『あちこちオードリー』はタレントのガードを下げるトーク番組である(ラリー遠田)

2020.3.27

すべては出演者のガードを下げさせる罠

この番組は毎週土曜の午前11時3分から放送されている。土曜の午前中と言えば、他局なら『王様のブランチ』(TBSテレビ)や『ぶらり途中下車の旅』(日本テレビ)が放送されている時間帯だ。休日の朝にぼんやりした頭で刺激の少ない番組をゆっくり味わいたい視聴者が大半である。

『あちこちオードリー』はオードリーのふたりがMCを務めるトークバラエティ。春日俊彰が店の店主に扮して、カウンター席にゲストを迎える。そして、席にいる若林正恭と共にホスト役として、彼らの話を引き出していく。若手芸人が途中で登場して、近所の絶品料理をテイクアウトして食べさせるというミニコーナーもある。

放送枠もその形式も、いかにも軽そうな感じがする。だが、それは見せかけに過ぎない。すべては出演者のガードを下げさせるための罠だ。

土曜の朝にやっている番組だと思って油断して、ゲストが業界話をしたり本音をこぼしたりすると、それが視聴者の心に刺さり、意外なほど大反響を巻き起こしたりする。そういうことがしばしばある番組なのだ。

オードリーのふたりは、ゲストの肩の力が抜けるような雰囲気作りができているし、若林は話の振り方がうまい。この番組の若林はテレビの中では最も「ラジオの若林」に近い気がする。ここでは彼が同世代のタレントや先輩芸人などに自分がテレビに出る上で気になっていることや悩んでいることを相談したりする。尋ねる側が本気なので、返ってくる答えも本気度が高い。そこがたまらなくおもしろい。

たとえば、東野幸治はこの番組で「フロアディレクターのつもりでテレビに出ている」「年齢によっておもしろいことをする割合を変えなくてはいけない」「タレントはいい演出家に出会えるかどうかが重要」といった熱のこもったテレビ論・お笑い論を展開していた。のちにこの番組でなんでも自由にしゃべりすぎたことを後悔していたという。

今の時代、ラジオですらタレントはなかなか油断してくれなかったりする。ラジオは聴いている人が少ないからなんでも言える、というのはひと昔前の話。今は書き起こし型ネットニュースがあるためラジオの発言も容易に広まってしまうし、ラジオのリスナーは真剣に話に耳を傾けているので、話すほうもそれに応えるべく気を使わなくてはいけないようなところがある。

そんな時代に「ラジオみたいなトーク番組をテレビでやる」ということにはまだまだ可能性がある。『あちこちオードリー』という番組を見てそのことに気づかされた。

世間では「テレビの時代はもう終わった」などと言われることもがあるが、こうやってテレビとラジオの中間地点に「ラジオみたいなテレビ番組」という拠点を作って、そこから新しいものを発信していくというのは、テレビだからこそできることなのではないか。

この番組を手がけているのは、古今東西あらゆるエンタメを貪欲に吸収しつづけ、自身もテレビ制作のかたわら、映画製作やイベントプロデュースやラジオDJまで務める「令和のエンタメ王」ことテレビ東京プロデューサーの佐久間宣行である。無類のラジオ好きの彼だからこそ、このテレビらしくないテレビ番組を作ることができたのだろう。

4月からこの番組は火曜深夜に移動する。いまや深夜はバラエティのゴールデンタイムであり、この手の深い話をするトーク番組には絶好の時間帯だ。つまり、本来ならこの時間枠移動は栄転である。

ただ、個人的には、この番組が土曜午前を離れるのは惜しいと思う。土曜午前のままでひっそりつづけていたほうが、ゲストが油断しっぱなしでよりぶっちゃけた話をしてくれたと思うからだ。深夜枠では、それなりにディープなお笑い好きやテレビ好きが観ていると想定して、ゲストもうかつな発言は控えるようになるかもしれない。そこがやや残念ではある。

しかし、「令和のエンタメ王」ならその程度のことはとっくに想定済みだろう。枠移動後も引きつづき見守っていきたい。

この記事が掲載されているカテゴリ

Written by

ラリー遠田

(らりー・とおだ)1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わ..

QJWebはほぼ毎日更新
新着・人気記事をお知らせします。