通った傾向が浮き彫りになり、かなり本気でゾッとした。

背筋が凍ったのは、自分にも身に覚えがありまくったからだ。これまで無自覚でやらかしてきた言動の数々を鏡に映して突きつけられたような心地だった。各テーマの細かな振り返りについてはぜひ本を読んでいただけたらと思うが、女性たちの声と向き合う中で見えてきたのは、こういった言動自体もさることながら、それについて意見交換しようとした際に直面する「話の通じなさ」に最も絶望していた……ということだ。

「話の通じなさ」に付随する絶望感の正体とは?

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清田隆之

(きよた・たかゆき)1980年東京都生まれ。文筆業、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。早稲田大学第一文学部卒業。これまで1200人以上の恋バナを聞き集め、「恋愛とジェンダー」をテーマにコラムやラジオなどで発信している。 『cakes』『すばる』『現代思想』など幅広いメディアに寄稿するほか、朝日新聞..

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